6-2 隠れた尽力

 一週間ぶりとなる校舎裏の森に足を踏み入れ、私は身震いをした。左隣を歩く香奈の表情は曇っていて、左隣の彰の顔は険しい。拒絶するような冷たさを感じたのは私だけではないらしい。

 一歩踏み入れただけで空気が変わったと分かった丘の上の洋館。それに比べれば小さな変化だが、今この森を支配している存在が子狐様ではなくお狐様であると私たちが理解するのには十分だった。


 私は彰と顔を見合わせ、後ろに続く千鳥屋先輩と小野先輩とも目を合わせた。キョロキョロと周囲を見回していた小野先輩は私の視線に気づいて頷く。千鳥屋先輩も問題ないというように頷いた。そんな二人の両手がしっかり握られていることには突っ込まない方がいいのだろう。どんな状況でも変わらない先輩たちを見てあきれよりも安堵が勝ってしまったので私も相当毒されている。


「詳しいこと教えてくれなかったけど、助っ人は本当に来てるの?」


 彰が周囲を見回しながら眉を寄せた。特視に関してはセンジュカの所属する組織という簡単な説明しかしなかったこともあり信用していないようだ。私と香奈が彰に黙って交渉しにいったことも不満だったようで、話をして数日はふてくされていた。


「来てはくれてると思うよ。センジュカにバレないようにこっそり来るって言ってたし」


 私もそういいながら周囲を見回したが、もちろん大鷲さんの気配など分からない。後で聞いた話だが大鷲さんの能力は遠視らしい。一度行ったことがある場所という制約はつくが、離れたところからでも様子をうかがえる特視に適した能力だ。山にも入ったことがあると言っていたので、今もどこからか私たちの様子をうかがっているのだろう。


「本当に信用できるの? その人たち」


 彰の警戒しきった様子には苦笑するほかない。人生色々ありすぎた彰は他人への警戒心が人一番強い。言葉で伝えたところで信用するとも思えなかったので、私は「たぶん」と曖昧な返事をした。予想通り彰の機嫌は急降下した。


「しょうがないでしょ。のんきに挨拶する余裕もなかったんだから。外部の人間がここら辺うろうろしてたら深里に警戒されるし、センジュカには気づかれるよ」


 私と香奈が特視にコンタクトをとったことだってバレているかもしれない。深里とセンジュカからすれば私と香奈は無力な子供。私たちには何も出来ないと思っているから一週間走り回っても何の妨害もされなかったのだ。これが彰であったら話が変わる。だから彰には最低限の協力だけしてもらってほとんどは日常と変わらぬ生活をしてもらった。それが最善だと賢い彰は分かっていたが、私たちが駆けずり回っている間なにも出来なかったという負い目があるのだろう。

 私の指摘に彰は眉を寄せる。自分よりも見ず知らずの人間が助けになるというのが不満なのかもしれない。つくづく傲慢な奴である。


「彰くんはこれから大仕事待ってるでしょ。深里が本当に外レてるなら私たちじゃ深里に勝てない。彰くんには私たちを護って貰わないと」


 そういうと子供のようにふてくされていた彰の表情が引き締まった。この中で外レた深里に対抗できるとしたら彰しかいない。小野先輩はケンカしなれているがそれは人間に対してた。人の理から外れた化物に太刀打ちできるはずがない。

 よしと気合いをいれた彰を見て私は微妙な気持ちになった。彰は気づいているのだろうか。人間から外レた存在と対等な自分。それはもはや人間じゃないということを。気づいていても誰かを護れるなら別にいいと思っているのか、気づかないフリをしているのか。


「もうすぐだぞ」


 考え事をしているうちに開けた空間が見えてきた。小野先輩の声で私は気持ちを切り替える。約束の場所、お狐様の祠。一週間しかたっていないというのにずいぶん久しぶりな気がするその場所に私は目を細めた。


 見慣れた祠の前には見慣れないお狐様が大きなソファの上で寝転んでいた。子狐様は地面の上に座布団だったが、お狐様は地面の上にソファらしい。アンティークものらしく、現代においては値の張りそうなソファを堂々と地面の上に置いている辺りが豪快というか、敷物をしくという文化がないのかこの親子と私は内心突っ込みをいれた。

 ところでお狐様に思いっきり睨まれた。そこで私は祠の周辺だったら心が読めるといっていた子狐様の言葉を思い出す。子狐様は私たちを気遣って読まないようにしてくれていたがお狐様は私たちを気遣う必要などない。ということは心の声はすべて伝わっている。


 一瞬焦ったが、逆に好都合だと私は呼吸を整えた。そらしそうになった視線をお狐様に向けると意外そうに目を細められる。

 これから私たちはお狐様を説得しなければいけない。私たちは本気でこの山を護りたい。それに嘘偽りはないと伝えなければいけないのだ。心を読んでもらえた方が正直有り難い。私たちには後ろめたいことなど何一つないのだし。


「一週間、ネズミのように走り回ったようですね。逃げずに私たちに立ち向かおうとする勇気には敬服いたしますわ。自分の実力をわきまえない愚か者とも言えますが」


 すでに祠に着いていたセンジュカがにっこり笑う。前よりも生き生きして見えるのは気のせいだろうか。これから私たちをなぶり殺しに出来ると疑っていない姿に寒気がする。

 私の怯えに気づいたのか彰が前に出てセンジュカを睨み付けた。その隣に立っている深里も一緒に。


「そちらこそ道理をわきまえない無作法者でしょ。ここに住んでいる人たちの意志を無視して立ち退けなんて」

「無視するつもりなんてありませんよ。皆様の要望を聞き、納得いく形で立ち退いて頂きます。というのに不安をあおるような噂を勝手に流したのはそちらでしょう? 一体どこの誰に躾けをされたのか、親の顔が見てみたいものですね」


 私たちの行動はお見通しだったらしく深里が余裕の表情で微笑む。彰はそんな深里に眉をつり上げたが私は深里の嫌味攻撃に怒りを通り越してあきれていた。親の顔が見てみたいってお前の弟なんだから見たことあるだろ。突っ込み待ちだろうか。彰は否定するだろうが彰を躾けた存在にはリンさんも含まれる。彰の言動やら笑い方は時折リンさんにそっくりなので、影響を受けたのは間違いない。あなたの大好きなリンさんに躾けられたんですけど、そこのところはいかがお思いでしょうか? もしかしてうらやましさも含めた嫌味ですか?

 

 そんなことを考えていたらお狐様が吹き出した。驚いてそちらの方を見るとお狐様がセンスで顔を隠してプルプルと震えていた。ソファの後ろにいたらしい子狐様が現れてオロオロと母親の様子をうかがっている。私は意味が分からずに首をかしげたが次の瞬間お狐様に睨まれた。

 えっ、私が悪いの。


 ゴホンと咳払いするとお狐様は姿勢を正す。子狐様は心配そうに母親を見た後、ソファの斜め後ろに移動した。子狐様の定位置はお狐様の斜め後ろらしい。パワーバランスがハッキリ分かる配置だ。


「それで、お前たちは私をどう納得させるつもりだ?」

 お狐様のするどい目が私たちを射貫く。主に見ているのは彰だ。一瞬ひるんだ彰に代わって今度は私が前に出た。


「校門と山の麓に廃校反対を訴える人が集まっています。お狐様ならおわかりになりますよね?」

 お狐様は無言で目を細めた。遠いどこかを見ているようだ。少しの間を開けてから深く頷く。


「ああ。予想よりも多くの者が集まっているな。お前らが私を納得させるために今日まで動き回っていたことは知っている。子狐に見て貰っていた」


 予想外の言葉に驚き子狐様を見ると普段は隠している耳と尻尾をピンと立て、誇らしげに胸を張っている。お狐様が目覚めてからというもの一度も会えていなかったが、子狐様はこっそり私たちの様子を見守っていたらしい。そのうえお狐様の心証が良くなるように私たちの頑張りを伝えてくれていたのだ。

 今すぐ子狐様に駆け寄ってありがとうございますと言いたくなった。それが出来ないのが歯がゆくてしょうがない。すべてが終わったらお稲荷さんでも高級抹茶でも何でも用意しよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る