六話 臆病少女と不良な先輩
6-1 作戦準備
結局食べられなかったお弁当をかき込むと、私と香奈は尾谷先輩を探し始めた。とりあえず三年教室前で話を聞いてみる。意外とあっさり居場所はわかった。三年生で有名というのは本当の話みたいだ。
尾谷先輩はいつも人気のない校舎裏にいるという。そこで同じく柄の悪い奴らとつるんでいるとのこと。
話を教えてくれた先輩もどうして尾谷のことなんて。という顔をしていたし、場所を聞くと近づかない方がいいと止められた。悪い印象が定着しているみたいだ。
それでも私はいかないわけにはいかない。なにもせずに放課後を迎えてしまったら、彰に鼻で笑われたうえに嫌味を言われる。それだけはなんとしても避けなければいけない。言われっぱなしなんて耐えられるか。
思い出しただけで腹が立ってきて、私は荒い足取りで校舎裏へと向かった。後ろを追いかけてくる香奈が引き気味だったのも、彰のせいである。
校舎裏に近づくと人の話声が聞こえてきた。静かな場所だというのにやけに響く耳障りな笑い声。祠の少女であれば品がないといったかもしれない。
準備もなしに近づくのは危なそうなので、校舎の影から様子をうかがう。そこには先輩らしい男子生徒が三人たむろしていた。
ニ人は校舎の壁にもたれかかり、もう一人は地面にヤンキー座りだ。古典的過ぎて呆れてくる。さすがにタバコの吸い殻や缶ビールなんてものはなかったが、あっても違和感がない光景だ。こんなのが同じ学校に存在していたとは思わなかった。
「あの座り込んでる人が尾谷先輩だよ」
香奈が小声で耳打ちする。よりにもよって座っている方かと私は顔をしかめた。
なにがおかしいのか、ゲラゲラと笑い続ける先輩たち。全員制服を着崩し、髪は明るい。一目で不良と分かる風体だが、その中でも特に尾谷先輩の髪色が明るかった。ほかは明るい茶色だが、尾谷先輩は金髪だ。
金髪といえば先程まで一緒にいた祠の少女がうかぶ。少女の金髪と比べると一括にするのは失礼なレベルだ。
少女は遠目に見ても艶があり、思わず触ってみたくなるような金色。尾谷先輩はハッキリ言えば安っぽい。遠目に見てもツンツンした髪は痛んでみえるし、言動も馬鹿っぽい。まだ話してもいないが、尾谷先輩のイメージは残念で固まった。
「どうやって声かけよう」
私が尾谷先輩を観察していると、香奈が思い詰めた様子でつぶやいた。
尾谷先輩だけでもハードルが高いのに、関係ないのが二人もいる。人見知りな香奈があの輪に話しかけるのはきついだろう。私だって関わりたくない人種だ。
それでもこのミッションは成功させなければいけない。彰をギャフンと……は、言わせられないかもしれないが少なくとも鼻で笑われないために。
しかしながら尾谷先輩の立場で考えれば、突然祠に呼び出されるわけだ。尾谷先輩が犯人だとしたらわざわざ近づきたい場所ではないだろう。噂は学校全体に広がっているようだし、尾谷先輩の耳にも入っているはず。
つまり、来てくださいというだけでは駄目なのだ。ある程度説得も必要だと思われる。
そんなことを香奈が出来るだろうか。幼いころから香奈を見てきた私には不安しかない。会話が成り立つかという初歩的な部分から心配だ。
ここ数日、オカルト事件に遭遇できたことでテンションが振り切れ、妙な積極性を見せている香奈だが本来は挨拶ですらギリギリの人間だ。
ちょっと話しかけられただけで私の後ろに隠れるのが通常運転。そんな香奈が初対面の異性。しかも不良の先輩に、言葉を発する事ができるのか……。
無理だ。
私はすぐさま結論をだした。
「尾谷先輩だけ私が連れてくるよ。ついでに告白みたいな空気出しとく」
「七海ちゃんが?」
香奈は驚いた顔で私を見た。手伝ってもらえると思っていなかったらしい。
「香奈ができるか不安だし。結局なにも言えなくて逃げ帰ってくるか、私が途中でフォローに入るか、どっちかになるでしょ」
「………」
香奈が私から視線をそらす。自分でもそうなりそうだと思ったようだ。
「尾谷先輩一人だけだったらなんとかなる。香奈は放課後、祠に来てくださいってだけ言って。あとは私がフォローするから」
「が、頑張ってみる……」
固い動作で香奈が拳を握り締めた。緊張のせいか顔は引きつっているし、足はかすかにふるえている。それでも嫌という言葉は出なかった。香奈は勇気を振り絞っている。ならば私が逃げるわけにはいかない。
なんでこんなことに。という気持ちは残っている。
それでもここまで来たらやるほかないのだ。
ここで待っててというと香奈は神妙にうなずいた。私も気合を入れ、先輩たちの方へと歩みよる。
人気のない校舎裏だ。校舎の影からで出た途端、三人の視線が私に集まる。歓迎とは真逆の空気に飲まれる前に声を出す。
「尾谷先輩いますか」
私の言葉に茶髪の先輩が尾谷先輩に視線を向けた。知り合い? と聞いた先輩に対して、尾谷先輩は首を左右にふる。
「なんの用だ」
警戒をあらわに尾谷先輩が私をにらみつけた。威嚇のつもりだろう。普通の女子だったらひるんだだろうが、残念ながら私は普通の女子ではない。
前の学校では男顔負けの長身と女子にもてまくったせいで男子のやっかみを買い、絡まれることなど日常茶飯事だった。自慢できない過去だが、その結果が堂々としていられる今だと思えば、人生なにがあるか分からない。
本音をいえばもうちょっと別の場所で発揮したかった。
「私の友達が尾谷先輩と話したいそうなんです」
「話したい?」
尾谷先輩からすれば予想外の話だったらしく表情が緩み、間抜けな顔になる。そっちの方が素らしい。
「その子恥ずかしがり屋で、一人じゃとても呼び出せないから私が代わりに」
「……なんの用だよ」
尾谷先輩が顔をしかめた。呼び出しの理由が分からなくて困惑しているようだ。
勘のよい男子ならこの時点で「告白」という単語が浮かびそうなものだが、選択肢として全く浮かばないらしい。
見た目的にも言動的にもモテそうな要素はないし、仕方ないのかもしれない。
「それを私の口からいうのはちょっと……あの子だって直接自分の口で言いたいでしょうし」
「だからなんの話だよ」
「……ハッキリ言わないとわかりません? 女の子が二人きりで先輩と話したいって意味」
二人きりを特に強調しつつ、尾谷先輩を見つめる。
最初はわけが分からないといった顔をしていた尾谷先輩も、私の言った意味をだんだん理解したらしい。険しい顔が驚きの表情へと変わった。尾谷先輩の変化と共に、黙ってみていた茶髪の先輩たちも驚きに目を見開く。
まさか。尾谷が。俺たちを差し置いて!? と騒ぎ出したところを見るに、私の意図は伝わったようだ。
「来てくれますよね?」
念押しすると尾谷先輩は、面白いぐらい上下に首を振った。
先ほどまでこちらを威嚇していた姿はどこにいったのか、目を輝かせ、おそらく人生初の告白に期待する姿を見ると罪悪感が芽生える。
それでもここで止めるわけにはいかない。ここまで来たらやらなければならない。
文句はこんな案を出した彰にいってほしい。
「お前ら、行ってくる」
立ち上がった尾谷先輩は鼻高に仲間に手をふった。上機嫌に私の隣に並んだ尾谷先輩に呆れた視線を向けないように注意する。
茶髪の先輩たちは信じられないという顔で、私と尾谷先輩を交互に見つめる。一応その先輩たちにも頭を下げ、背を向けた。背後から悲鳴じみた「うそだろ!?」という声が聞こえたが、聞こえないふりをするのが優しさだろう。
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