6-2 作戦続行

 香奈は胸の前で両手を握りしめて待っていた。私が近づくと顔を上げ、後ろにいる尾谷先輩を見ると表情を硬くし、すぐさま下を向く。

 緊張で顔は赤く、初対面への男性への恐怖で目は潤んでいる。小刻みに震えているのは極度の人見知りのためだが、真っ赤になった顔のおかげで告白しようと頑張る健気な子に見えなくもない。

 

 初対面の尾谷先輩は緊張のせいだと判断したらしく、満足げにニヤニヤ笑っている。

 思ったより可愛いじゃん。という言葉が聞こえて、背を向けていることをいいことに私は思いっきり顔をしかめた。


 香奈はおとなしいので目立たないが顔立ちは十分に可愛い。嘘とはいえ告白するふりをさせることすら、香奈がけがれるようで嫌だ。

 過保護だと両親には呆れられてきたが、小さなころから香奈を見てきた私にとって香奈は幼馴染というより家族に近い。変な輩に私の大事な家族をあげてたまるか。


 だがここで本心のままに尾谷先輩を殴ると、計画が台無しになってしまう。震えながらも逃げ出さない香奈の頑張りを、無駄にしてしまう。

 私は尾谷先輩に見えない位置で手を握り締めた。

 今は我慢。人間我慢しないといけない時があるのだ。


「俺に用があるんだろ」


 香奈の様子を見て自分に気があると確信したらしく、尾谷先輩が妙に自信満々な様子で香奈に近づいた。香奈がびくりと体を震わせて一歩後ずさったが、逃げるのはなんとかこらえたようだ。


 告白にしてはおかしいとバレるのではとひやひやしたが、尾谷先輩の様子を見ると相変わらず自信満々だ。ものすごく恥ずかしがり屋の子なんだと認識しているようだ。

 良かった。アホで。と私は内心胸をなでおろす。


「わ、私……その……」


 香奈はいっそう強く手を握りしめ、泣きそうな顔でつぶやく。香奈の精神が限界だと分かるが、あと少し頑張ってもらわなければいけない。

 私は香奈の目を見てうなずいた。大丈夫。香奈ならできる。そんな気持ちを込めて。


 香奈は私を一瞬見て、それから心を決めたらしく尾谷先輩に視線を合わせ、


「ほ、放課後、祠で待ってます!」

 言うと同時に背を向けて逃げ出した。


 運動が苦手な香奈とは思えない、見事な逃げっぷりだった。

 人間本気になったらなんとかなるんだなと、逃げる香奈の後姿を見送って……


「逃げた!?」

 すぐに我にかえった。


 尾谷先輩を見ると目を見開いて固まっている。逃げるのは予想外だったらしい。

 香奈だしあり得ると思っていた私ですら困っているのだ。香奈の性格を知らない尾谷先輩なら当然だ。


「すみません先輩! あの子本当に恥ずかしがり屋で!」


 慌てて頭を下げつつ叫んだ。こうなったら勢いでどうにか押し切るしかない。


「祠っていうのも、特に意味はないんですよ! あの子静かなとこが好きでして、その……」

「本当に恥ずかしがり屋なんだな」


 自分でも苦しいと思う言い訳を続けていると、尾谷先輩がぽつりと呟いた。やけに静かな声に驚いて顔を上げる。尾谷先輩は私を一切みず、香奈が走り去った方向を見つめている。


 その顔はだらしないほどに緩み切っていた。

 目的を忘れて思わず後ずさるほどには問題のある顔だ。


 私がどん引きしていることすら気づかず、浮かれた尾谷先輩は満面の笑みを浮かべる。最初に私を見た鋭い視線はどこにいったのかと思うほどデレデレだ。

 俺にもついに春が。彼女が。とつぶやいているところを見ると完全に信じたらしい。


 ちょろい。

 ちょろすぎるぞ、この先輩。


「放課後、祠に行けばいいんだよな」


 尾谷先輩は上機嫌に私に話かけた。場所がおかしいことにも全く気づいていないようだ。私はただうなずくことしかできなかった。


「君もありがとな。じゃあ」


 口調まで変わった尾谷先輩は私に手を振って笑顔で立ち去る。不良とは思えないさわやかさな振る舞い。後姿だけでも上機嫌だと分かる尾谷先輩はしまいには鼻歌を歌いはじめ、スキップしながら帰っていった。

 よっぽど告白されたのが嬉しかったらしい。

 あんなに浮かれるほど女の子というものに無縁だったのだろうか……。


「可哀想になってきた……」


 これで祠を壊した犯人じゃなかったらどう謝ろう。

 新たな問題の誕生に私は額を押さえる。

 尾谷先輩が向かった方から歓声とも悲鳴ともつかない雄たけびが聞こえて、私の気持ちはさらに重くなった。


「なんとかなる……きっと……」


 自分を慰めるべく声にだし、私は痛みだした頭をおさえた。

 祠に尾谷先輩を呼び寄せることは成功したのだ。後はなるようになる。そう投げやりな気持ちになるしかなかった。

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