5-9 秘策

「お狐様は深里が外レてるって……」

「気づいてはおらんじゃろ。羽澤家の人間は気配が独特じゃ。生まれた時からわしら側に近い。奇妙じゃと思っても羽澤の名前を出されたら納得する」


 気づいたならお狐様の対応はもっと違ったはずだ。深里は羽澤の血、そしてセンジュカの存在をカモフラージュとして利用した。センジュカが入るために山の結界を壊したと思わせておいて、実際は深里が入るためだった。


「じゃあ、お狐様が起きたのは偶然?」


 わざとではなく、山に入ろうとした結果そうなったのだろうか。

 それにしては用意周到な気もするが、深里のことだからお狐様が起きることも考えていた可能性はある。


「……いや、お狐を起こすのも計画の内かもしれない……」


 双月が難しい顔でいった。


「外レた存在が生き続けるためには条件がある。深里が外レたなら奴にも条件があるはずだ」

「条件……?」

「リン様は感情を食べるし、センジュカは呪詛を食べる。お狐様は信仰じゃな。となれば深里様もなにかを食べなければ生き続けられないはずじゃ」


 大鷲さんの補足に私は納得した。だから目覚めたお狐様は信仰が減っていることに焦り、深里の怪しい誘いにも乗り気になったのだ。


「人間が外レる場合、人間として生きていたときの執着が条件になることが多い。センジュカはトキアの野郎を恨みながら外レた。だから呪詛」

「双月は亡き弟の名前を奪ってしまった罪悪感からじゃの」


 大鷲さんがそういうと双月は大鷲さんの足を思いっきり踏んだ。ギャッ! と動物みたいな悲鳴があがる。

 私は意外な双月の条件に驚いてなにも反応できなかった。亡き弟の名を奪う……。双子の上ということもあり、双月にもいろんな事情があるのだろう。


「深里は偶然外レたんじゃなく、狙って外レたんだと思う。外レた後も村人を殺し続けたのは口封じもあるだろうが、自分がどれだけの力を使えるかの実験だろう」

「実験……」


 香奈が口元をおさえた。私はその背をなでる。そしてなでる私の手も強張っていて、顔色は香奈と同じくらい悪いだろう。


「そこで気になるのが山鬼との遺体がないことだ。同じ外レ者として山鬼は実験には丁度いいはず。だが、争った形跡はあれど遺体はない。わざわざアイツが埋めるとは思えない」

「つまり……?」


 私の視線に双月は一呼吸おいた。


「食った可能性がある」


 私と香奈は同時に息を呑む。大鷲さんは顎に手をおき「ないとは言いききれぬの」と肯定した。


「となればお狐のことも食うつもりなのかもしれんの」


 大鷲さんを凝視する。話についていけない私と違って、双月は大きく頷いた。


「わしらは自分より強い相手は食えん。食っても消化できぬというか、処理できずに死んでしまう。だからヒエラルキーは絶対なんじゃが……」

「強い相手でも弱らせてしまえば食うことが出来る」

「じゃあ、深里がわざわざ山を更地にしようとしたのって……」


 お狐様の信仰の中心は山。あの山がなければ今よりも弱体化するとトキアたちは言っていた。それこそが深里の狙い。弱らせ、油断したところを食べるつもりだった。


「アイツが山鬼を食べたという仮説に基づいた話だけどな」

「じゃが、今のところそれが一番辻褄が合うの……」


 大鷲さんの言うとおり、謎だった深里の行動も外レている仮説に照らし合わせれば説明がつく。それに……。


「深里が外レているってお狐様に説明できれば、こちら側についてくれるかも」


 私の言葉に香奈がはっとした顔をした。

 私は香奈と目を合わせて大きく頷く。それだけで香奈にも私の考えは伝わったらしく、香奈の表情が凛々しくなった。


 お狐様は深里を人間だと思っている。胡散臭いが自分に協力してくれる相手という認識のはずだ。その前提が崩れればお狐様が深里を選ぶ理由はない。


「私達の勝ち筋はそこ」

 深里への対抗手段が見えてきた。


「大丈夫か? あくまでそうかもしれないレベルだぞ」

「それだけでもお狐様の信用は落とせる」


 噂で祠にたどり着き、彰が噂を使って信仰心を集めてきた姿を見てきた私には確信があった。人は曖昧な噂で動く。人ではないお狐様だって私達と同じ考える意思を持っているのだから、不安は考慮するはず。もともとお狐様は深里を完全に信じていなかった。そこを突くしかない。


「わしらも全面的に協力しよう。深里様が外レた可能性があるなら調べねばならぬ。ついでにセンジュカも回収せねば」


 いつの間にかセンジュカの扱いはついでになっている。それだけ深里が外レた可能性の方が問題ということだろう。


「推測通りなら山を更地にするのは全力で回避せねば。深里様にこれ以上力をつけさせるのは危険じゃ。もともと危ない思考の方だったのに、存在的にも危なくなられては安心して眠れん」


 深々とため息をつく大鷲さんをみて、様付けしているわりには評価は最低だったのだなと私は苦笑いした。この様子だと昔からあんな感じだったのだろう。


「現地にはわしと双月と……雄介も呼び戻すか。その方が双月も本気を出せるじゃろ」

「そうだな。深里とババアの二人を相手しなきゃいけないとなると雄介もいた方がいい」


 トントン拍子で話が進む。初めはどうなるかと思ったが無事に協力は得られた。隣りに座っている香奈もホッとした様子で話しあう二人を見つめている。

 まとまりかけた空気の中、私は声を上げた。


「一つ、お願いがあるんですけど」


 密かに考えていた深里への対抗手段。できたらいいなくらいに考えていたが、深里が外レている可能性がある今、うてる手はうっておいた方が良い。思ったよりも大鷲さんと双月は協力的だし、図々しいと思われたって構うものか。


 予想外の言葉に大鷲さんは首を傾げ、双月は疑わしげに私を見た。香奈はなにをいうのかと不思議そうな顔で私を見つめている。

 三者三様の視線が集まる中、私はお願い事を口にした。この策が上手く作用しますようにと祈りながら。

 

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