4-4 壊れていく日常
「それで、裏サイトってどんな感じ?」
少女に威嚇されようと、百合先生に注意されようと、反応せずにいた彰が大きな目を輝かせて香奈に近づいた。
香奈と同じく好奇心旺盛らしい。
「えっとね」
香奈は自分の思いつきが認められたのが嬉しかったらしく、楽し気に裏サイトの説明をし始める。
黙っていれば可愛い香奈と、黙ったうえで女だと思えば可愛い彰が、並んで携帯をのぞき込んでいる姿は絵になる。背景が森で、草の上に座布団がひいてあるという奇妙な状況でなければ。
百合先生は携帯をのぞき込むニ人の後ろに移動して、神妙な顔で画面を眺めている。これは近々、管理者および利用者と共に、裏サイトが消滅するだろう。
私は心の中で、巻き込まれるであろう多くの生徒に黙とうをささげた。
「裏さいと……?」
少女だけは未だに理解ができないらしく、そうつぶやくと眉間にしわを寄せ首を傾げる。
説明してあげたいが私はどう説明していいか分からない。香奈は彰と百合先生と一緒に携帯に集中しているし、どうしたものかと私は少女と香奈を交互に見た。
「簡単にいうと、念話が文字で見える場所のことだよ」
首をかしげている少女に気づいたらしく、彰が口を開く。
先ほどから一切画面から目を離していないのに、いつ気づいたんだろう。視野が広いのか、見ていないようでいて見ているのか。
本当に同じ人間なのか、ますます怪しくなってきた。
そもそも念話ってなんだ。テレパシーみたいなもの?
「念話が文字で見える。……となると不特定多数に見られてしまうのでは?」
「それでいいんだよ。人間は念話を使えない。だから遠くの人と会話するためには絡繰りを通して文字を送るしかないんだ」
絡繰りといいながら、彰は携帯をコンコンと軽くたたく。これがその絡繰りだと伝えるためだろう。
「いつの間にそのような絡繰りが……!」
「君たちが眠ってからの人類の発展はめぐるましかったんだって。といっても僕は生まれて十六年。君たちにとっては赤ん坊みたいなものだから、詳しい話は知らないけど。実際のところはリンに聞いて」
同い年。という素直に認められない情報とともに「リン」という単語が耳につく。おそらく人の名前だが、ここにきて新たな人物の登場に私はうんざりした。
話の流れを考えるとリンという人物は、少女が眠ってから今までの人類の発展を知っているらしい。それも調べたとか人づてに聞いたというよりは、実際に見てきたように受け取れる。
昨日までの私だったら気のせいだろうと思ったが、今目の前に人知を超えた存在がいる。少女以外にそういった者がいないと否定できない。
私はこれ以上厄介な人物と関わりたくないと顔をしかめたが、なぜか少女も私と同じく。いやそれ以上に顔をしかめていた。
「まだいるんですか、アレは……」
「そう簡単にいなくなるわけないでしょ」
「それもそうですが……」
彰の軽い返答に少女は重いため息をついた。
少女ですら嫌そうな反応をする「リン」という人物はいったい何者なのだろう。できることなら一生関わり合いにはなりたくない。
幸いなことに裏サイトの説明を百合先生にしていた香奈はこの話を一切聞いていなかった。香奈から追撃の質問が出ることはないと知りほっとする。
もう遅いといわれるくらい関わっている気がするが、それでも私は諦めたくはない。
この事件は仕方ない。けど、これが終わったら一切かかわらない。平和な日常へと香奈を引きずってでも戻るのだ。
「じゃあ、犯人の特定は任せようかな」
私が決意を固めていると、彰が香奈へと上機嫌に笑いかけた。私の決意をなかったことにしようとする笑顔だ。
本能は止めろと叫んでいるが、なぜか私が動けなかった。危険だとは分かっているのに、彰の浮かべる笑顔が綺麗すぎたのだ。
不機嫌そうな顔や、あきれた顔など、可愛い容姿には似合わない表情を浮かべることが多かったため破壊力がある。
間近で見ることになった香奈は、顔を真っ赤にして言葉にならない単語を繰り返していた。
「やってくれるでしょ?」
畳みかけるように彰が香奈を下から覗きこむ。
自分の容姿の良さを理解している行動だ。なんという小悪魔と呆れつつも、実際にされたら私も断れる自信がない。
彰の容姿は本当に整っている。道を歩いていれば誰もが振り返る、目を引く顔立ちだ。その容姿を最大限に生かされれば、黙って頷くしかない。
可愛いもの、綺麗なもの、完成されたものに人は弱く、なかなか遭遇する機会がないからこそ耐性が低い。
それを彰はよく理解しているようだ。
「魔性ですね」
少女が呆れた顔でつぶやくのを聞いて、私は大きくうなずいた。分かっていても止められないのだから本当に性質が悪い。
案の定つっかえひっかえ了承の返事をした香奈に、彰は綺麗な笑みを返した。計算されつくされた笑みだと分かっていても、それでも綺麗だと思ってしまうのだから困ったものだ。
香奈と彰のやり取りを、間近で見ている百合先生も呆れた顔だ。百合先生の強面よりも、美しく整った顔の方が恐ろしいのだと知った瞬間だった。
「じゃあ、情報収拾は任せるから犯人の目途がついたら、僕かそこのやつに伝えて」
そこのやつといいながら彰は百合先生を指さした。百合先生が思いっきり顔をしかめたが、相変わらず目にもとめない。
「僕はこの事件が解決するまで、祠にいるから」
「……ここにですか」
彰の言葉に今度は少女が顔をしかめた。
「仕方ないじゃない。他に合流する場所ないし」
「その絡繰りを使えば、連絡をとれるんじゃないんですか?」
少女はそういって香奈の持っている携帯を指さした。少しの説明だったというのに察しが良いのは、長年生きている経験のためか。
「僕そういうの持ってない。って設定だから」
「設定って……」
さわやかな笑顔だが、直訳するなら「教える気がない」だ。個人情報が私たちに伝わるのが嫌なのかもしれない。
考えてみれば彰という人物について知っていることは、名前と百合先生と関係があること。おそらくこの学校の生徒であること。オカルトについて妙に詳しいことくらいだ。
何者なのかということはまるで分かっていない。
「僕に興味あるの?」
彰について考えていると、いつの間にか目の前に本人の顔があった。驚いて身を引くが、逃がさないとばかりに見つめられ体が固まる。金縛りにでもあったような感覚だった。
「たしかに僕みたいな可愛い子、気になっちゃうのは分かるけど」
彰はにこりと笑った。
計算された、人を魅了するためだけに作られた笑顔だ。作り物だと直感的に分かるのに、なぜだか逆らう気になれない恐ろしい顔。
「教えないよ」
彰はそういうと目を細めた。今までの綺麗な笑みに比べると獰猛な、これ以上踏み込んで来たら遠慮なく喉元を噛み千切る。そう宣言するような危険な笑みだった。
こっちの方が素だ。私はそう悟ると同時に、大きくうなずいた。
人を食い殺しそうな顔よりは、いくら作り物だろうと笑顔の方がましだ。不気味さは感じるけれど今みたいに本能的な恐怖はない。
「察しがよくて助かったよ」
彰は再び作りあげた笑顔でいうと、離れていった。
私は固まった体をほぐすために大きく息を吸い、吐き出す。とんでもないものに出会ってしまったと、今日何度目か分からないことを思う。
「じゃ、昼休みか放課後に。ここで」
彰はそういうと話は終わりとばかりに手を振って、茂みの中へと消えていった。
百合先生が追おうと走りかけて、無駄だと悟ったのか途中で足を止める。それからガシガシと乱暴に頭をかくと息を吐き出した。おそらく私と似たような脱力感やら、虚無感やらを感じているだろう。
「七海ちゃん大丈夫?」
「……なんとか……」
寝て起きたらすべて夢だったことにならないかな。と現実逃避しながら私は立ち上がる。いくら逃避しようとも目の前には少女が優雅に座っているし、その周辺には青白い光を発する狐火が堂々と燃えていた。
「私の常識はいったいどこへ……」
嘆きながら空を見上げれば、星空だけは昨日と変わらすこちらを見下ろしている。それが救いなのかどうかも、今の私には分からなかった。
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