1-4 不思議な少年
隣の香奈は驚いた顔で後ろを振り返った。私も香奈に続いて後ろを見る。
気付けば後ろには人が立っていた。私たちと同じ高校の制服をきた、たぶん男の子だ。
たぶんというか、男子の制服を着ているから男なのだろうが、顔だけみると女の子に見える。それもかなりの美少女。
小柄な香奈と同じくらいの体格。香奈も客観的に見て可愛い顔立ちをしているが、その香奈がかすんで見える。一つ一つ完成されたパーツは精巧に作られた人形を思わせる。しかし大きな瞳には人形にはない強い意志を感じ、人を引き付ける力があった。
一つにしばった長い髪が風で揺れる。雑草が生い茂る森の中に立っているのに、映画のワンシーンのように見入ってしまう存在感。
「急に惚けちゃってどうしたの? もしかして僕が可愛すぎてびっくりした?」
少年はそう言いながら小首をかしげる。不思議そうというよりは、面白がっている。生意気な言動だが容姿のせいで違和感がない。
「うん……びっくりした」
香奈など完全に飲まれてしまい、惚けた表情でそんなことをいった。あまりに素直な返答に少年は一瞬きょとんとして、それからおかしそうに笑う。
「そんなに素直に言ってくれる子は初めてだな。そっかー、僕ったら可愛いもんね」
上機嫌に少年は笑った。その笑顔を見て私は知らず知らずに入っていた力を抜く。
先ほどの圧倒的な存在感に比べると、今の少年の笑顔は年相応に見えた。綺麗すぎるものを見ると人は萎縮するというが、身をもって体感する日がくるとは思わなかった。
握り締めていた手を開く。祠を見た衝撃も大きかったが、少年にすべてを持っていかれた気がする。
「あなたは……?」
普段だったら香奈は初対面の人間に話かけることなどしない。今回は独特の存在感を持つ少年への好奇心が勝ったようだ。
「そういう君たちこそ誰? こんなところになにしに来たの?」
少年は首をかしげながら笑顔でいった。顔は笑っているが言葉がきつい。香奈の質問に答える気はないと、はっきりわかる態度だ。
「私たちは祠を見に……」
「好奇心でこんなところまで来たの? 暇だねー」
ストレートな言葉に香奈は数歩後ずさった。元々人見知りで気が弱い香奈だ。悪意にみちた言葉を投げかけられることにも慣れていない。
香奈を背に隠すように移動しながら今度は私が少年と向き合った。
「初対面で失礼じゃない?」
「気に障った? ごめんね」
変わらない笑顔でいうあたり、本気で謝罪する気はないようだ。声は明るいし表情だって笑顔だ。それなのに妙な威圧感がある。目が笑っていない。目の前にいる少年は私達の存在を歓迎していない。
初めて感じる圧に引きそうになったが、なんとか踏みとどまる。ここで弱気になるのは負けた気分だ。香奈と同じくらいの小さな相手に負けるのも屈辱だった。
そんな私を見て少年は少し驚いた顔をした。それから今までとは種類の違う笑みを浮かべる。
その笑みを見て私は産毛が逆立つ感覚がした。獲物を品定めする肉食動物みたいな、圧倒的な力の違いを感じたのだ。
早くも逃げなかったことに後悔した。
少年の中でターゲットは私に変わったらしい。私の姿を上から下まで観察して、不思議そうに首を傾げた。
「女の子?」
男か女か分からない外見をした人に言われたくない。
たしかに私は女にしては高身長で、顔立ちも男よりだ。男子に告白されたことはないが、女子に告白された数なら数えるのがいやになるほどある。これで私も女の子が好きならよかったのだろうが、私の思考はいたって普通なので正直困る。
わざわざ地元から離れたこの高校に入ったのは、地元でのそういったごたごたから逃げ出したかったというのもあった。
「なんか女の子にもてそうだね」
見事に私の地雷を踏み抜く少年をにらみつける。私の方が身長もあるし、本気でにらめばそれなりに迫力があると思っていたが少年には通用しなかった。
「大丈夫。僕もなぜか男にもてるし一緒、一緒」
全く嬉しくない共通点をあげられても困る。というかそれは明るく話せる内容なのか。
「余計にこんなところに来るようなタイプに見えないけど」
「私だって好きで来たわけじゃない」
そういいながら香奈をチラリと見つめる。香奈は私と視線があうと曖昧な笑みを浮かべた。誤魔化すときの顔だ。
「へえ、その子に付き合って? 噂が気になってきたんだろうけど、こういう話好きなの?」
少年は私から視線を外すと興味深げに香奈を見つめた。
目があった香奈は焦った様子で首を縦に振る。先ほど自分から話かけたとは思えないうろたえっぷりだ。香奈の中で少年は興味対象から恐怖対象に変わってしまったらしい。
「変わった趣味だね」
「そういうあなたこそ、なんでこんなところにいるの」
人を変わった趣味だというが、少年だってここにいる。偶然通りかかったというわけではないだろう。最初に話しかけてきた言葉も「首を突っ込まない方がいい」という忠告めいたものだった。
「散歩」
どう考えても嘘でしかないことをさらりという。
思わず半眼で見つめるが、少年は相変わらず涼しい顔だ。可愛い外見とは裏腹にかなり性格は悪い。
「そんな分かりやすい嘘でごまかせると思ってるの」
「えー嘘じゃないよ。ほんとに散歩。散歩してたら珍しいところで人の話し声が聞こえたから、気になってきてみたの。そしたら余計なことしようとしてるみたいだから忠告しただけ」
「余計なこと……?」
後ろに隠れていた香奈が身を乗り出すのが分かった。
「君たち噂にかかわろうとしてるでしょ。もしかして噂の真相を探ろうとしている感じ?」
少年の言葉に香奈は視線を泳がせた。本当にわかりやすい。
「やめといた方がいいよ。興味本位ならなおさら」
「初対面の人間にそんなこと言われなきゃいけないの」
さっきまでは香奈にやめようと言おうとしていた。けれど初対面の人間に理由も説明されずに止められるのは腹が立つ。
睨みつけると少年は肩をすくめた。
「ひどいなー。変に首突っ込んで、大変な目にあったら可哀想だと思って忠告してるのに」
「大変な目……?」
私とは違い香奈は少年の発言が気になったようだ。さらに身を乗り出して、じっと少年を見つめた。
「どんな目にあうの?」
「さあ?」
あんな意味深な発言をしたというのに少年は小首をかしげて薄ら笑いを浮かべる。こちらを舐めまくった態度にさらに腹がたった。
私の怒りが伝わったのか香奈が「ちょっと七海ちゃん」と袖をつかむ。私だって初対面の人間をいきなり殴ったりはしない。全力で殴ったら折れてしまいそうなほど小柄だし。態度はでかいけど。
落ち着けと自分に言い聞かせていると、明らかに面白がっている少年の姿が目に入った。
……一発ぐらい殴ってもいいんじゃないだろうか。
「自分でいっといて、さあ? はないんじゃない?」
自分でも驚くくらい刺々しい声がでた。しかし少年は肩をすくめるだけで、動じた様子はない。
「分からないものは分からないし」
少年はからかうような表情でそう言った。わざとこちらをいら立たせて遊んでるのかもしれない。先程から曖昧なことしかいわないのが証拠だ。
「香奈行こう」
このまま付き合っていても時間の無駄。そう判断した私は香奈の手を引いて歩きだす。戸惑う香奈は少年と私を交互に見ているが、最終的には黙ってついてきた。
隣を通り過ぎても少年はなにも言わない。ただ私と一瞬だけ目が合うとおかしそうに笑う。完全にこちらをを小ばかにしている姿に苛立ちが増す。
「念のためもう一度言っておくけど、関わるのはやめた方がいいよ」
立ち去る私たちに少年が声をかけた。振り返りも返事もせず私は歩き続ける。それでも関係ないとばかりにもう一度声がする。
「あんまり首突っ込むと、君たちも祟られちゃうよ」
思わず振り返ると、先ほどと変わらない笑顔で少年はそこに立っていた。私がなにかを言い返そうと口を開く前に「じゃあ」と、ひらひらと手を振り茂みの中に消えていく。
私と香奈はその背を、なにも言えずに見送った。
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