3-2 まとまらない思考
「それでどうするの」
こうなったら香奈の行動を見張り、危なくなる前に止めるしかない。
私は決戦に挑む気持ちで香奈に向き直る。香奈は私の決意など気づいていないであろう笑顔で答えた。
「噂の女の子に会おうと思うの」
「は……?」
まじまじと香奈を見つめる。なに言ってるんだという気持ちを込めて。しかし私の気持ちは全く伝わっていないらしく、香奈は相変わらず上機嫌で私を見つめ返した。
「調べたんだけど、百合先生の話は本当みたいなの」
「調べたの? どこで?」
「図書室にあったこの辺りの郷土資料と裏サイトとオカルトサイト」
それ以外になにかある? とでも言いたげに香奈は首をかしげた。
郷土資料に関しては昼休みに確認しにいったんだろう。相変わらず興味がある分野に関してだけは行動力がある。
あと気になるのは裏サイトとオカルトサイトだ。オカルトサイトに関してはよく見ていることは知っていたが……。
「裏サイトなんて見てたの……っていうかうちの学校に裏サイトなんてあったの」
「どこの学校も一つくらいあるものなんじゃない」
なにをいってるの? みたいに再び小首をかしげられたが私は全く笑えない。
一つはというがそんなもの三つも四つもあったら余計に笑えないし、一つで十分だ。
裏サイトというと学校に公認されていない生徒たちによるコミュニティサイトだ。
パスワードを知っている一部の生徒しか閲覧できないため使用者と閲覧者が限定され、実態が広がりにくい。逆に言えば利用者は外部の目を気にせず好き勝手に発言ができる。
相手の姿が見えない。自分が誰なのか相手に分からない。そういった現実感のなさから、雑談が過激な内容に発展することも少なくないらしい。
あくまでこれは聞いた話で、私は実物を見たことはない。ないからこそ良い印象もない。私からすれば香奈が裏サイトを知っていたことすら驚きだ。
「香奈は大丈夫なの……あんまりいい噂聞かないけど」
「んー……たしかに見てていい気分じゃない話もあるけど、そういうのはオカルトサイトとか他にも人が集まる交流サイトだとよくあることだから」
「そういうものなの」
私が戸惑いがちに返事をすると香奈はそうそう。と軽くいう。
香奈はオカルトの情報サイトや交流サイトを見て回るのを日課としていて、私よりもネットに慣れている。その香奈がいうのだからそういうものなのだろう。
「それにあのくらいの荒れ方だったら、可愛いものだよ。もっと怖いところいっぱいあるから」
笑顔でさらりと恐ろしいことをいう香奈に、私は若干引いた。
この幼馴染は肝が据わっているのか怖がりなのか。どっちなんだろう。知らないことはないと思っていた香奈のことが分からなくなってきた。
「それでね! すごいんだよ百合先生! オカルトサイトでこの学校の噂聞いたら、本当に狐の話はあるんだって。このあたりの民話をまとめた本にも、お狐様っていう神様を信仰してたって記述があるの」
語り口からいって嘘だとは思わなかったけど、本に書いてあるという話を聞くと真実味が増す。いよいよ笑い話ですまなくなってきたことに私は眩暈がしてきた。
香奈は私の様子にはまったく気づかず、興奮気味に話しているが私の耳はその言葉をまともに聞く元気がない。それでもかまわず話続けているのだから、お互いに状況が見えていないようだ。
一通り話終えてから香奈は「でも……」とつぶやいて眉を寄せた。
「なんで百合先生知ってたんだろう。お狐様の話今じゃ知ってる人ほとんどいないんだって。よく知ってるねって驚かれちゃった」
百合先生は数学教師で生徒指導の先生だ。今まで聞いた話からしても現実主義者みたいだし、オカルトとはまったく結びつかない。それなのになぜ百合先生はお狐様の話を知っていたんだろう。
「私と同じでオカルト好きなのかな」
「それはないと思う」
同士発見の予感に喜ぶ香奈には悪いがそれはない。
なんでかと聞かれると直感としかいえないのだけど、百合先生は趣味で調べたわけではない。香奈がオカルトの話をするときのような楽し気な空気がなかった。ただ知っている情報を客観的に話していただけ。そこに感情はなかったように思う。百合先生個人の思考が見えたのは一度だけ。学校を運営している一族の話を聞かれたときだけだ。
「じゃあ、なんで知ってるの」
「それは分からないけど」
「ってことはオカルト好きなこともあり得るよね!」
初めて見つけた趣味が同じかもしれない人間を前に、香奈は興奮気味だ。嬉しそうなのはいいけど、相手があの百合先生だということを忘れていないか。
「本当にそうだったとして香奈は百合先生に話しかけられるの」
「……あ……」
香奈は固まった。それから視線を泳がせた。
「慣れれば……」
「慣れるかな」
「きっと大丈夫! 同じ趣味をもった仲間なら!」
「同じ趣味だといいね」
たぶんというかほぼ違うだろうけど。とは言わないでおいた。
「それでどうして女の子に会うって結論になるの」
話がそれてきたので元に戻す。
百合先生の話した狐の話――お狐様の話が郷土資料に残されているものだというのは分かったが、そこからどうして噂の女の子に会うという話になるのかが分からない。
だから聞いたというのに、香奈は不思議そうな顔で
「どうしてって、もう会うしかないよ」
と私からすると意味が分からないことをいう。
「お狐様って神様がいたのは本当で、その祠がこの学校の裏にあったのも本当。ってなると噂の女の子はお狐様の関係者か本人ってことだよね」
祠を壊した相手を探していることから考えても、関係者なのは確かだろう。お狐様自身かどうかは私には分からないけど。
「だからって直接会わなくても」
「いくら調べても百合先生が話してくれたこと以上のことは分からなかったの。お狐様がどんな外見なのかも、噂の女の子につながるようなことも。分からないなら直接聞いた方が早いかなって」
笑顔でとんでもないことをいう香奈に私は固まった。
たしかに直接話した方が早い。疑問は知っている人に聞くのに限る。けれどそれは相手が身近な存在、もっというなら同じ人間であればの話だ。
「神様に直接聞くつもりなの?」
「お狐様自身ならいいけどまだ分からないから、それも確かめなきゃ」
やる気満々で拳をにぎりしめる香奈には悪いが、あまりの事に私は言葉が出てこなかった。今まで空振りし続けてきたせいで、本物らしいオカルト現象を前に冷静な判断ができていないようだ。
いや、元々オカルトを前にしたら冷静な判断ができないのが香奈だった。
「今回は本当にやめた方がいいって。危ないって」
「七海ちゃん毎回そういうけど、いつも大丈夫だったでしょ」
それはいつもはガセネタで本物が出たことなんて一度もなかったからだ。だが、それを口にすれば今回は本物だと認めるようなもの。香奈の興味がそがれるはずもない。
「百合先生も関わるなっていってたし」
「今まで女の子に会った人たちも無事だったし、ちょっと会うだけなら心配ないよ。会ってお狐様ですか? って聞いてみるだけだから。祠の質問されたら違うって言えばいいし」
私の心配をよそに香奈はのんきに笑う。
その顔を見ていると、私の方が心配しすぎなような気もしてくる。
なぜか今回は信じる気持ちになっているが元々は馬鹿らしい話だ。
神様なんているはずないし、祟りなんてあるはずない。噂の女の子は嘘だし、百合先生の話は生徒を大人しくさせるための脅し。
香奈が見つけてきた話だって、そういう話がこの地方に残っていたというだけで真実かどうかは分からない。
だから大丈夫。そうオカルトを信じてこなかった今までの私が告げているのに、なぜか安心できない。
「七海ちゃん心配しすぎだよ。お狐様は子供好きな神様なんだから、私たちに危害加えるようなことしないよ。それに私は祠壊してないし」
香奈はそういって笑い安心させるように私の手を握る。それにあいまいな返事を返しながら考えた。
本当にそうなのか?
子供好きな神様だからなにをしても許してくれる?
今回の件は本当に祠が壊されたことが原因?
そもそも神様なんて本当にいるの?
ぐるぐると私の中で疑問が浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。答えが出ないまま回り続ける。まとまらない思考と結論の出ない問題に、私は気持ち悪さを覚え始めた。
「本当に大丈夫なのかな……」
確かに私は祠を壊していない。香奈だってそうだ。
でもそれで済むのだろうか。関係ないといえるのだろうか。
『君たちも祟られちゃうよ』
『俺はお前らを助けられない』
祠の前で出会った少年と、数時間前に聞いた百合先生の言葉がこだまする。言葉にできない不安が、少しずつ胸の内にたまっていくのを感じた。
「七海ちゃん、行こう!」
香奈が私の腕を引っ張る。いつもより強い力に香奈の想いの強さを感じた。
「うん……」
止めた方がいい。
ずっとそう頭の中で警報が鳴り続けているが、それをどう言えば香奈に伝わるのかが分からず、私は引っ張られるがまま香奈の後ろにつづいた。
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