4-2 見える人と見えない人

「えっと……その祠は誰かに壊されたんですか?」


 なにから話そうかと考えているらしい少女に、香奈がおずおずと質問した。恐怖心より好奇心が勝ったようだ。


「間違いなく、この学校の誰かに壊されました。私が寝床から出てきたときにはすでに逃げたあとで……」

「さっさと出てきて、その場でとっちめれば面倒なことにならなかったのに」


 彰の言い方は失礼だと思うがもっともだ。そこで捕まえてしまえば噂にはならず、私達が巻き込まれることもなかった。


「母上様が起きないよう、重ねて結界をはる必要がありました」


 少女の返答に、興味なさげだった彰の目が見開かれた。


「わざわざそんなことしてたの」

「どんな理由であれ、寝ているところを叩き起こされたとなれば母上様が激怒することは予想出来ました。母上様は少々短気で後先考えないところがあります」


 少女は母親が目覚めた未来を想像したのか顔をしかめた。


「あなたが予想した通りです。怒りのあまり衝動で行動されて、払い屋にでも目をつけられたら面倒だったのです。私も母上様も目覚めたばかりで本調子とは言えません。逃げきれる自信はありますが厄介ごとは少ない方がいい。長らく過ごしたこの山にも愛着がありますし」


 そういって少女は地面をなでる。そのまなざしは柔らかく、子供を見るような愛情を感じた。


「だから、お狐様が起きる前に犯人を探していたってわけ」

「そういうことです。私もここまで騒ぎが大きくなるとは思っていなかったのです。何人かに聞けば、犯人が怖がって出てくると思ったのですが……」

「君たちが起きていた時代と違って、今は神も仏も迷信だからね」

「そのようですね」


 悲し気に目を伏せる少女を見ていると、私はなんとも言えない気持ちになる。

 私もオカルトは実在しないと思っていた。今となってはそう思えた私は幸せだったなあと遠い目になる。昨日、今日の話なのが信じられない。


「母上様と私が眠りにつく前は祠も綺麗に手入れして頂いていましたし、会話をできる者も多くいましたのに……今は祠そのものも忘れ去られ、逢魔が時を利用しないと会話すら難しい」


 少女は壊された祠を悲し気に見つめる。きれいに手入れされていた祠が最後にみた光景だとしたら、荒れ果てた祠を見た少女の悲しみはどれほどのものだったのだろう。

 

 ただ怖い、不気味だと思っていた私は罪悪感を覚える。知らなかったとはいえ、祠は少女の家であり大切な思い出の詰まった場所を恐ろしい場所だと思ってしまったのだ。


「今は神仏を信じている者も少ないから、見える人も減ってるし、見えたとしても気のせいだって思うだろうし」

「ハッキリ見えるうえに、会話できるやつっていると相当限られるだろうな」


 彰と百合先生が神妙にうなずいた。


「ってことは、今見えてる私は霊感があるってこと!?」


 突然香奈が興奮した声をあげた。目は輝き頬は高揚し、拳は固く握りしめられている。テンションが高いときの香奈の反応だ。

 私は慣れたものだったが、私以外は驚いた顔で香奈を見つめる。強面先生、謎の少年、神様の娘を驚かせる香奈はある意味大物だ。


「……君、霊感あった方が嬉しいの?」

「変わった子だな……」


 心底呆れた顔で彰と百合先生は香奈を見つめた。その意見には同意したい。本当に私の幼馴染は変わっている。黙っていれば彰ほどではないが、平均以上に可愛い子なのに。


「あなたは私たちを好いてくれているのですね」


 少女だけは嬉しそうに微笑んでいた。

 存在を否定される今の世の中で、香奈のように好意を持ってくれる人がいるのは救いだろう。それはわかる。わかるのだが、素直に喜べないのはなぜだろう。変なものに目をつけられて私の幼馴染は大丈夫なのかという不安が大きい。


「残念ながら私の姿があなたに見えるのは、母上様の領域であるこの祠の近くにいるからです」

「えっ……じゃあ、校舎裏で見えたのは」

「逢魔が時だから見えたんだね」


 少女の言葉に彰が続ける。

 逢魔が時。夕方を示す言葉で、この時間帯は妖怪や物の怪といった人ではないものが見えやすくなるという話がある。

 香奈に聞いたオカルト知識が生かされる日がくるとは、人生なにが起こるかわからないものである。全く嬉しくない。


「ってことは……」

「ないわけではないけど、ハッキリ見えるほど霊感あるタイプでもないね」

「そんな……」


 がっくりと肩を落とし、両手で顔を覆う香奈を見て、彰が困った顔をした。

 始めてみる表情にそんな顔で来たのかと思うと同時に、そんな顔をさせる香奈に感心してしまう。

 

「どちらかというと、そちらの方の方が見る力はありそうですね」

「私!?」


 話を聞いていた少女が、私を見つめた。予想外なうえに全く嬉しくない評価に驚くと、香奈が恨めし気な視線を向けてくる。私としては香奈にあげたいくらいなのだが、世の中うまくいかないものだ。


「そんなに嫌そうな顔をしなくても、少々勘がよい程度ですので心配無用です。そちらの方々に比べれば一般的ですよ」


 そう言いながら少女は百合先生、次に彰に視線を向ける。彰に関しては目を細め、正体を突き止めようとでもしているかのようにじっと観察した。


「百合先生は霊感があるんですか?」

「まあ……一般に比べればな」


 百合先生は香奈の質問に曖昧な返事をした。ここで正直に答えると後が面倒だと察したようだ。

 それでも香奈には十分だったらしく目を輝かせて百合先生を見つめている。


 期待のこもったまなざしに、百合先生は居心地悪そうに視線をそらした。とても困っている。

 あの百合先生を困らせるとは、オカルトモードに入った香奈はすさまじい。


「だから祠のことも詳しかったんですね」

「そういうことだ。自衛が必要な程度には見えるんでね」


 どことなく疲れた様子で語る百合先生を見ると、改めて平凡って素晴らしいと思う。百合先生は苦労しているんだなと同情的な視線まで向けてしまった。

 香奈は私と反対で羨まし気な視線を送っている。


 影に襲われたとき本気で怖がっていたことを早くも忘れたようだ。むしろ落ち着いて興奮材料に変わってしまったのか……。揺るがない信念は尊敬に値するかもしれない。

 それとも怖がって見えたのは気のせいで、実は歓喜していたのだろうか……。そうだとしたら今後の付き合いが不安になってくる。


 幼馴染の先行きを不安がっている間も少女はじっと彰を見つめ続けていた。さすがの彰も不愉快そうに眉をしかめる。長時間穴が空くほど見つめられては居心地が悪いだろう。

 少女は彰を見つめたまま口を開いた。


「私が祠を壊した犯人を捜していたのは話した通りです」


 少女はそこで言葉を区切る。その間も彰に刺すような視線を向けたまだ。


「それであなたは何者なのでしょうか?」

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