1-2 消えない不安

 香奈に聞いた話をまとめるとこうだ。


 夕暮れ時、学校に一人残っていると着物姿の女の子に呼び止められる。寮に帰る途中で呼び止められれた子もいれば、教室で声をかけられた子もいたらしい。

 場所に共通点はない。だが、呼び止めた後の質問は共通している。


「祠を壊したのはあなたですか?」


 初めてこの質問をされた生徒は、なんの話だと振り返ったのだという。

 そこにいたのは小学生くらいの女の子。着物姿に髪はおかっぱ。しかし髪は見事な金色。それがやけに似合っていたそうだ。


 高校には不釣り合いな姿に驚いていると、女の子は再び同じ質問を口にした。真剣な表情と口調に怖くなった生徒は正直に「違います」と答えたのだそうだ。

 すると女の子は「そうですか」とだけつぶやいて、瞬きする間に姿を消した。声をかけられた生徒は狐に騙されたような気持ちになったのだという。


 その噂が広まり始めてから興味本位で女の子に会おうする生徒が増えた。何人かは本当に会えたらしい。

 そうして噂が広がっていくとある疑問が生まれた。


 女の子の質問に「はい」と答えたらどうなるのか。

 

 しかし、これだけは試してはいけない。試したら最後、女の子の世界へ引きずり込まれてしまう。


「どう思う?」


 語り終えた香奈は大きな瞳を大宇宙のようにきらめかせている。そのきらめきは別のところで使ってほしかったと思いながら私は正直な感想を口にした。


「嘘くさい」

 香奈が机に突伏する。


「まず、女の子の世界ってどこよ。最初の方はそんな話一切出てこなかったでしょうが。どう考えてもあと付け」

「うぅ……」


 香奈もそれは少し思っていたようで、反論出来ずにうめく。


「それに引きずり込まれてしまうっていうならその現場をみた目撃者がいるはずでしょ。いるわけ? いないでしょ?」

「……いないです……」


 香奈の弱々しい声が聞こえてきたが私は、ほらね。と腕を組んで胸をはった。

 私はもう高校生だ。小学生とは違うから香奈の語る不思議現象にワクワクすることもないし、そんなもの実在しないと知っている。今までの四十九回で検証するには十分すぎたのだ。

 むしろなぜ香奈は未だに気づかないのか。不思議に思いながら机に突伏する香奈のつむじを眺める。


「七海ちゃん高校生になってから冷たい……」

「高校生になってからっていうか、高校生になってまでこんなことしてる香奈がおかしいの」


 弱々しい文句を口にする香奈の頭を、ぽんぽんと軽くなでる。

 非日常を夢見ていられるのはせいぜい中学生までなのだ。高校生になったら恋やら部活やら、もっと現実的なものに目を向けなければいけない。

 といいつつ、私は帰宅部だし、恋も今のところ予定はないのだが……まあそのうち、たぶん、好きな人の一人くらいできるだろう。きっと。


 なにしろ私と香奈は、わざわざ地元を離れ寮完備の私立高に進学したのだ。

 新しい環境に新しい土地、はじめましてのクラスメイトたち。ここまでそろって新しい生活が始まらないはずもない。


 なにしろ私達が進学した狐山高校は私達が通っていた中学校とは全く違う環境が整っている。なんと、山の上に建っているのだ。

 校門から一歩でれば目の前に広がるのは木々。裏に回れば森。麓までは長い坂道。

 そんな場所にわざわざやってくる部外者はおらず、登下校する生徒も少ないため、外部から隔離された秘密基地のような雰囲気がある。

 私が狐山高校に進学を決めたのはこの雰囲気が気に入ったからだ。


 なぜこんな場所に学校を創ったのか。その理由は不明。山の上にも関わらずやけに設備は整っている理由も分からない。


 どこかのお金持ちが運営しているという噂も聞いたことはあるが真偽は不明。仮に本当だとして、金持ちがわざわざ全国的にみれば知名度が低く、整備にお金がかかりそうな学校を運営している意味が分からない。完全な道楽なのだろうか。


「お願い。付き合ってくれるの七海ちゃんしかいないの」


 実在するかもわからないお金持ちのことを考えていると、香奈が両手を合わせて懇願してきた。大きな瞳でじっと私を見つめている。うるうると揺れる瞳を見ていると、嫌でも「うん」と答えなければいけない気がして、私は少しだけ身を引いた。


 たしかにこんなことに付き合うのは幼馴染である私だけだ。香奈は人見知りだからクラスメイトと馴染めていない。何人かとは挨拶するし話もするが、基本は私にべったりである。

 まだ入学して一ヶ月しかたっていないのに、すでに私と香奈はセットで扱われている。幼馴染であり地元も一緒だと考えれば予想できたことだが、あまりにも早い。


 そんな香奈がクラスメイトに「心霊スポット巡り付き合って」といえるはずもない。勇気を出していったところで、クラスメイトに引かれて終わりだろう。そうなったら今後の高校生活が不安すぎる。

 かといって香奈一人でいって、妙なことに巻き込まれてしまったら香奈を託してくれたおばさんに顔向けできない。


「今回は有力情報だってあるんだよ! 今までとは違うんだから!」


 悩み始めた私を見て好機だと思ったのか、香奈が畳み掛けてくる。思わず私は香奈を見つめた。反応した私を見て香奈は嬉しそうな顔をする。

 しまった。と思ってももう遅い。今更無視も可哀想だ。仕方なしに聞く姿勢をとると、ますます嬉しそうな顔をした。

 香奈は本当に分かりやすい。


「まず一つ目! 隣のクラスの子が、本当に女の子を目撃したんだって」


 自信満々にいう香奈には悪いが、拍子抜けだ。この手の話にこの手の曖昧情報はつきもの。

 隣のクラスの子とはいうが具体的な名前は出てこないし、聞きに行っても誰も知らない。それどころか「それって隣のクラスの人じゃない?」という話が永遠続くのだ。

 これは今までで学習済みのこと。むしろなぜ香奈は学習してないんだ。


「七海ちゃん、これだけだと思ってるでしょ。いったでしょ。一つ目だって」

「そうなの。ごめんね」


 期待はしてないけど適当にうなずいておく。どうせ有力情報といっても、一つ目と同じく大した話ではないに違いない。


「二つ目はうちのクラスに女の子の世界へ連れ去られた子がいるって話なの」


 またまた胡散臭い話が出てきた。

 本当に連れ去られた子がいるならもっと大騒ぎになっているはず。しかし本日もこのクラスは平和である。教室を見回しても入学当初と変わった様子を見せる子はいない。みんな友達と楽しそうにしゃべっている。


「七海ちゃんたらピンと来ないの? うちのクラスだよ?」


 あまりの馬鹿らしさに思考を放棄していると、香奈は残念な子を見るような視線を向けてきた。

 間違いなく香奈の方が残念なのだが、この際それは考えない。ちょっと変わってるけど私の大事な幼馴染だし。


「うちのクラスっていうと……もしかして空席の話?」

「そう!」


 そう言いながら香奈は噂の空席へと視線を向ける。私も香奈につられて平和な日常にぽっかり空いたそれを見つめた。


 うちのクラスには開かずの扉ならぬ、座らずの席がある。

 というのも入学初日から空席だったその席は、入学式から一ヶ月たった今でも席の主が現れないのだ。


 当初は様々な噂が飛び交った。入院中だとか、入学直前に事故にあって亡くなったとか、実は見えないだけで毎日登校しているとか。

 様々な噂が流れているわりに真実は分からなかった。

 一度担任の先生に聞いてみたが、あいまいに流されたのを覚えている。なんとなく触れてはいけないものを感じて、それから意識の隅に追いやっていた。

 それは私だけでなくクラスメイトも同様で、席は確かに存在しているのだが、誰も視線を向けない。ちょっとした異空間のようになっていた。


「あの席の子が、女の子の世界に連れていかれたっていうの?」

「その通り」


 香奈は興奮気味に答えたが私は呆れ返った。


「時期が合わない。その噂広まり始めたの最近でしょ」

「……まあそうだけど……、もしかしたら広がったのが最近なだけで、もっと前から事件は起こっていた。みたいな感じかもしれないし」


 どんな感じだ。


「……そういうことにしとこう。それで有力情報はおしまい?」


 真面目に反論しても意味がなさそうなので、適当にあわせてさっさと話を終わらせることにした。語りきってしまえば、香奈だって満足するだろう。


「ううん。あと一つ。これがこの話が真実であるって確信をついているんだけど」


 と思ったのだが、まだ続きがあったらしい。今までの話と違い、香奈はやけにもったいぶった様子だ。早くしてくれないかなと私が見つめていると、香奈は会談を語るような低い声をだした。


「祠、本当にあるんだって」

「……女の子がいってる?」


 半信半疑で尋ねると香奈はゆっくりうなずいた。


「学校の裏にね、小さな祠があるんだって。先生と先輩に聞いたから間違いないよ」

「でもそれ、本当に女の子がいってる祠なの? 祠違いかもよ」


 祠違いってなんだと自分でも思うけど、少しでも信憑性をなくしたくて口を開く。

 今まで全部デマだったのに、高校生になったとたん本物だなんてまっぴらだ。これからも私は平和な日常を生きていきたい。


「ほぼ間違いなくその祠」

 やけに確信めいた言葉で香奈は言った。


「女の子の噂が広まり始めたあたりにね、その祠誰かに壊されたんだって」


 その言葉を聞いた瞬間、聞いたこともない女の子の声が、頭に響いた気がした。

『祠を壊したのはあなたですか?』

 固まる私を香奈が不思議そうに見つめてくる。その態度からいって香奈には聞こえていないようだ。私以上にこういう話が好きで、好きなわりに恐がりな香奈が声に反応しないはずがない。


 私の背中に冷たい汗がつたう。もしかして……と頭に浮かんだ不穏な考えを私は慌てて振り払った。香奈が変なこというから勝手に声を想像してしまっただけだ。


 私はなんでもないといいながら必死で声を否定した。けれど、すればするほど頭の中で声が鮮明になっていく。


 気付けば唾をのみこんでいる自分がいた。

 この噂は今まで香奈が持ってきたものと同じ作り話で、また嘘か。って私が呆れて香奈が残念がって、それでおしまい。そうなるはずだ。


 そのはずなのに、なにかが私の頭の中で警鐘を鳴らす。

 どこからともなく、心霊スポットで何度も聞いた低い犬の唸り声が聞こえた気がした。

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