1-3 噂の祠
「七海ちゃん! 調査の時間だよ!」
授業が終わると同時、私の席にやってきた香奈は元気いっぱいそういった。そうなるだろうなと思っていたけど、この予想は当たっても嬉しくない。
せめてもの抵抗でいやそうな顔をしてみたものの、相手は幼馴染。今まで付き合っている前例があるから全く引く気がない。積極的に私の手をつかんで、行こう、行こうと引っ張ってくる。
昼休みのこっちの様子をうかがっていた香奈はどこにいってしまったのか……。話を最後まで聞いたら満足してくれるかと思ったが、香奈の中では話を聞いてくれたイコール今回も付き合ってくれると認識したようだ。
不覚である。
普段大人しく私の後ろを着いて歩く香奈の積極的な行動に周りのクラスメイトは物珍し気な視線をおくっている。目立つのが苦手なくせに怪奇現象を前にテンションが上がっている香奈は気付かない。
なんでこんなときだけ元気いっぱいなんだと、何度目か分からないため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、すでに逃げた後なのだからいいだろう。この後幸せな展開が待っているとは思えない。
「調査の時間って、なにをするか決めてるの?」
こうなったらさっさと終わらせるのが一番だ。鞄を持ちながら聞くと香奈は自信満々に胸を張った。
小さな子供が踏ん反り返る姿は妙にかわいく見える。頭をなでたくなったけど、それをすると微妙な顔をするので我慢した。香奈の心は複雑なのだ。
「まずは現場を確認!」
「現場?」
現場というと女の子が目撃された場所だろうか。噂の場所は複数あったはずだ。もしかして、全て回るつもりじゃないだろうなと私は香奈を恐る恐る見つめた。
「七海ちゃん。女の子の方だと思ってるでしょ。行くのは祠の方だよ」
「祠の方か」
祠なら移動することもないし、噂の信憑性を高めているのが祠ならなにかわかるかもしれない。
壊されたという話が嘘なのが理想的。そうであれば検証もさっさと終わり、私は寮に戻ってのんびり出来る。
「祠の場所は分かってるの?」
「もちろん!」
自信満々にうなずくと香奈は鞄を持って歩きだした。スキップでも踏みそうな後ろ姿に私はなんとも言えない気持ちになった。上機嫌になる理由が怪奇現象ってどうなんだ……。
香奈にはぜひとも、ほかに素晴らしい趣味を見つけてほしい。私を巻き込まない、女子高校生らしい趣味を。
そう思いながらも結局ついて行ってしまうのは、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染だから。嫌なところがあってもを嫌いにはなれない。その時点で私の負けなのかもしれない。
仕方ないので私は上機嫌な香奈の後を追いかけた。
校舎や寮、やけに立派というかほぼもう一つの校舎である部室棟を通り過ぎると森が見えてくる。
校舎から離れれば離れるほど鬱蒼と生い茂る木々が増え、土や木の匂いが濃くなる。鳥のさえずり、ガサガサとなにかが動く音。好き勝手に地面に音をはる草木を眺めていると、ここが学校の敷地の一部だということを忘れそうになる。
狐山高校は山を丸々1つ買い取って建てられたという。そのわりに使用しているのはごく一部で、多くの自然が残されている。
自然に癒しを覚える人が見れば素晴らしい環境だろうが、夏場になると虫が出るし、野生動物が入り込むこともあると先生や先輩が話していた。
聞けば聞くほどなんでこんなところにと疑問が増す。好き好んでこんなところに入学した私が言えたことではないけれど、創立者がなにを考えていたのかは気になるところだ。
「七海ちゃん、こっち、こっち」
少し先を歩いていた香奈が振り返って手招きした。
私よりも虫を苦手とする香奈は今は一切怯む様子がない。自分の部屋は駄目なのに、森の中で虫と遭遇するのは問題ないのだろうか。よくわからない基準に首をかしげつつ、私は香奈の後ろに続いた。
一体どこまで歩くのか。目印もなく変わらない景色に私が飽き始めた頃、前方を歩いていた香奈が歓声をあげた。
喜びの浮かんだ、分かりやすい顔で振り返ったので、私は少しだけ歩くスピードを早める。
祠はひっそりと建っていた。
祠を隠すように伸びた背の高い雑草のおかげで見逃してしまいそうなほど存在感が薄い。よく見つけたなと感心しながら私が近づいていくと、祠に向かって雑草が踏み荒らされていた。誰かが最近ここに訪れたことは間違いないらしい。
人の痕跡に妙な不安を覚えつつ、私は祠に近づく。すでに祠の前に立っている香奈はなぜか無言だった。
「どう?」
そう声をかけながら近づいた私は祠の全貌を視界におさめて息を飲んだ。
くすんでところどころ色が落ちた赤は時代を感じさせ、ながらく放置されていたことがわかる。それだけで哀愁を感じさせる佇まいなのだが、なにより私をゾッとさせたのは、明らかに人の手によって祠が壊されていたことだ。
両開きの扉は片方が外れて無惨に投げ出され、屋根にも穴が空いている。中に祭られていた狐の像は小さいのと大きいのが2つ。きれいに並んでいただろうそれは倒れ、像の1つ、小さい方がじっとこちらを睨みつけているように見えた。
『祠を壊したのはあなたですか?』
再び恨みのこもった女の子の声が聞こえた気がして、私は身震いする。
「ほんとに壊されてる……」
香奈もここまで無残に壊されているとは思っていなかったらしく、唖然と祠を見つめていた。
信仰心もなくオカルトを信じていない私ですら罰当たりいう単語が浮かぶ光景だ。祟りで女の子が現れたという噂は真実なのではないか。そんなことを考えてしまい、私は慌てて頭をふった。
ありえない。そんなことあるはずがない。
もし本当にそうならば、これは本当に怪奇現象ということになる。
「祟り……」
祠を見ている香奈が興奮気味につぶやいた。不謹慎だと非難を込めてみつめても、祠しか目に入っていない。
オカルトマニアの香奈としては嬉しい現場らしい。私にはまったく理解できないが。
「これで少し信憑性が出てきたんじゃないかな」
嬉し気にそういう香奈に私はうんざりした。
「壊されたのは事実みたいだけど、だからって噂が本当とは限らないでしょ。偶然壊された祠を見つけた人が面白半分で祟りだーって噂流しただけかもしれないし」
祠が壊された時期と女の子が現れ始めた時期が一緒なのかは分からない。校舎の裏手に来る物好きなんてそういない。ずっと前に壊されていたことに、今更気付いただけかもしれない。
「七海ちゃんは夢がないね」
「夢みるならもっといい夢みたいからね」
どうせ見るなら宝くじが当たって世界一周旅行とか、そういう景気のいい夢を見たい。これを話しても「夢ないね」って言われそうだから黙っておくけど。
「でもさ、これはすごいことだよ! 女の子がいう通り祠は本当に壊れてた。きっと関係あるよ!」
「本当に関係あったら問題でしょ。関係あるってことは祟りだよ」
祠となればなにかをまつっていたのだ。そうなると今まで香奈が持ってきた幽霊がどうのとか、人魂がどうとか。そういうものとは種類が変わってくる。気楽にかかわるのは危ない気がした。
「あんまり首突っ込まない方がいいんじゃない」
今回は本気で止めた方がいい。この事件は危ないと妙な警報が頭の中で鳴り続けている。こういう時の勘というのは馬鹿にできない。
香奈は嫌がるだろうが今回だけはダメだ。そう決意を込めての発言だったが、
「その方がいいと思うよ」
私の言葉に予想外のところから返事が返ってきた。香奈の声ではない。
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