六話 最終決戦と約束
6-1 覚悟
お狐様との約束の日まで私たちは駆けずり回った。早起きして廃校反対を訴えるビラをまき、休憩時間は各教室を回って廃校反対を訴え、放課後には商店街を中心に学校周辺を回って協力を仰いだ。
教師の多くは権力には逆らえないようで、生徒は良い学校にいけるならその方が良いという楽観的な人が多かった。特別な理由もなく、なんとなくで入学した多くの生徒にとって廃校なんて他人事。むしろ必死になっている私たちの方がおかしく見えるようだ。
それでも私たちの活動に賛同してくれる人もいた。多くは地元の生徒。昔から当たり前に存在したものがなくなってしまうのは彼らにとって受け入れがたいことだったらしく、彼らの協力により少しずつではあるが反対勢力は増えていった。
危機感を覚えたのは子供よりも大人の方だった。昔からこの土地に住んでいる人間からすればいきなり立ち退けというのは乱暴な話に聞こえたのだ。
この展開は彰の予想通り。散々性格が悪い、詐欺師の才能があると心の中で罵っていたが、こういうときの彰はやはり頼りになる。
学校側に苦情の電話が入ったり、山の下に廃校反対を訴える人々が集まるようになったりと確実に成果は現れた。
といっても、ここでやっと私たちは深里と対等な立場になったといえる。最終的に納得させなければいけないのは深里ではなくお狐様だ。そのためお狐様との約束の日、私たちはできるだけ多くの人を山の麓と校門前に集めることにした。
運命の日、校門の様子を見に来た私と香奈は集まった人の多さに目を丸くした。今日の放課後集まってくださいとはお願いしたが皆忙しい身だろうし、商店街の人たちや白猫カフェの人が何人か来てくれるくらいだろうと思っていた。
予想に反して校門前には数十人の人だかりがある。「廃校反対」と書かれたプラカードを掲げた大人たちの姿はなんとも頼もしい。その集団を仕切っているのがフリフリエプロンを身につけた宮後さんなのがシュールだが。
なんであの人たち頑なにエプロン脱がないんだろう。実は気に入っているのだろうか。
「香月さん!」
浮かんだ嫌な考えに打ち震えていると背後から声がかけられた。振り返れば校舎の方から
小宮先輩は
「ここに集まった人、全員協力者なんだね」
微妙な尾谷先輩の反応に気づかない小宮先輩は無邪気に目を輝かせた。小宮先輩が集団に近づくとどこからともなく重里玲菜が現れる。いたのかと驚いたが、小宮先輩のお願いだ。来ないはずがなかった。重里の本音としては学校の廃校などどうでも良いだろうが、小宮先輩のお願いは絶対叶えるのが重里玲菜だ。ここまで来るともはやあっぱれという気がしてくる。
「日下先輩はともかく尾谷先輩が協力してくれるとは……」
「少しでも人手が欲しいって言われたから来たのに、文句あんのか」
不本意ですと顔に書いてあるのに協力してくれるらしい。金髪から黒髪になった尾谷先輩は真面目に勉強していると聞いたが今までサボった分苦労しているようだ。そんな尾谷先輩からすれば深里の提案は渡りに船だと思うのだが。
そんな思考が伝わったのか尾谷先輩は眉間に皺を寄せた。
「普通が一番なんだよ。名門校とか絶対俺には合わない」
嫌な記憶を思い出したように尾谷先輩の表情は険しくなる。度胸試しで祠を壊して子狐様に殺されそうになったり、小野先輩に弟子入りしようとしたら彰に謎のお遊戯会に強制参加させられた人は言うことが違う。
「私でもついて行けるか分からない場所ですからね。下から数えた方が早い尾谷さんでは厳しいでしょう」
隣の日下先輩は容赦がなかった。尾谷先輩は眉をつり上げたが否定はしない。
「日下先輩と尾谷先輩って接点あったんですか?」
「尾谷さんの行動は目に余りましたから、よく注意していたんですよ。私が言っても聞いてくれませんでしたが」
そういって日下先輩は尾谷先輩を睨み付けた。尾谷先輩は焦った顔をして視線をそらす。日下先輩はしばし尾谷先輩を睨み付けたが諦めたように息を吐き、私と向き直った。
「授業が終わり次第、協力してくれる方は集まるように頼んでいます」
「ありがとうございます」
私と香奈は深々と頭を下げる。それに対して日下先輩は困ったように笑い、尾谷先輩は居心地悪そうな反応をとった。
「麓の方は?」
「百合先生が様子を見てくれることになってます。
「
聞いていなかったのか日下先輩が目を見開く。幼馴染みといっても頻繁に連絡を取っているわけではないようだ。
「来年はうちを受験したいから、今廃校になられたら困るって張り切ってるみたいです」
吉森少年にはビラ配りにも協力してもらった。吉森少年は百合先生に数学を教わることを目標にうちを受験しようと思っていたらしい。それなのに急遽廃校が決まったため、私たちの廃校反対運動にも積極的に協力してくれたのだ。同じく百合先生に数学を教わりたい元ヤンチャな子たちにも声をかけてくれたこともあり、こちらとしては思わぬ助っ人となった。
吉森少年の話を聞いた日下先輩は弟の成長を実感した姉みたいな顔をする。日下先輩は吉森少年と入れ違いに卒業してしまうが、弟のように可愛がっている幼馴染みが自分と同じ学校を目指しているのが嬉しいのだろう。
「なんとしても廃校を撤廃させなければいけませんね」
日下先輩が改めて気合いを入れるのを見て私と香奈も目を合わせ拳を握りしめる。
私たちだけじゃない。来年ここに入学したいと思っている多くの中学生の未来も私たちは背負っているのだ。
「っていっても、どうするんだ。ここに集まって廃校はんたーいって叫ぶだけで本当になんとかなるのか?」
尾谷先輩が疑わしげに私たちを見る。
「この学校を廃校にしたくない人がたくさんいる。それを数で示すことが重要なんです」
「数が多いくらいで廃校を撤廃するような方には思えませんでしたけど」
深里と会ったことがある日下先輩は納得いかない反応だが私は彰のようにニヤリと笑った。
「私たちが訴えるのは深里じゃなくてお狐様です」
「はあ!?」
尾谷先輩が驚きの声をあげ日下先輩は目を見開いて固まった。クールな日下先輩らしからぬ反応だが無理もない。
「お二人は子狐様に会ったことがあるから分かりますよね。あの祠には神様がいる。神様がいる山を更地になんて絶対にしちゃいけないんですよ」
私たちの推測が正しければ深里はお狐様の力を奪うつもりだ。子供を護る神を罪もない人たちを己の欲望のためだけに殺すような人間に殺させるわけにはいかない。
私の決意が伝わったのか日下先輩と尾谷先輩は神妙な顔で私を見つめた。隣の香奈も私の手をぎゅっと握りしめてくれる。準備は出来る限りした。あとは覚悟を決めるだけ。
「これが最後の戦いです」
洋館から始まった。いや、もっと昔、私には想像もつかないほど古い時代から始まった憎愛の歴史を終わらせよう。
拳を握りしめ顔をあげた私の目には校舎から出てくる小野先輩と千鳥屋先輩、その二人に挟まれるようにして現れた彰の姿が映った。私と目が合った彰はいつになく険しい顔で頷いた。あの彰が緊張しているという事実に逆に私は落ち着いてくる。
彰が焦るような状況なら私が慌てたってどうしようもない。後は当たって砕ける。いや砕けては困るから、せいぜい足掻いて見せよう。
どこかで私たちを見ているだろうトキアとリンさんに「面倒事を押し付けてくれたな」と心の中で悪態をついた。
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