5-2 押し付けられた救世主

「まだ仕事は終わってないよ。だって僕はまだ犯人が誰か聞いていない。もっというなら僕は犯人をここに連れてくることはできない」

「はあ?」


 彰の言葉に思わず私は声を上げた。

 犯人を見つけ出して、ここに連れてくれば事件は解決だ。その犯人捜しを香奈に頼んだのは彰だ。というのに犯人は分かっても、ここに連れてこられないとはどういうことだ。


「そもそも僕は犯人の目途がついたら教えて。とはいったけど、僕が解決するなんて一言もいってない」


 にこりと綺麗な笑顔を浮かべて、彰はとんでもないことを口にした。開いた口がふさがらないとはこのことだ。


 たしかにそんなことは一言も言っていなかった。だが昨日の流れは、調べさえすればあとはどうにかするという雰囲気ではなかった。これでは働かされ損じゃないか。


「まず第一に、僕は犯人の名前を君たちから聞いたとしても顔が分からない」


 私の騙されたという反応に対して、彰は楽し気に笑いながら指を一本たてた。

 言っていることももっともではあるが、自信満々に言えることか。それをいうなら私だって犯人の名前を聞いたとしても分かる自信などない。

 犯人がクラスメイトの内の誰かというなら別だが、そんな偶然ないだろうし。


「第二に、仮に犯人の顔がわかったとしても、僕が学校に行くことができない」

「なんで」


 最初はともかく、次の発言に関しては黙っていられず口をはさんでしまった。

 学校に行くことができないとは、どういうことだ。

 彰を学校の中で見たことはないが、うちの高校の男子生徒の制服を着ている。うちの生徒であることは間違いない。となれば学校の中に入ることはできるはずだ。


 彰は私の発言に怒るどころか、いい質問をしてくれましたとばかりに笑った。馬鹿にした態度に腹が立つが、それに文句を言うと話が進まないから黙っているほかない。


「僕が校舎内にいたらどう思う?」

「どうって……」


 彰が校舎内にいるのを想像する。

 彰の様子はとにかく目立つ。ただ立っているだけでも人の目を引き付けてしまう、魅力というかオーラがあるのだ。

 そんな彰と偶然すれ違ったり見かけたりしたら……。


「見ちゃうね」

 香奈が図らずとも私と同じ結論を口にした。


「でしょ」

 彰はよくできましたとばかりに拍手する。完全にこちらをバカにしている。


「見ちゃうけど、それがどうしたの」

「わかんない? 思わず見ちゃうってぐらいに僕は可愛いから、目立つんだよ」


 自信満々に胸をはる彰に対して私は顔をしかめた。少女が「自分でいいますか」と眉をひそめていたが完全に同意だ。

 純粋な香奈だけが納得した様子でうなずいていた。香奈の将来が心配だ。


「君たちから名前を聞いて僕が犯人を探すことは不可能ではないよ。でもそれをするとものすごく目立っちゃうの。僕みたいな美少年が学校内を歩いているだけでも注目の的なのに、人探ししてるんだよ。あの美少年は誰だ!? 探している人物は何者だ!? って騒ぎになっちゃうでしょ」


 自意識過剰と私は言いたかったが、言い切れないのが悔しい。たしかに彰みたいな美少年が突然現れて、校舎内を歩いていたら騒ぎになりそうだ。

 最初からいたのならともかく、私も香奈もこれだけ目立つ生徒がいることを今の今まで知らなかった。しかも私たちの学校は山の上。周囲とは孤立している。早い話、話題に飢えている。


「僕とはしてはそれでもいいけどさ、肝心の犯人が警戒して出てこないかもしれない」

「それは困るね」


 香奈が真剣に眉を寄せた。

 素直に反応できる香奈に、私は呆れを通り越して感心していた。私はそんな風に素直に受け入れることはできない。


 たしかに彰が言う通り騒ぎにはなるかもしれない。相手を警戒させるかもしれない。それでも昨日少女をあざ笑って、香奈を口説き落とした彰なら警戒した相手をどうにかする手段くらい持っているだろう。


「そして第三に、これが一番重要なんだけど」


 彰はそういうと唇に人差し指を当ててほほ笑んだ。同世代の少年とは思えない大人びたた表情で

「僕が直接動くと面倒くさいからやりたくない」

 最低なことを堂々と口にした。


「最低」

「褒めてくれてありがとう」


 心の底からの侮辱を込めたというのに、彰は軽く笑って流す。

 彰のメンタルはいったい何でできているのか。強化防弾ガラスか。


「あと、こう見えて訳ありだから、あんまり目立つことしたくないってのもある」

「訳あり……?」


 香奈が首をかしげ、私は眉を寄せた。

 少女は人間同士のやり取りに興味がないのか、静かにお茶を飲んでいる。一応少女にも関係ある話なのだが、結果さえ出てくれれば過程はどうでもいいらしい。


「君たち僕の事知らなかったでしょ? こんなに可愛くて目立つ僕なのにさ」

「あんた自慢一ついれないとしゃべれないの」

「自慢じゃないよ事実だよ。僕が可愛いのは客観的にみた事実」


 そういって彰はウィンクする。

 否定したいのにその動作は抜群にかわいかった。性格が性悪じゃなければ、迷わずファンになったレベルには。


 顔だけは可愛いのに勿体ない。と苦虫をかみつぶしたような気持ちでいる私の隣で、香奈が顔を真っ赤にして狼狽えていた。

 本気で幼馴染が悪い男に騙されそうで不安になってきた。


「まあ、そんなわけだから君たちには期待してるんだよ」


 彰は笑う。


「この学校のため。皆のため。そしてここにいる祠の主のために、君たちの力を貸してくれると嬉しいな」


 提案という形をとっているが、断ることは許さないという圧力をひしひしと感じる。

 香奈は最初から協力する気しかないから、そもそも圧力に気づいていない。決意を新たにするように拳を握り締めていた。

 少女に関しては、交渉は彰に任せるつもりなのか我関せずだ。マイペースすぎる。神様ってみんなこんな感じなんだろうか。


「ねえ、してくれるでしょ」


 畳みかけるように彰が私に笑いかけた。

 完全に私に圧をかけている。


「……今回だけは……」


 私は仕方ないという態度をとりながら答える。意地だ。完全敗北など認めてやるもんかという悪あがきだ。

 だが、彰はそれすらも面白いというように目を細めた。


 私の行動は完全に墓穴かもしれないと不安になってきたが、それでも、もう後には引けなかった。

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