五話 謎の少年と作戦会議
5-1 焦りの結果
短い間に何度も訪れているせいだろうか。暗い森に並ぶ狐火という不可思議なものを見た後だからだろうか。初めて祠に訪れたときに感じた不気味さや、心細さはもう感じない。
ぼんやりした噂よりも怖いものを私は知っている。
知ってしまった今となっては、知らない前に怖がっていたものなど怖がっていた理由が分からないくらいだ。
世の中にはもっと恐ろしく、逆らってはいけない存在がいる。知りたくはなかったが、知ってしまったことで耐性がついてしまったのは事実。
できればこの耐性が、今後は発揮されないことを祈るばかり。
「あの子と彰君いるかな」
香奈はきょろきょろとあたりを見回しながら、隣を歩いている。
香奈もすっかり慣れたものだ。最初からオカルト現象への期待で楽し気にしていたような気もするが、それでも最初に比べて肩の力は抜けていた。
いいことなのかは分からない。
「いるっていってたし、いるんじゃない。いなかったら完全に無駄足だけど」
そう言いながらも、その方が都合がいいなと私は思う。彰もあの少女もいなければ、私は香奈を連れて教室に戻ることができる。
教室を出る前の発言から質問攻めにあうことは避けられないが、適当にごまかすことも今の段階ならできるだろう。
そのあとは時間が解決してくれる。何も答えなければ周囲はそのうち飽きる。そこまで耐えれば待ち望んだ平穏が戻ってくる。私にとって最高のハッピーエンドだ。
だが、そう上手くはいかないと、祠に近づくにつれて聞こえてきた話声で気づいてしまった。
隣を歩く香奈は人の声が聞こえたのが嬉しかったらしく歩調を速め、私を追い越していく。私はその香奈の後姿を見ながらため息をついた。
近づけば近づくほど声がハッキリ聞こえるようになる。鈴の鳴るような少女の声と、少女とも少年ともとれる中性的な声。
昨日の一件で耳にこびりついてしまった、忘れたくとも忘れられない声だ。
「あれ、思ったより早かったね」
祠の前で私たちを待っていたのは少女と彰だった。百合先生の姿はない。きっと忙しいのだろう。
少女と彰は向かい合うように座っており、手にはどこから用意したのか湯呑を持っている。昨日と同じく地面の上に座布団をひき、その上に座るという奇妙な状態だ。
暗かった事でおかしさも多少は緩和されていたのだと、明るい日の光の下で見ると思う。
整った顔立ちの少年少女がニ人。地面の上に座布団をひいてお茶を飲んでいる図。完全にコラ画像だ。
「ほんとにいた」
私は何だこれと脱力したのだが、香奈はどこか唖然とした様子でつぶやいた。そのあと徐々に実感が伴ってきたのか、嬉しそうにニ人のもとへ駆け寄っていく。
浮かれてはいたが、どこかで夢だったのでは。という不安があったのだろう。それがニ人を見たことで現実だったという確信へ変わったようだ。
幼馴染ながら理解は出来ない感情だ。
私としては夢の方がありがたいし、夢でなかったという事実に心がくじけそうだ。
「そんなに喜んでくれると僕も嬉しいな」
彰は駆け寄ってきた香奈を見て笑う。そのあとすぐに意地の悪い顔で私の方を見た。
「そっちの方は嬉しくないみたいだけど」
「え? そうなの」
彰の言葉に初めて気が付いたようで、香奈が私の方を振り返る。私は居心地が悪くなり視線をそらした。
「あまりからかわないであげてください。あちらの方の反応の方が当たり前です。私たちのような存在にあって喜ぶ方がどうかと思いますし」
「さらっと僕もひとくくりにしないでくれる。僕は君と違って人間だから」
仲間扱いされたのが嫌だったのか、彰が顔をしかめた。私からすれば間違いなく少女の仲間だが、彰の主張はあくまで人間らしい。
お前みたいに対等に物の怪と渡り合える人間がいてたまるか。というのが私の意見。少女の方も似たようなことを思ったのか顔をしかめていた。
同意見だというのに素直に喜べない。
「それで、ここに来たってことは犯人の目途ついたの」
彰は湯呑を口に運びながら香奈に目配せする。私の方には一切視線を向けないのを見ると、私がノリ気じゃないのも見抜かれているようだ。
たしかにノリ気じゃないし香奈のように協力する気もないが、頭数に全く入れられていないというのも腹が立つ。
私はとりあえず香奈の隣に並ぶため、三人のもとに近づいた。
「昨日裏サイトで、今日は先輩とか先生に話を聞いて裏を取ったから間違いないと思う」
香奈は拳を握り締めて、ふだん垂れている目を心なしか吊り上げて力強く宣言した。
携帯をずっといじっていたのが裏サイトということは推察できていたが、いつの間に裏まで取っていたのか。HR前か。どんな行動力だ。
私が呆れた様子で香奈を見てしまったが、彰の方は感心しているように見えた。
使い物にならないと思っていたものが意外と使えると分かったような、予想外の掘り出し物を見つけて喜んでいるような。そんな含みのある笑みを浮かべる。
やばいと直感的に思う。これは彰に多少なりとも好印象を持たれてしまったのではないか。
「君、意外とやるね。こんなに早く見つけてくるとは思わなかったよ」
彰はにっこり笑った。昨日と違って脅しでも、計算でもなく本心の笑顔のように見える。それだけに私はまずいと思った。これ以上香奈と彰を仲良くさせるのは問題だ。
「祠のことも気になったし……調べものするの私好きだから……」
香奈は褒められたのが嬉しかったのか、顔を赤くしながらつっかえひっかえ口にした。完全に舞い上がっている。
まずいという危機感が大きくなる。
この事件が解決しても、香奈が彰になついてしまったら意味がない。彰とのかかわりはこれが最初で最後でなければ、平穏な日常が戻ってこない。
「言われたとおり調べたんだから、これで私たちの仕事は終わりでしょ」
私は香奈を隠すように前に出た。香奈が戸惑った様子でこちらを見上げているのが分かったが、気にしている場合ではない。
私の態度に、先ほどまで上機嫌だった彰の機嫌が急降下する。香奈に向けていた友好的な目とは違う、絶対零度の冷たい目が私を射抜く。
本能的に逃げたくなったが、私はその場に踏みとどまる。ここで逃げたら相手の思うつぼだと彰をにらみ返した。
「へぇ……」
彰は睨み返されたというのに、面白いものでも見たように笑みを深めた。その表情を見て冷や汗が流れた。
これは余計なことをしたのかもしれない。そうは思っても、この状況から逃げる方法が私には思いつかなかった。
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