5-3 壊した犯人
昨日と同じくどこからともなく現れた座布団の上に座ると、ついには湯呑まで出てきた。骨董屋に持っていったら喜ばれそうな代物だ。そこに綺麗な緑色のお茶が入っている。
湯呑だけでも驚きなのに、いつのまに緑茶まで入れたのだろう。
神様が出してきた緑茶だ。飲まないのは失礼だし、祟られそうなので恐る恐る口に運ぶ。口の残る苦味を予想していたが、一口でわかった。文句なしに美味しい。熱くもなくぬるくもなく、ちょうどよい温度で、口当たりも良い。
驚きで固まる私の横で、香奈が興奮気味に「美味しい!」と騒いだ。
「お茶には自信があるんです」
少女が嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべる。今は出ていないはずの狐のしっぽと耳が、上機嫌に揺れたように見えた。
「悔しいけど本当に美味しいんだよね。どうやって入れてるの?」
「これは極秘事項ですので」
彰が聞くと少女は自分の入れたお茶を飲み、満足げに一息ついてからそう答えた。
彰は不満げだったが、問いただしたところで答えてくれないだろうと思ったのか、もう一口お茶を飲む。
「うーん……この味に慣れちゃうとほかのじゃ満足できなくなりそう」
「お茶飲み友達でしたらいつでも募集してますので、気楽にいらしてください」
「ほんと? じゃあまた来ようかな」
昨日にらみ合っていたとは思えない、和やかな会話。まったくついていけない。打ち解けすぎだし、和みすぎだ。昨日の敵は今日の友というタイプにも見えないから、単純に切り替えが早いんだろう。
年の功ってやつ? と思うが少女はともかく彰は同い年のはずだ。実はサバよんでるんじゃと疑ってみても、答えは出ない。
彰の主張はあくまで十六歳の人間だ。
私からすれば人間の規格からは色々と外れてみえるが、本人はそう主張している。
人間と人間じゃないものの見分け方なんて、私には分からない。疑ったところで答えなど見つからないのである。
それでも本当に? という疑問は消えない。自分と同じ十六歳の高校生と認めるには彰の気配は異質なのだ。
「さっきから熱い視線を感じるんだけど、僕が可愛すぎて見とれちゃった?」
そんな理由ではないと分かっているだろうに、わざとらしく聞いてくる姿にイラッとする。
「さっきから、からかいすぎですよ」
少女が呆れた口調で彰を諭した。
「からかってくださいって態度ばっかりとるんだもん」
「とってないから」
「とってるよ。そうやって一々突っかかってくるところとか」
ニヤニヤ笑う彰にイラついて視線を逸らすと、クスクスという笑い声が聞こえ始めた。
本当に性格の悪いやつだ。見た目は文句なしに可愛いのに、勿体なさ過ぎる。
「そんなことより、祠を壊した犯人の話は」
話題をそらすためにわざと大きな声でいうと、香奈がはっとした顔をした。
彰は私の意図も分かっているらしく、相変わらずニヤニヤ笑っていた。その笑みを無理やり視界の外に追いやって、香奈を見る。
香奈はいそいそとポケットから手帳を取り出した。オカルトに関する情報をいつも書き留めているものだ。
小さなころからずっと書いているため手帳は定期的に代替わりするのだが、今回で何代目かは覚えていない。正直あまり興味がないし。
「えっと、昨日、今日調べた話をまとめると、祠を壊した犯人は三年の
香奈があげた名前に聞き覚えがないかと記憶を探るが、全く覚えがない。
部活に所属しているわけでもない、交友が少ない私の耳に入ってくるのはせいぜい同学年。先輩となるとよほどの有名人じゃない限り名前を聞くことはない。
聞き覚えが全くないということは、有名な先輩というわけではないのだろう。
「香奈はその人知ってたの?」
「名前くらいは聞いたことあるよ。三年生だとそれなりに有名な先輩かな。一年生には知られてないけど」
一年生には知られていないといいながら、なぜ香奈は当然のように知っているのか。私が鈍いのか、香奈が詳しいのか。
「同学年で有名ってなにかしてるの?」
「素行が悪いみたい」
彰の質問に香奈は少しだけ眉を寄せて答えた。その反応に私も眉を寄せた。視界の端で彰もほぼ同時に顔をしかめていた。
「深夜に騒いで補導されたとか、お酒飲んでるとかタバコ吸ってるとか。そういう噂が多いの」
「分かりやすい不良生徒だね」
彰は興味なさげにそういうとお茶を飲む。不快な話を聞いた口直しという感じだ。
「その不良の先輩がなんで祠を?」
「度胸試しだったみたい」
香奈の発言と同時に怒気が膨れ上がるのを感じた。周囲の温度が急激に下がったような気がする。私の体はガタガタと震えていた。
「度胸……試し……?」
低く、重たい、怒りをにじませた声がする。
恐る恐る声の方を見れば少女が目を細めていた。いつの間にか耳としっぽが飛び出している。耳はピンと立っているし、しっぽの方は不機嫌そうにゆらゆらと揺れている。
かすかに笑みを浮かべる口元からは人のものではない鋭い牙が見え、恐怖に息が止まった。
「耳としっぽ出てるよ」
同じく青い顔をして固まっている香奈とは違い、彰はあくまで冷静。どころか呆れた様子で少女に声をかけた。
「壊したのはこの子たちじゃないんだから、その怒りは犯人に向けなよ」
「……そうですね。私としたことが怒りの矛先を間違えるなど、はしたないことをいたしました」
彰の言葉で少女は、表面上は落ち着きを取り戻したようにみえた。
それでも耳は未だに出ているし、しっぽも消えていない。不機嫌そうにゆらゆらと揺れるしっぽを見ていれば、怒りが収まっていないのが分かる。
やはり人ではないのだ。
改めて突き付けられた現実に、私は冷や汗が止まらない。
私たちが怒りの対象ではないから収めてくれたが、仮に私たちが犯人だったらどうだっただろう。鋭い牙で喉元を噛み千切られただろうか。昨日見た影で容赦なく真っ二つにされただろうか。
想像するだけでも血の気が失せ、体の震えが止まらない。香奈も同じ気持ちらしく、すがるように手帳を握り締めていた。
「威嚇するから怖がっちゃったじゃない」
「……申し訳ありません」
彰の非難を込めた視線にいたたまれなくなったのか、少女は耳としっぽを下げ反省しましたという態度を見せた。
その姿は年相応の子供に見える。ぺたんと下がった耳としっぽも相まって愛らしくみえる。
愛嬌のある姿を見て私はやっと体の震えが収まった。ふぅと息を吐き出しす。香奈も同じように息を吐いていたから、私と同じく恐怖から解放されたようだ。
「高校生にもなって度胸試しだなんて、幼稚なことするやついるんだね」
「まったくです。しかもこの祠を選ぶなんて無礼にもほどがあります」
彰が呆れた顔をすると少女がむっとした顔をする。
下がっていた耳としっぽがかすかにあがるが、先ほどに比べれば愛嬌で通せる程度だ。
「香奈もよくそんなことまでわかったわね」
「度胸試しするって教室で大声で話してたみたい。聞いたらすぐ名前が出たよ」
「本物のバカでしょ……」
彰と意見が一致するのが微妙なところだが、私も同意見だった。高校生にもなって、しかも三年でそれはバカすぎる。今時中学生でもそんなノリのやつはいないんじゃないか。
「ってなると、その尾谷って先輩をここに連れてきて、犯人かどうか確認すればいいわけだ」
彰の言葉に少女は静かにうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます