三話 暴走の香奈と噂の少女

3-1 幼馴染の強みと弱み

「話はこれで終わり。授業に戻るぞ」


 そういった百合先生は私たちの意識を切り替えるように、パンパンと手をたたいた。


 終わりという言葉に誰も文句をいえなかった。

 もっと聞きたい気持ちもあったが、口を挟める空気でもなかったし、度胸もなかった。

 気まずげに顔を見合わせて、どうしようかと悩んでいるクラスメイト達。気づいているだろうに百合先生はさっさと背を向け、チョークを握る。


 授業を聞かないと困るのは私たちだ。それが分かっているから、百合先生は質問を打ち切るため授業を再開したのだろう。

 百合先生の目論見は見事に成功し、気になるそぶりを見せる者もそれ以上聞くことはしなかった。聞いたところで百合先生が答えてくれたとも思えない。


 その後の授業は私が経験した中で、一番静かなものだった。


 授業が終わり百合先生が教室を後にしても微妙な空気は消えないまま、クラスメイト達は話たいけど話題に出していいのだろうか? とお互いに探るような視線を向けあっている。


 私としては有り難いことだ。

 百合先生の話を聞いて、私はこの件にはかかわってはいけないと確信した。あの少年の忠告に従うようで腹は立つけど、わざわざ危険に突っ込んでいくほど馬鹿じゃない。


 百合先生の話も結果的に脅しのような効果を発揮し、クラスメイト達も噂について詮索しない方向に固まりつつあるようだ。このまま時間がたてば噂は消え、何事もない日常が戻ってくるだろう。

 いや、そうであってほしいと私は本気で願っている。


 願っているけれど、そう上手くはいかないだろうなと嫌な予感があった。原因でもある斜め後ろの席に視線を向ける。


 百合先生が出て行ったと同時に駆け寄ってきてもおかしくない香奈が、私に話かけてこないうえ、先ほどから一心不乱に携帯を操作している。

 高速で指は動き、いつも戸惑いがちに伏せられている目が爛々と輝き、頬は興奮で赤らんでいる。


 今までの付き合いで嫌でも分かった。これは普段使わない行動力をフル活用しているときの香奈だ。


 私は百合先生を前にしたときとは違う嫌な汗が流れるのを感じた。このままじゃ終わらないという嫌な確信を与えてくるものだ。


 お願いだから大人しくしてくれという意味も込めて、香奈を見つめ続ける。

 香奈は私の視線には一切気付かず、本当に操作できているのか疑問に思うほど高速に指を動かし続け、なにかに納得した顔をすると上機嫌のまま席を立った。大人しく目立つことを嫌う香奈としてはあり得ない鼻歌まで歌いながら、ステップを踏むような軽い足取りで教室を後にする。

 その一部始終を目撃した私は天を仰ぐ。やけに綺麗な天井が目に入り、さすが建て替えたばかり。と現実逃避した。


 香奈は百合先生の話に恐怖を覚えるどころか興味を持った。明日にでも「七海ちゃん。調査にいこう」と笑顔で声をかけてくるだろう。

 そのとき私は断れるだろうか……。


「断れないだろうな……」


 文句を言いながら、心配でついていく自分の姿が想像できて頭を抱える。

 放っておくなんてできないのだ。香奈は昔からオカルトに対する好奇心は人一倍だが警戒心はないに等しい。しかも妙に抜けていて、トラブルをさらにややこしくするタイプだ。

 行動を見張って、危ないことをしそうになったら止めた方がまだ被害は少ない。


 香奈のオカルト好きには振り回されているが、私にとって大事な幼馴染であり守るべき対象であることは違いない。危険に突っ込んでいくのを見て見ぬふりなんてできない。

 できないが……。


「関わりたくない」


 私は机に突っ伏した。

 勢い余ってゴンッと鈍い音がし、周囲にいたクラスメイトの視線を集めたのが分かった。


「こ、香月さん大丈夫!?」


 近くで私の行動を見ていたらしいクラスメイトの驚いた声がする。


「まだ、大丈夫……」


 私はそれに力ない返事をした。

 まだ大丈夫だ。きっと大丈夫。今回もなんとかなる。今までもなんとかなった。

 私は心の中で何度も何度も、自分を安心させるために言葉を重ねたけれど、それでも底知れない不安が消えることはない。


 香奈が行動を開始するならきっと明日。

 今日は情報を集めるはず。明日までに香奈の気持ちをそらす方法を思いつけば、なんとかなるかもしれない。

 限りなく低い可能性ではあるが試さないよりはいい。

 今回は本当にまずいと私の本能が警報を鳴らし続けている。そうだ、考えよう。香奈を説得する方法。好奇心をそらす方法。


 ブツブツと独り言を言い始めると、周囲から人の気配が遠のくのを感じた。先ほど心配してくれた子すら気まずげに去っていく。分かっていても構っている余裕はない。

 考えろ。考えるんだ私。


 私は昼休み中、昼食を食べるのも忘れて考えた。


 結果からいって、私が昼食を抜いたのは無駄だった。

 良い案は思い浮かばず、私は昼食を抜いたことによる空腹と、それでも考えなければいけないという強迫概念を抱いたまま午後の授業を受けた。

 おかげで全く授業の内容は覚えていない。

 後で香奈にノートを借りなければいけないだろう。


 そして問題の香奈は私の予想よりも行動が早かった。調査に行こうと言い出すのは早くても明日という考えからして的外れだったのだ。

 香奈は放課後になると同時に、笑顔で私に恐怖の言葉を発した。


「七海ちゃん調査にいこう!」


 その時の私の気持ちをどう伝えればいいだろうか。

 やっぱり。という予想通りの出来事に対する納得と、来てしまったかという諦めと、無事に乗り越えられるだろうかという恐怖と、予想より早いという驚き。

 様々な感情が入り混じった状態で私は


「やだ」

 最も強い感情を口にした。拒否だ。


「そういわないで! 七海ちゃんだけが頼りなの!」

「嫌なものは嫌! 今回だけは嫌! 面倒なことに巻き込まれるの確実でしょ!」

「七海ちゃんがそういうなら確実だね! 七海ちゃん勘いいもの!」


 私の必死の抵抗を香奈は輝く笑顔で受けとめた。大きな目はキラキラと輝いて、瞳の中に星空が広がっているみたいだ。

 この目に私は弱かった。

 吸い込まれそうな大きな輝く瞳を見ていると、香奈の願いをなんでも叶えなくてはいけない気がしてくるのだ。

 目をそらせばいいのに何故かいつもそらせない。


「七海ちゃん!」


 香奈が大きな瞳をぐいっと私に近づけた。

 意図してやっているのでは。と疑ってしまうが、素なのだから恐ろしい。


「……危なくなったら止めるからね……」


 結局いつも通りの了承の返事をしてしまい、私は額に手を当てた。やった。と子供みたいに大はしゃぎする香奈を後目に私は大きなため息をついた。

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