6-3 決戦準備
女子トイレに逃げ込んでいた香奈を回収し、なんとか午後の授業には間に合った。しかしながら授業に集中できる精神状態ではない。
香奈は先生に指名されたことに気付かなかったし、私もぼんやりして注意された。普段これといって問題を起こさない私たちの様子に、先生は不思議そうな顔をしていた。それでも特に追求はされなかったので、気遣いのできる先生である。
百合先生といい、なかなかこの学校はよい先生がそろっている。不利な立地でも生徒を集める秘訣の一つなのだろう。
逆に言えば学校の経営者はそうした尽力を払ってでも、学校を継続させたいということだ。
百合先生から初めてお狐様の話を聞いたときは、半信半疑だった。
山の上にしては施設も評判もよい理由として辻褄は合うが、伝承のためにそこまでするか? という気持ちは消えなかった。そのときは神様の存在を信じていなかったからだ。
今は、この学校の経営者は本気でお狐様との約束を守るため、この学校を経営し続けているのではないかと思っている。
お狐様は存在している。
祠にいる少女がそれを証明している。
そしてお狐様の事も含め、この学校の事情を知っているらしい彰。本人も訳ありだといっていたから、学校ともなにかしらの関係があるのかもしれない。
考えれば考えるほど、なんてところに入学してしまったんだと過去の自分を恨めしく思う。地元から離れられる全寮制で、学力もそれなりのところと軽い気持ちで決めてしまったが、もっと考えるべきだった。
後悔を主に考え事をしていると、あっという間に午後の授業は終わった。
昼の事があったせいか、事情を聞きたげな視線をよこすクラスメイトたちに気づかないふりをしながら、私と香奈はHRが終わると同時に教室を出る。
速足で祠へと向かいつつ、これで最後になりますようにと私は本気で祈った。
***
「ちゃんと呼び出せたの?」
祠に行くと昼と変わらず、彰と少女が向かい合ってお茶を飲んでいた。足元にはお茶だけじゃなくお茶菓子まで追加されている。
こちらが人を騙すという慣れないことをしたり、先行きに不安を感じていたというのに当事者たちはのんきにお茶会。
怒りの感情がわいてくるが、彰にそれを言ったところで軽く流されるのは学習済み。流されるどころか倍返しされ、こちらの精神が削られるかもしれない。
黙っているのが吉。そう判断した私は落ち着くために深呼吸した。その様子をみて彰はニヤニヤ笑っている。こちらの気持ちを正確に理解したうえでの反応のようだ。ほんとに性格が悪い。
「祠に来てとはいえたけど……本当に来るのかな?」
私は来ると確信しているが、香奈は上手くいったか不安なようだ。
自分のことで手いっぱいで、尾谷先輩の様子を観察することもなく逃げ出してしまったのだから仕方ないとも言える。
香奈の演技が上手かったかと聞かれれば、私は目をそらすほかない。尾谷先輩が女子にモテたことのない、単純人間だったことで救われた。
「あの様子なら来るでしょ。かなり浮かれてたし」
「やっぱりモテないタイプの暇な人だったみたいだね」
私の言葉だけで昼の様子を察したらしい彰が、ケラケラと笑う。察しが良すぎるし、失礼すぎる。
顔をしかめる私の心境すら分かっていそうなのに、態度は変わらないから図太いというかなんというか……。
隣で眉を寄せている少女の方がよほど人間らしく見えた。彰と少女の立場を交換した方がしっくりくるのに、なぜ少女の方が人外で彰は普通の人間なんだろう。世の中はおかしい。
「じゃあ僕らは隠れようか。のんびりしてその先輩が来ちゃうと言い訳が面倒だし」
「私は姿を消していた方がいいでしょうか?」
「そうだね。姿消してて、犯人かどうか特定出来たら出てきて。その後は任せるよ」
彰がそういって立ち上がると同時、座っていた少女の姿が消えた。
さっきまでそこにいたのが嘘のように、その空間にはなにもない。ついでに彰と少女が座っていた座布団、湯呑、お茶菓子もなくなっていた。
神様だからと言われればその通りなのだが、こんなにもあっさり消えたり現れたりするのは落ち着かない。
私がなんとも言えない気持ちになっている中、隣の香奈は目を輝かせている。香奈にとってはオカルト現象はなんでも嬉しいらしい。わかりやすいというか単純というか……。
少しだけ、この状況に適応している香奈が羨ましくなった。
「ほら、ぼーっとしてないでさっさと隠れるよ」
彰はそういいながら祠の裏にある茂みへと入っていく。
外見は虫を見ただけで気絶しそうな美少女だというのに、迷いのない男らしい動きだ。相変わらず見た目と言動が一致していない。
このちぐはぐな感じも慣れてきたなと思いながら後を追うと、途中で振り返った彰が眉を寄せた。
「君は隠れないで、祠の前で待っててくれなきゃダメでしょ」
「わ、私」
君と言われたのは香奈だった。
そんなことを言われるとは思っていなかった香奈が狼狽えると彰はため息をつく。
「君が呼び出したんだから、いなかったらおかしいでしょ」
「遅れてくるってことで……」
「記憶読んで確認する間の時間稼がなきゃいけないんだから、さっさと帰られたら呼んだ意味がなくなるよ。それとも次もまた呼び出せる自信あるわけ?」
彰の言葉に香奈は口をつぐんだ。
フォローしたいところだが、私にももう一度尾谷先輩を呼び出せる自信がない。
呼ばれた場所に香奈が現れなければ、尾谷先輩はからかわれたと思うだろう。浮かれていたこともあり激怒するかもしれない。そうなれば次の呼び出しどころか、香奈へ被害が出てくる可能性もある。
「七海ちゃんも一緒は……」
「告白現場に他の子がいるのおかしいでしょ。ただでさえ、昼に言わずにわざわざ放課後、こんな場所に呼び出したんだから」
彰の意見は最もすぎて言い返せない。
告白というのは大抵一対一で行われるものだ。友達が一緒にというパターンもあるときくが、それで尾谷先輩が警戒して帰っては意味がない。
「香奈……不安だろうけど」
香奈の目を真っすぐに見つめて手を握る。
私も香奈も今回の件に大きくかかわってしまった。今更逃げることはできないし、逃げたとしても尾谷先輩という新たな問題を抱えることになる。
香奈は泣きそうな顔で下を向いていたが、しばし考えたあと、覚悟を決めたようだ。顔をあげ私と目を合わせた。握った手に少し力が入る。相変わらず涙目だったが、それでも決意がこもった瞳だった。
「私……頑張ってみる」
「なにかあったらすぐに助けられるように見てるから」
香奈の手を強く握り締めてそういうと、香奈は大きくうなずいた。
「ただ、人と話すだけの事なんだけど……」
呆れた彰の声が聞こえたが無視した。彰にとってはそうでも香奈にとってはそうではない。
人には得意不得意があり、得意な人間に不得意な人間の気持ちなど分からないのだ。
そんな私の気持ちが伝わったのかは分からないが、彰は大げさにため息をつくと「先輩が来る前に終わらせてね」とつぶやいて茂みの中へと入っていった。
私はそれから数分の間、香奈に「大丈夫、なんとかなる」とエールを送り続け、香奈は「私はできる。大丈夫」と自分に勝をいれ続けた。
はたから見たら奇妙な図だが、その時の私たちはとにかく真剣だったのだ。
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