5-7 部外者

「それってどういうこと?」

「言った通りの意味だ」


 私の問いかけに双月はそう答えるとトキアを意味ありげに見上げた。トキアは苦い顔で双月を見下ろしている。


「センジュカは愛する父親に裏切られ、実験で外レさせられた可哀想な娘なんだよ。そりゃ恨むよなあ。兄を救うためだけの捨て駒にされたんだから。その兄は救われることなんて望んでいないのに」


 双月の最後の言葉にトキアの表情が険しくなる。いつも余裕を失わないトキアが敵でもみるような顔で双月を睨みつけていた。見ているだけでも身がすくむような怒気を受けた双月は愉快げに口の端をあげる。


「お前になにが分かるんだ」

「俺だから分かるんだよ。俺は羽澤の双子の上だからな」


 双月の言葉に私は驚き固まった。香奈も目を見開いて双月を凝視している。


「双子の上って……」


 私のつぶやきに双月はこちらに視線を向けた。双月を凝視する私と香奈を見て片眉をあげ、大鷲さんへ顔を向ける。


「コイツら、わかってんのか?」

「羽澤家の呪いに関しては概ねわかっているようじゃぞ」


 大鷲さんが確認の意味を込めてトキアを見る。トキアは大鷲さんの視線には答えず、眉を寄せて下を向いていた。トキアらしからぬ真面目な顔に私は双月のいったことが嘘ではないのだと気づいた。


「わかったうえでコイツと一緒に行動してんのか。お前ら、頭おかしいな」


 双月が心底軽蔑した顔で私と香奈を見下ろした。体を震わせた香奈を抱きしめて双月をにらみつける。


「初対面のあなたに頭おかしいとか言われる筋合いないし、トキアくんが人間捨ててるのは私だってよくわかってる。分かってても現状はトキアくんに協力を頼むしかないの」


 私の主張に双月は意外そうな顔をした。


「無理やり連れてこられたんじゃなくて、自らの意志でここに来たのか?」

「友達を助けるために来たの。トキアくんは案内役。つまりおまけ」


 私がキッパリ断言すると双月は目を丸くした。大鷲さんは肩を震わせている。それはもしかして笑っているのか。


「……おまけってひどくない?」

「ひどくない。そもそもトキアが自分で頑張れっていったんでしょ。私は今頑張ってるから邪魔しないで」


 私の言葉にトキアは頬を膨らませる。ふてくされたトキアは「いいもん、僕遊んでくるから」と天井をすり抜けていなくなってしまった。場をかき回すだけかき回していなくなる姿は幼児である。お前本当に長生きしているのかと問いただしたくなるが今はそれどころではないため、私は双月に向き直った。

 双月はトキアが消えた方向を唖然と見つめている。大鷲さんは相変わらず笑いをこらえて小刻みに震えていた。


「……何者だお前」

「面倒くさい双子に振り回されている被害者です」


 私の返答に双月は納得のいかない顔をした。未だ笑っている大鷲さんに説明を求める視線を向けたが大鷲さんは笑いが収まらないらしい。いまいち役に立たない人である。


「……アレがなにをやったか知ってるんだよな」

「すべてではないけど、だいたいのことはトキアくんから聞いた」

「それなのに何で平然としていられるんだ」

「私は部外者だから」


 答えはこれしかない。


「あなたが双子の上なのだとしたらトキアくんを恨む気持ちはわかる。センジュカがトキアくんの娘なのだとしたら、あれだけ憎悪を向けるのも納得する」


 トキアが彰を助けるために作り上げた羽澤家で多くの双子、特に上は悲惨な目にあった。閉じ込められて、存在を抹消されて、化物のように扱われた。双月もそうだったのならトキアを恨むななんて言えるわけがない。

 センジュカだってそうだ。自分を愛してくれるはずの親に裏切られ、人ではない者へ変貌した。それが事実だとしたら、トキアとトキアの暴走の原因である彰を恨むのも当然のことだろう。


「でも、私は部外者。羽澤の人間じゃない。事情を聞いても、現実を目にしたわけじゃない。あなた達の憎悪や苦しみには寄り添えない」


 聞いただけで悲惨な現状だったことは分かる。トキアの苦しみもそれに巻き込まれた双月やセンジュカの怒りも理解できる。けれどそれはあくまで想像であって、私は実際にトキアに苦痛を与えられたわけではない。一時期は見るだけでも怖かったが、今はただのブラコン幽霊だと思っているのでなんともない。


「私にとってトキアくんは彰くんのおまけ。私は友達の彰くんを助けるためにここに来たの。トキアくんがどんなに恨まれていたとしても、それはトキアくんの自業自得。私には関係ない」


 そう言い切ると双月が目を見開いて固まった。未知の生物をみるような視線は少し不快だ。そんな変なことを言ったつもりはない。


「七海ちゃんってすごいよね……」


 恐怖が薄れたのか、香奈が私から体を離しながらつぶやいた。意味がわからずに香奈を凝視すると困った顔をされる。


「胆の座ったお嬢さんじゃなあ……やっぱり職員に」

「なりません」


 特視に所属したら双月とセンジュカは同僚だ。この二人と仲良く仕事をできる未来が想像できない。会話が弾まないことは間違いない。そんな気まずい職場にだれが就職するか。


「トキアくんがお嬢さんを連れてきた意味がわかった気がするの。これは協力した方が徳じゃと双月も思うじゃろ」


 大鷲さんの言葉に双月は眉間にシワを寄せるのみ。肯定なのか否定なのか分からない態度に大鷲さんが苦笑した。


「センジュカが勝手してるとなると様子を見に行かなければならんしな。ついでに説得も試みよう。成功するかはわからんが」


 頼もしさにかける答えだ。それでも、私達だけで対応するより可能性はある。センジュカに恨まれているトキアは論外だし、私と香奈で突撃したって軽くあしらわれるだけだろう。


「協力してくれるんですね?」

「できる限りのことはすると約束しよう。そもそもセンジュカを見失ったわしらの落ち度じゃしの」


 そういって大鷲さんは肩をすくめる。双月は未だに眉間にシワを寄せたままだが、諦めたように息を吐き出した。双月も心の中でなにかに折り合いをつけたようだ。


「いい加減、センジュカのババアにも好き勝手するなって釘刺さなきゃいけないしな」

「ババア……」


 思わず私は呟いた。香奈も大きな瞳をパチパチとまたたかせている。

 センジュカの真っ白な容姿を思い出した。白すぎて異質さが際立つが容姿だけみれば美女といっていい。言動には毒があるが黙って立っていればふらふらと人が吸い寄せられそうな魅力がある。そして見た目は二十代。人ではないから実際に生きている年数はわからないが、ババアと呼ばれるような外見ではない。

 どうやら双月とセンジュカは仲が悪いらしい。トキアに恨みを抱いているのは共通していても打ち解ける要素にはならなかったようだ。


 やはりこの職場面倒くさい。絶対に就職なんてしないし香奈もさせない。そう私は心に誓った。


「となると、まずは誰がいくかじゃのお……。センジュカ相手となると双月は必須として、深里様はどうするかの」

「深里……!? 羽澤深里も関わっているのか」


 大鷲さんの言葉に双月が声を荒げた。今まで乗り気じゃなかった双月の食いつきに大鷲さんが戸惑った様子を見せる。


「なんじゃ、どうした。トラウマでもあるのかの? 深里様はいろんな意味で恐ろしい方ではあるが」

「あの人のことはいけ好かなかったが、そういうことじゃない。俺と雄介は連絡がとれなくなった山鬼のところに行っていただろう」


 双月が真剣な顔で大鷲さんを見つめる。真面目な話だとわかったのか大鷲さんも茶化すのをやめて双月を見返した。


「結果からいうと、山鬼は行方不明。山鬼を祀っていた集落の人間は全員死亡」

「なんじゃと?」


 大鷲さんの目が開く。額と頬に人間にはありえない目玉が浮かびあがるが私も香奈もそれに反応する余裕がなかった。


「報告と今後の対策のために一旦俺だけ帰ってきて、雄介は向こうで聞き込みをしてるんだが、戻ってくる前に雄介から電話があった」


 双月はそこで言葉を区切り、大鷲さん、そして私と香奈と目を合わせた。


「集落の近くで羽澤深里らしき人物を見たって証言があった」

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