5-6 既視感

 研究所の中は至って普通だった。個人の作業用らしい机が並び、その上にファイルやら資料らしい本などが並んでいる。机の主の性格が現れているらしく綺麗に整っている場所もあれば乱雑に散らかっているものもある。ファイルが詰まっている棚が壁際に並んでいる光景は職員室に近い。

 

 部屋の一角にあったソファとテーブルに通される。接待用らしいが、訪れる人はめったにいないためもっぱら休憩スペースになっていると大鷲さんは苦笑した。テーブルの上には新聞や雑誌が無造作に置かれており、菓子鉢の中にはせんべいや羊羹が入っている。職員は年配の方が多いのかもしれない。

 

 大鷲さんは逃げる前に片付けてほしかった。とブツブツいいながらテーブルの上を手早く掃除すると、お茶を持ってくると奥の部屋へと姿をけした。香奈と二人でソファに座り、なんとはなしに周囲を見渡す。気づけば私の隣にトキアが行儀良く座っていた。

 といってもトキアは物をすり抜けるのでソファに座れるはずもない。つまりは座っているふり。空気椅子みたいなものだ。


「大鷲さん以外にも誰かいたの?」

「いたよー。三人くらい。僕の顔みて蜘蛛の子散らすみたいに逃げちゃったけど」


 シェアハウスも外にはいろんな悲鳴が聞こえてきたのに中にはいったらクティさんとマーゴさんしかいなかった。ここでも同じことが起こったらしい。


「奥の部屋にみんないるのかな?」

 香奈は大鷲さんが向かった方向を見つめる。


「いったでしょ、地下があるって。みんな地下にいると思うよ。様子見てこようか?」

「やめなさい」


 動き出そうとしたトキアを止める。こちらは協力を頼みに来ているのに怖がらせてどうするのか。トキアもそれは分かっているのか、ちぇー。と子供らしく唇を尖らせて、ソファの上に座り直す。


「ほんとに仲がいいんじゃの」


 飲み物を持って戻ってきた大鷲さんが私とトキアの顔を交互に見つめた。仲良し判定されてことに私は眉を寄せ、トキアはなにが楽しいのかニヤニヤ笑う。

 大鷲さんが私と香奈の前に麦茶の入ったコップを置く。自分の前にも同じ物をおくと大鷲さんがソファに腰掛けた。それが話し合い開始の合図だと分かった。


「それで、今回は何用で?」

「センジュカが羽澤深里と一緒にお狐の山を更地にするって乗り込んできたんだよ」

「は?」


 思わずといった様子で大鷲さんから声が漏れる。あまりに驚いたのか声と同時に大鷲さんの目が見開かれた。目開くんだと私が驚いたのもつかの間、額に一つ、頬に三つの目が現れる。人間の目は左右に二つだけのはずだが、大鷲さんの顔にはどうみても六つの目があった。

 あまりのことに私と香奈は声がでず、大鷲さんを凝視する。


「源ちゃん、目出てる」

「おおっと! すまんのお嬢ちゃん方。あまりに驚いたからつい目を見開いてしもうた。失敬、失敬」


 そういって大鷲さんが目を閉じると額と頬の目は綺麗さっぱり消え失せる。目を細めた柔和な表情からは額と頬にいくつも目があった異形の気配はない。


「お嬢ちゃんたちはあんまり驚いてないようじゃの」

「いや、十分驚いてますけど」


 ねえと香奈の方を見れば香奈は目を見開いたまま大きく頷いた。頭を上下に大きく振る様はそういうおもちゃみたいで首が心配になる。


「見た目が不気味じゃろ? だいたいは化物と逃げられるんじゃが……」

「人ではないものにまあまあ遭遇してるので」

「その度胸と冷静さ……うちの職員にほしいの。給料は結構よいんじゃけど考えてみんか?」

「遠慮します」


 必死な様子に怪しさを感じたのですぐ断った。香奈は少し揺れたように思えたが、それは追々説得すればいい。今はここに来た目的を果たす方が優先だ。


「普段隠している目がうっかり出るくらい驚いたんですか?」

「そりゃそうじゃ。センジュカとは連絡が取れなくて困っておったところだし、失踪していた深里様と一緒というのも意味が分からん。しかも山を更地にするとは……お狐様はお怒りであろう?」

「いえ、場合によっては賛同すると」


 私の返答に大鷲さんが再び驚く。うっかり出そうになった目をなんとか抑えてトキアへと視線を向ける。トキアは大鷲さんの視線を受け止めて肩をすくめた。

 大鷲さんに今までの経緯をざっくり説明する。話を聞けば聞くほどに大鷲さんの顔色は悪くなり、最終的には頭を抱えてしまった。


「なんでそんな面倒くさいことになっておるんじゃ……」

「それは僕も聞きたい」


 ふてくされた様子でトキアが答える。私と香奈も似たような心境である。


「私たちとしてはセンジュカには手を引いて貰いたいんです。お狐様と深里だけで手一杯なので、なんとかセンジュカを説得して貰えないでしょうか」


 私が懇願すると大鷲さんは眉間にしわを寄せた。香奈も祈るように両手を合わせて大鷲さんを見つめている。二人の視線を受け止めた大鷲さんは大きなため息をはいた。


「わしとしてもセンジュカを連れ戻したいところじゃが……あやつが素直に聞くとは思えん。おそらくはトキア様のことを隠していたわしらへの当てつけもあるじゃろうし」


 どういうことだと視線で問いかけると大鷲さんは頭を抱えたまま話し続けた。


「トキア様は刺され、人として死んだとわしらは思っておったんじゃ。幽霊になっている可能性も考えて探したがみつからなかったしの。リン様も魔女様もトキア様の存在を感知できないと申しておったから……」

「その頃僕は、あの世でカミサマと対面してお説教くらってたから。現世にはいないよね」


 大鷲さんの言葉にトキアが場違いな明るい声をあげた。大鷲さんは額に手を当てた。


「カミサマという存在がおることは知っておるがな、まさか対面して帰ってくるものがおるなんて想像もしておらんかった。完全にトキア様は亡くなったのだと思ったところで、数ヶ月後にひょっこり現れた姿を見たときのわしらの気持ち……! あのリン様ですら驚きのあまり変な言動になっておったからの」

「あのときのリンはほんっと面白かった。動画撮って永久保存したんだけど、あいにくビデオカメラも携帯ももってなくてさ」

「トキアくん、ちょっと黙って」


 トキアの茶々いれで集中できない。トキアは私の言葉にむっとするが、おとなしく口を閉じた。その姿だけみれば外見相応の可愛い子供に見える気もする。


「センジュカは自分が憎む相手が死んだと思い、単独行動が増えての。センジュカの憎しみは相当なものじゃったから、わしらとしても気持ちの整理が必要じゃろうと放っておいたんじゃよ。そうしたらトキア様がセンジュカがいない時に元気いっぱい現れおった」


 そのときの特視の気持ちを想像して私は胃が痛くなった。センジュカになんて説明すればいいんだと悩んだ特視の皆様たちが、問題の先送りを選んだ気持ちも分かる。そのうちバレると分かっていても、時間を少しでも稼ぎたかったのだろう。


「じゃが、隠していたことが仇になったようじゃな……」

 深々とため息をつく大鷲さんに私は同情した。悪い条件が重なったというか……。


「トキアくんが悪くない?」

「そこで僕のせいにする?」

 トキアが不満いっぱいに頬を膨らませる。中身が爺だと知っているので全く可愛くない。


「そもそもセンジュカになにをしたの」


 その問いに大鷲さんが体をこわばらせた。特視に所属している大鷲さんは当然、センジュカがトキアを恨む理由も知っているはずだ。大鷲さんに聞けば教えてくれるかもしれない。それでも私はトキアをじっと見つめた。

 トキアは私と視線を合わせずテーブルを見つめている。話すべきか、話さずにいるべきか悩むような態度に私はらしくないと思った。


「トキア……?」

「話したくないなら俺が代わりに喋ってやろうか、当主様」


 ふいに覚えのない声が聞こえた。声の主を探そうと顔をあげると、私の隣でなにかが切れるような音がする。香奈の悲鳴に、大鷲さんのソファが!? という場違いな叫び声が響く。


 状況が理解できずに固まる私の目の前に見知らぬ人がいた。短髪の少年。年は私よりも少し上くらいだろうか。テーブルの上に土足のまましゃがみこんでいる少年は、先程までトキアが座っていた場所に刃物を深々と突き刺していた。ソファの布が破け、中に入っていたクッション材がむき出しになっている。


 状況を理解した私は香奈をかばうように抱きしめた。そんな私に見向きもせず、少年はテーブルの上に仁王立ちし、天井を見上げる。

 その腕からはソファを串刺しにした刃物が生えていた。鈍く光るそれは皮膚ではない。どう見ても鋭利な武器であり、普通の人間の体から生成されるはずがないものだ。


 この少年も人間ではない。今まで出会った人ではない者たちの中でも分かりやすく攻撃的で、物理的に体を切り裂いてくる存在。そう気づいた時、恐怖で息が詰まる。


「問答無用で切りつけてくるとかさあ、しつけがなってないよねえ」


 トキアは天井付近にふわふわと浮いていた。殺されそうになったことへの恐怖は感じない。駄々っ子を見つめるような呆れた顔で少年を見下ろしている。


「血筋のせいじゃないか。自分の目的のためなら、何人の命を犠牲にしても構わないような暴虐無人な人間の血を引いているからなあ。俺は」

「それは否定できないねえ」


 少年が歯をむき出しにして吠えてもトキアは芝居がかった動作で口元に手を当てた。その余裕の態度に少年の苛立ちがましたのが分かる。


「双月! 落ち着きんしゃい! 関係ない子たちを怖がらせてはならん!」


 立ち上がった大鷲さんがそう叫ぶと双月と呼ばれた少年は私と香奈を見下ろした。無感情に私達を見下ろす顔に私は見覚えがある気がした。それは洋館で消えゆく幽霊を見た時やセンジュカを見た時と同じような感覚。誰かの面影を感じる顔立ち。


「お前ら、なんでセンジュカがコイツを恨んでいるのか知りたいんだよな」


 そういうと双月は腕から生えた刃物をトキアに向けた。トキアがここにきて余裕の表情を崩す。それをみた双月は愉快そうに口の端をあげた。


「センジュカはな、コイツの娘だ。自分の兄を助けるためだけに狂った一族を作り上げたコイツは、血を分けた実の娘も実験材料にして人の身から引きずり落とした」


 その言葉で私は今まで感じていた既視感に気づく。センジュカの話し方、立ち振舞、そして顔立ち。すべてトキアとそっくりだった。

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