一話 噂の祠と不思議な少年
1‐1 五十回目の真実?
「七海ちゃん! 七海ちゃん! 夕暮れに現れる着物姿の女の子の噂知ってる?」
昼休みになったとたん目を輝かせて、ハイテンションで机に突撃してきた幼馴染を私――
「知らないし、興味ない」
「あのね、あのね!」
「かーなー、私、興味ないっていったよね?」
私の言葉を無視して興奮気味にまくし立てようとした幼馴染――
昔からこの顔に弱かった。一人っ子の私にとって香奈は妹みたいなものだ。
にょきにょきと背だけ伸びてしまった私と比べて香奈は女子の中でも背が小さい。小柄で細くて、そのくせ目が大きくて、守ってあげたくなるような女の子なのである。
「私、こんな話出来る相手、七海ちゃんしかいなくて……」
眉を下げて香奈がいう。わざとじゃないかと言いたくなるが香奈の場合は素なのである。素でこういう庇護欲をそそるような表情で甘えたことを言ってくる。なんて恐ろしい幼馴染だ。
「……私だって、美味しいスイーツ店が出来たとかいう話だったら聞くよ」
「七海ちゃん、甘い物好きじゃないのに?」
香奈にきょとんとした顔をされた。
クラスの女子が盛り上がっている話題を適当にふってみたが、言われてみればそうである。私はどっちかというと辛党だし、香奈も女の子らしい見た目に反して甘いものはあまり好きじゃない。好きなものは煎餅だ。
つまり、この話題で二人で盛り上がることは不可能。
「……んじゃあ、カッコいい男子のこととか……」
「七海ちゃん、好きな人出来たの?」
今度は目を見開かれた。しかも若干喜ばれた。目を輝かせ、頬を高揚させ、自分のことのように喜ぶ香奈をみたら罪悪感で胸がいたい。グサグサと容赦なく突き刺さってくる。
「……できてません。クラスの女子がいってた話を適当にいいました」
「そうなの……」
とたんに香奈は残念そうな顔をした。そんなに私に彼氏が出来てほしいのか。謎である。
「とにかく、スイーツとか好きな異性とか、そういう女子高生っぽい話だったら聞くよって話! オカルトの話じゃなく!」
そういった途端、香奈が目を泳がせた。たいへんわかりやすい。
私よりも華奢で、大人しく、いかにも女の子みたいな見た目をした幼馴染は私にとって可愛らしい妹であり親友である。しかしながら、唯一にして最大の欠点、それがとんでもないオカルト好きだということだ。
「高校生になるんだから心霊スポット巡りはやめなさいっておばさんも言ってたでしょ」
「言ってたけど、でも今回は違うの。いかなくても出るの! だからノーカウント!」
「どう考えてもワンカウント!」
私の答えに香奈は私の机を両手で掴んだまましゃがみこんだ。私の視界からは香奈の手しか見えない。そんなに落ち込むことか。
「せっかく……本当の心霊現象に、今度こそ遭遇できるチャンスかもしれないのに……」
「それ聞いたの四十九回目」
引っ込み思案で大人しい香奈はなぜかオカルトに関してだけはものすごく積極的なのだ。香奈からこの手の話を聞いたのは四十九回。香奈に拝み倒されていやいや付き合い、幽霊なんて存在しないと確信したのも四十九回。
それでも懲りない香奈がすごい。ついには記念すべき五十回目である。まったくめでたくない。
「でも、でも、学校内で起こってることなんだよ。七海ちゃんも遭遇するかもしれないよ」
「小学校も中学校も七不思議あったけど、全部実在しなかったでしょ」
七不思議ツアーを小学生、中学生で二回行う人間など早々いないだろう。しかしそれを行うのが香奈であり、悲しいことに付き合ってしまったのが私である。
「今回は七不思議じゃないの〜、もっとすごい感じなの〜」
香奈がお菓子買ってと母親にせがむ子供みたいな声をだす。香奈、私たちこの春から高校生になったんだよ。と肩をたたきたくなったが、残念ながら肩を叩くには立ち上がらなければいけない。そこまでするほどではないので、私は机に肘をついて香奈を眺めた。
「どうせまた嘘。デマカセ。幽霊なんて実在しないっていい加減に認めなよ」
「見た人いっぱいいるんだってばー!」
「今までだって、そういう話いっぱいあったけど、確かめにいって幽霊見つけられたことないでしょ」
仮に幽霊が実在したとして、私と香奈には幽霊をみるための力、いわゆる霊感が備わってないのだろう。一度だって幽霊らしきもののゆの字も見たことがない。嫌な気配を感じたことや、犬っぽい唸り声を聞いたことはあるけど、それだけ。
香奈にいたっては嫌な空気すら感じることなく遊園地でもいくみたいなテンションで心霊スポットを歩いていた。これでは幽霊が実在したとしても出てこないだろう。
「最近、急に広まった噂なんだよ。先輩とか先生に聞いたけど、去年はそんな噂なかったって」
「聞きに行ったの……」
引っ込み思案で人見知りが激しいはずの香奈は、オカルトに関してだけは謎の行動力を発揮する。実は日頃の香奈は演技でオカルトに対する香奈が本物なのか。そんな嫌な考えが頭に浮かんで、私は慌てて振り払った。
「誰かがおもしろ半分に広めたんでしょ」
「広めたんだとしたら、誰が? どういう理由で?」
「知らないってそんなの。高校デビューで浮かれたんじゃない?」
私の答えに香奈は机から顔半分だけを出して、怨めし気な視線を送ってきた。不満ですと目だけで伝わってくる圧に私は再び怯む。
「……七海ちゃん、冷たい。前は話くらいは聞いてくれたのに……」
香奈の声が少しだけ濡れている。泣きそうな声に私は焦った。まさか、こんなことで高校生にもなって昼休みの教室で泣き出すなんて思わない。
「わかった! 話くらいは聞くから!」
「ほんと!!」
とたんに香奈は身を乗り出して、明るい表情を見せる。花まで飛んでいそうな浮かれた様子を見て、実は演技だったんじゃ。なんて嫌な考えが再び頭に浮かんだけど、天然なのは今までの付き合いでよく分かっている。
やっぱり嫌。なんて言える空気でもなくて、私は諦めて香奈の話を聞くことにした。話を聞くだけ。今回はそれだけ。調査なんかには絶対付き合わない。私は心の中でそう決意する。
そんな私の決意をしらない香奈は前の席の椅子を借りて私に向き直る。
昼休みになれば椅子と机の貸し借りなんて当たり前だし、クラスメイトたちは自分たちの話に忙しい。誰も香奈と私なんかに注目していない。
それに私はホッとする。高校に入ってまだ一ヶ月。やっとクラスに慣れ始めてきた頃に浮きたくはない。
「それで、どんな噂なの?」
「あのね、あのね」
浮かれた様子だった香奈がそこで言葉を区切り、神妙な顔をした。
「夕暮れ時、学校に残ってると着物姿の女の子が現れてこう聞いてくるんだって。祠を壊したのはあなたですか? って」
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