4-3 消えた逃げ道

 緩みかけた空気が凍りついた。少女の圧に百合先生が身構える。浮かれていた香奈も固まって、私の制服を握りしめた。

 そんななか、彰だけは挑発的な笑みをうかべて少女を見返す。


「自分でいったでしょ。君たちと契約した一族の末裔だよ」

「それにしても気配が異質です。あなた本当に人間ですか?」

「失礼なこと言わないでくれる。どこからどう見ても人間でしょ。死んでるように見える?」


 顔をしかめる彰を少女は無表情でじっと見つめて、それから眉を寄せながら首を傾げた。


「よくわからないですね……母上様なら分かるのでしょうか」

「僕のことはどうでもいいでしょ。問題は犯人をどうやって見つけ出すかってこと。いくら君が時間稼ぎしたって祠が壊れたままじゃいずれ気づくよ」


 彰の言葉にその通りだと思ったのか少女は眉を下げた。


「あいにく私は母上様ほどの力はありません。それに加えて祠が壊され、信仰心も減った今は眠る前の半分の力もありません」

「犯人を特定することができないと」

「はい。この祠まで連れてきてもらえれば分かるのですが」


 ふがいないと少女は呟いて肩を落とした。可憐な女の子が落ち込んでいるようにしか見えず、どうにかしなければという気持ちが強くなる。

 人間ではないと知っていても、外見から受ける印象というものは大きい。


「今回の件を解決するには、お狐様が目覚める前に祠を壊した犯人を特定して、ここに連れて来ないといけないってことか……」


 彰が腕を組んで眉間にシワを寄せた。今までになく険しい顔を見るとだんだん不安になってくる。


 彰は少女に「人を食べることはできない」といったが、それは少女であってお狐様は別だ。少女のいうことが事実ならこのままの状態はまずい。一般人の私にはどうすることもできない。険しい顔をしているのを見ると彰にも無理なのだろう。


「犯人まで見つけなくても私たちで祠を直せば……」

「君だったらそれで犯人を許せる? あなたの大事な物は壊されましたが犯人は見つからないので、とりあえず別の物を用意しましたって関係ない人に渡されたら、納得いく?」

「……納得いかないかな……」


 彰の返事に私はおとなしく引き下がる。彰は私を呆れた目で見ていた。

 自分より年下に見える子に、出来の悪い子を見るような視線を向けられるとへこむ。


「お狐様が祠を大事に思っているのは家っていうのもあるけど、神様としてここに祭られて、人に大事にされたって思い出があるからだよ。犯人はね、祠以上にその思い出を壊したんだ。祠を直して終わりって簡単な話じゃない」


 彰の言葉に少女が静かにうなずいた。そして無残に壊された祠へと視線を向ける。


「直すだけだったら、正直僕らが手を出すまでもなく出来るだろうしね。さっき雑草を刈り取ったり、座布団を出したりしたみたいにすればいいんだから」


 言われてみればその通りだ。少女には祠を直す力がある。寝ている間はともかく、起きている今ならば綺麗な状態で維持し続けることだってできるだろう。

 けれどそれをしないのは、人に愛された記憶があるからだ。


「俺も調べてはいたんだが、立場的に堂々と探りいれられなくてな」


 一連の話を聞いて改めて犯人を捜さなければという思いを強くした中、百合先生が唸り声をあげながらつぶやいた。

 オカルト方面に興味なさそうな百合先生が祠を壊した犯人を捜すというのは不自然だ。ただでさえ祟りだと騒ぎが広まっている今、百合先生が動けば噂に真実味が増してしまう。


「使えない」

「教師も色々あんだよ」


 ハッキリいう彰に対して百合先生は眉を寄せた。

 聞くタイミングを逃してしまったがこのニ人の関係も謎だ。彰はうちの学校の制服を着ているから生徒なのだろうが、いったい何年生なのか。見た目だけ見れば同学年な気がするが、言動を見れば年上のような気もする。


 なにより強面で有名な百合先生にこの態度だ。目を引く見た目をしているし、もっと噂になっていてもおかしくないだろうに、私は彰の噂を聞いたことがない。

 私よりも噂に詳しい香奈も誰だろうという反応をしていたとなると私にはお手上げだ。


「ねえ、香奈……」

 私が香奈にその疑問を話そうとしたとき、

「そうだ!裏サイト!」

 香奈が突然大声を出した。


 声をかけようとしていた私も、言い合いともじゃれあいともとれる会話をしていた彰と百合先生も、話を黙って聞いていた少女も驚いて動きを止める。


 香奈は周囲の反応なんて見えていないようでポケットから携帯を取り出すと、私の目の前に突き出す。私の顔にめり込ませそうなほどの勢いで。


「きっとここで聞けば、祠を壊した犯人も見つかるよ!」


 興奮気味な香奈には悪いが私にはさっぱり分からない。

 たしかに情報収集という意味では最善かもしれないが、なんで自ら協力する方向に流れを持っていくんだ。

 なんとなく祠まで一緒に来てしまったが、別に帰っても良かったはず……いや、帰れる空気ではなかったが。でも、今からだったは別に、事情もわかったし、それではお元気で。応援してます。でいいんじゃないだろうか。香奈的には駄目なのか?


 私は恐る恐る周囲の反応をみた。香奈には悪いが、役に立たない意見だと思ってくれることを願って。


「裏サイトはいい案だね。情報集まりやすいし、うっかりボロだすかもしれない」


 悲しいことに私の願いはあっけなく崩れ去った。

 彰は口元に手を当て、いいことを聞いたという顔でニヤニヤと笑っている。その顔は百合先生とは違った意味で悪人面だった。


「……噂には聞いてたが、本当にあったのか」


 百合先生は怖い顔をさらに凶悪にしている。教師という立場故に思うことがあるのだろう。これは祠の件とはまた別に根掘り葉掘り聞かれそうだ。


「裏……さいと?」


 少女だけは言葉の意味が分からなかったようできょとんとした顔で首をかしげていた。


 大きな目を丸くし、不思議そうに周囲の反応を見ている姿は子供らしい。実際は子供じゃないと分かっていても、見た目が可愛い少女の邪気のない反応は癒されるものがある。

 

 他も少女みたいな反応してくれればよかったのに……。私はそう思いながら人知れず肩を落とした。

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