2-5 狐山高校の成り立ち
百合先生は自分の言葉が浸透したのを確認してから話始めた。
「なんでこの学校が建てるにも通うにも不便な、山の上にあるか知ってるか?」
「ここしか土地がなかったからじゃないですか?」
「今から創るってなったらないかもしれねえが、この学校が建てられたのはずっと昔だ。風土記によれば三百年前」
三百年という単語に驚きの声が上がる。私も予想外の歴史に驚いた。
「そのくらい昔にできたんだから、ここしか場所がねえってことはないだろ。三百年前っていったらお前らが住んでいる家はほとんど畑か田んぼだ。つぶして学校建てるくらい簡単だろ」
「そのくらい歴史があるにしてはこの学校新しくないですか」
クラスメイトのその疑問に私は教室内を見回した。
確かにこの学校は新しい。初めて狐山高校に訪れたのは学校見学のとき。山の上にあると知ってから期待半分、怖いもの見たさ半分で訪れた。しかし、あまりにきれいな校舎をみて拍子抜けしたのを覚えている。
山の上にあることを感じさせない、整備された校舎。寮もそうだが部活で使用する施設も山の上とは思えないほど整っている。
「頻繁に建て替え、増改築繰り返してるんだ。お前らが入学する二年前にも建て替えた。お前らが部室棟っていってるあれが旧校舎だ」
「旧校舎だったんですか!?」
クラスメイトの驚きの声は私の内心と一緒だった。私達の反応をみて百合先生はそうなるよなと微妙な顔で呟いた。
部室棟とは校舎の裏にある、名前の通り各部活の部室として使っている建物だ。
そのまま校舎として使えそうな造りだが、旧校舎というには新しすぎる建物に生徒内では疑問の声があがっていた。その謎がこんなところで明かされるとは。
「ここは頻繁に建て替えるから、建て替え中も授業が出来るよう常に校舎が二棟用意されてるんだ。次建て替えの時は今の部室棟壊すだろうな」
「なんでわざわざそんなことしてるんですか?」
「不思議だろ?」
口をついて出た言葉を拾った百合先生は、私と視線を合わせるとニヤリと笑った。含みのある笑いに私は息を飲む。
「ここはな、山の上にあるから交通が不便だ。昔の学校がなかった頃ならともかく、今じゃわざわざ通いたいなんて物好き少ないだろ。それが古い建物ならなおさらだ。だから生徒が来るよう、出来るだけ最新設備を整えておく必要がある」
そこで百合先生はぐるりと教室内を見渡した。
「お前らだって、設備の良さと、隠れ家みたいな雰囲気が気に入って入学しただろ」
クラスメイトのほとんどはうなずいた。私もその一人なのでうなずいておく。
「でもな、そうなると不思議じゃねえか? なんでそこまでしてこの山の上にこだわる」
百合先生は目を細めた。
元々怖い顔がさらに鋭いものになって、息をのむ。力強い眼光から目が逸らせず、冷や汗が流れるのが分かった。
「この学校にはそれなりの維持費がかかる。山の上ってだけでもかかるのに、定期的に校舎を建て替えるなんてふざけたことをしてるからな。この学校を廃校にしようって話も定期的に出るらしい。それなのに未だに学校として続いている。不思議だろ?」
百合先生の言葉に私はうなずいた。
話を詳しく聞けば聞くほど不思議だ。そこまでして、ここにこだわる必要はあるのか? もっと通いやすく、人が集まりやすい場所に建て替えればいい。
それができないのなら、さっさと廃校にしてしまえばいい。校舎の建て替えをやめれば、そのうち生徒は減っていくだろう。
「その疑問を解決するのが、最初にいった狐の祠だ」
悩んでいた私に意外な答えがもたらされた。
クラスメイト達も予想外だったらしく、唖然と百合先生を見上げている。その反応に百合先生は苦笑した。
「ここには狐の神様が眠っているっていっただろ? その眠っている狐の神様っていうのが、大の子供好きなんだ」
「……その神様のために子供が集まるよう学校を建てて、今まで運営を続けてるってことですか?」
そんな馬鹿な。という顔をしながらクラスメイトがつぶやいた。
私も同意見だ。そんな馬鹿な話あるだろうか。
「馬鹿らしいと思うだろ。だが、真実なんだよ」
百合先生は苦笑したままそう答える。
先ほどまでの鋭い顔だったら、分かりにくい冗談かと流せたのに、信じられないよな。とつぶやきながら苦笑する姿は嘘というにはリアルな反応すぎた。
「その狐の神様っていうのは元々、人散々困らせた大妖怪だったらしい。村を襲っては人を食い殺す、手が付けられない暴れ者だったそうだ。そんな派手なことを続けていたら退治しようって話になる。そうして妖狐を退治するための討伐隊が組まれた」
淡々と語られる話は私にとっては完全に空想の話だった。そんなの嘘だと鼻で笑っておしまいにできる話だ。
これを語っているのが百合先生でなければ私は間違いなくそういう反応をとった。なにを馬鹿なことをいっているんだ。いい大人が。そう思って興味をなくして教科書でも眺めていただろう。
だが、語っているのは百合先生だ。
短い間しか接していないが、この先生が無駄な嘘をつくとは思えなかった。
「流石の大妖怪も数で責められたらどうしようもなかったらしく、深手を負った。それでもなんとか逃げ出したっていうからさすがというべきか。そのまま身を隠すためにこの山に逃げ込んだ」
百合先生はトントンと教卓をたたく。この山。この場所だと示しているようだった。
「逃げ込んだはいいがすでに虫の息。このままここで朽ち果てるのを待つだけかと思ったところに、偶然山に訪れていた子供と出会った。その子供は今にも息を引き取りそうな狐を可哀想に思ったんだろうな。世間を騒がす大妖怪とは知らずに介抱した」
「それで狐は元気になったんですか?」
クラスメイトの質問に百合先生はうなずいた。
「元気になった狐は回復するまでの間、自分を必死に看病してくれた子供に感謝した。そして人間にはこの子供のようにやさしい子もいるのだと知って会心したんだ。これからは自分を助けてくれた心優しい子供を守るために尽くそう。そう思った狐はこの山に住み着き、介抱してくれた子供とその一族を守る守り神になった。その一族の中ではお狐様って呼ばれてたみたいだな」
「その子の一族だけなんですか?」
「ああ一族だけだ。会心はしているが、そこまで博愛主義ってわけでもなかったんだろ」
さらりと告げる百合先生に質問した子はなんとも言えない顔をしたが、私は納得した。
元は妖怪なわけだし、人間すべてを愛するような心の広さがあったのなら、討伐されるようなことはしでかさない。
あくまで感謝したのは自分を助けてくれた子供。その一族までおまけで守ってくれたのだから十分器は大きいように思う。
「だがな、いくら神様といえど限界がある。元が妖怪だったこともあってそ当時はれほど強くもなかったんだろうな、お狐様が守っていた一族は流行り病で一人残らずこの世を去ったって話だ」
「守れなかったんですか?」
神様なのにと驚くクラスメイト達に百合先生は眉を寄せた。
「あんまりいうなよ。守り神になったといっても、今はともかくその当時はひよっこみたいなものだったんだ。それに神様にも不得意分野があるからな。お狐様は病を遠ざけるにはむいてなかったんだろう」
「神様に不得意分野なんてあるんですか?」
「神様だっていっぱいいるからな。お前らが一人一人違うように神様だって千差万別だ。皆一緒だと思って接すると痛い目みるぞ」
そういって男子をにらみつける百合先生の眼力には、ただならぬ迫力があった。睨み付けられた生徒は顔を青くして、首が取れるんじゃないかってくらい大きく上下に振っている。
「いったろ。信じるか信じないかは別だが狐を貶すなって。目つけられても俺はしらねえからな」
百合先生はそういって、今度はクラスメイト全員を威嚇するように睨むと話をつづけた。
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