5-4 冷えた視線

「昨日も言ってたけど、どうやって確認するの?」


 香奈が首を傾げて少女に問いかけた。私もそれには興味があったので香奈に続いて少女へと視線を向ける。連れてくれば分かるというのは一体どういう仕組みなのだろう。


「祠の周辺は私の領域ですので、ここ限定で私は本来の力を発揮できます。思考や記憶をよむくらいなら簡単です」

「記憶読めるの……」


 香奈は唖然とした様子でつぶやくと視線をさまよわせ、ソワソワし始めた。知られたくない過去が思い浮かんだみたいだ。私だってなにも恥ずかしいことはないなんて言えないが、香奈の反応はわざわざ知られたくないことがあると言っているようなものだ。


「必要もないのに人の記憶をよむほど、悪趣味ではありません」

「あっそうですよね……ごめんなさい」


 少女がそういうと香奈は頬を赤くして目を伏せた。過剰反応してしまったことが恥ずかしかったらしい。

 それを見ていた彰が笑う。


「仕方ないよ。あなたの心がよめますって言われたら誰だって身構える。知られたくないことは誰でもあるからね」

「それはそうですね。あなたは特に知られたくない秘密が多そうです」

「僕みたいな純粋無垢な子を前にして酷いなあ。そんなに言うなら僕の心よんでみる? 澄み切ってるよ?」


 どうぞと言わんばかりに両手を広げる彰に、少女は顔をしかめる。そういう反応が返ってくるとは思っていなかったんだろう。私もそんなに堂々と見てといわれたら戸惑う。


 それに彰の心をよんだら、知りたくもないことまで見えてしまう気がする。澄み切ったなんて大嘘で、真っ黒に違いないのだから。


「遠慮します……」


 少女も私と同じ結論に至ったのだろう、目をそらしながら小さな声でつぶやいた。彰は「遠慮しなくていいのに」とニヤニヤ笑っている。

 こうなるだろうと見越して堂々とした態度だったらしい。食えないやつだ。


「まあ、そういうわけだから、ここにさえ連れてくれば犯人かどうかの確認はしてくれるよ。あとは連れてくる方法」


 彰はそういって私と香奈の顔を順番見た。


「何か考えてる?」

「方法……」


 香奈は小さな声でつぶやくと私を見た。

 七海ちゃんいい案ない? と目が訴えかけてくる。そんな期待のこもった視線を向けられても困る。私はこの事件に最初からノリ気じゃない。考える気すらなかった。


「私に聞かれても……」

「うわぁ、使えない」


 彰が大げさなジェスチャーで、両手をあげ頭を左右に振った。発言と言い行動といい、いちいち腹が立つ。わざとこちらの神経を逆なでしているんだろう。

 そんな風に言われる筋合いはないとにらみつけるが、私に睨まれても痛くも痒くもないらしくあっさり受け流された。


「尾谷って人はさ、彼女とかいる?」


 唐突に彰は香奈に聞いた。脈略のない発言に私と香奈は戸惑う。少女もなにを言っているんだと眉を寄せていた。


「いない……と思う。そんな噂聞いたことないし」

「恋愛とか興味ないってタイプ?」

「そういうタイプでもないかな。彼女欲しいって聞いたし」


 いったい香奈は誰に聞いたんだろう。裏サイトか? 

 そうだとしたら裏サイトにはどれほどの情報が集まってるんだろう。怖いから今後は気を付けた方がいいかもしれない。


「興味はあるけど、彼女はなし。女性にもてるタイプでもないと」


 彰はニヤリと人の悪い笑みを浮かべて、香奈に確認する。香奈が戸惑いつつもうなずくとさらに笑みを深くした。

 顔立ちは文句なしに可愛いのに、浮かべる表情が極悪すぎて、悪魔みたいだ。


「じゃあ、簡単。君が告白のふりして、ここに呼び出せばいいよ」


 彰は先ほどまで人の悪い笑顔をしていたとは思えない、さわやかな笑みを浮かべて、真っすぐに香奈を指さした。


 香奈は目を開けて硬直し

「えぇえええ!?」

 付き合いの長い私でも初めて聞く大声で叫ぶ。


「ちょっと、なんで香奈なの!?」


 突然のことで遅れたが、私は慌てて香奈をかばうため前に出た。香奈を後ろに隠しながら食って掛かると、彰は物分かりが悪い子供でも見るような呆れた目を向けてくる。

 外見は私よりも下に見えるのに、妙に様になっているのが腹正しい。


「なんでって、単純で手っ取り早いし。高校生にもなって肝試しなんて幼稚な遊びで盛り上がれるような脳みそお子様なら、あっさり引っかかるでしょ。君平均以上に可愛いし」


 最後の言葉は香奈に向けられたらしい。褒めるにしたってタイミングが最悪だし、褒め方も悪い。しかも「平均以上」だ。


「性格的には君の方が向いてるかもしれないけど、女の子相手はともかく男つるにはねえ……」


 彰は私を上から下までじろじろとながめてから、ため息交じりに失礼なことを言う。

 たしかに私は平均的な女子よりも大きい。女子どころか男子と比べても大きい。異性よりも断然同性にもて、前の学校でのあだ名は王子だった。今思い出してもふざけてる。


「君可愛いから、告白っぽい空気で呼び出せばほいほいつられるよ。大丈夫」


 未だに固まっている香奈の肩をぽんぽんと叩いて、悪役みたいなことをいう彰。呆然としていた香奈の顔がだんだんと青くなる。彰の言っていることの意味を飲み込んだようだ。


「わ、私が……?」

「君以外にいないでしょ。そっちの子は男受けしないし、声かけた瞬間その場で無理。とかいわれちゃいそうだし」


 私の顔を見ながら彰はさらに失礼なことをいう。失礼だが十分あり得そうだ。だからこそ余計にイラつく。

 異性にもてたいと思ったことはないが、こうも堂々と対象外ですと言われるのも負けた気持ちになる。


「さっきからあんた失礼すぎるでしょ」

「どこが? 僕は事実をいっているだけじゃない。君は同性に受ける外見と性格、この子は異性に受ける外見と性格。適材適所ってやつだね」


 青くなっている香奈の肩に手を置いたまま彰は笑った。

 意見は分かる。たしかに男なら香奈、女なら私の方が向いているのは事実だ。だからといって、事実だったら何をいってもいいというわけではない。


「そもそもなんで私たちが尾谷先輩を呼び出さなきゃいけないの。あんたがすればいいでしょ」


 今までため込んだ怒りをすべて吐き出すように怒鳴る。自分に都合よく話を進める彰に腹が立つ。こちらの都合などお構いなしなうえ、全部上から目線だ。何様なんだこいつは。


 こんなに腹が立ったのも、こんな大声で怒鳴ったのも初めてだ。力の限り叫んだせいで、思った以上に力が入ったらしい。全力で怒るということは疲れるんだと少し冷静になった頭で思う。


「なにいってんの?」


 落ち着いたところで、ぞっとする声が聞こえて、私の思考は一瞬で冷えた。

 私の視線の先、彰は、今まで浮かべた笑みを消し去って、無表情で私を見つめていた。

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