5-4 先行き不安

 数日後、私と香奈は電車に乗っていた。私たちの頭上には浮遊するトキアがいる。座席に座って携帯をいじっている青年や、おしゃべりに盛り上がる少女たちは同じ車両に幽霊が乗っているなんて想像もしていないだろう。

 

 彰と行動を共にするトキアは電車に乗る機会はほとんどないらしく、興味深げに流れる景色を眺めている。子供らしい見た目のわりにはしゃぎはしない。それでも心なしか目が輝いて見える。八歳で死んだこと、生まれを考えれば生身で電車に乗ったことがなかったのかもしれない。前世で電車がどこまで普及していたかもわからないし、知識としては知っていても体験する機会はないままだったのかも。そんなことを考えて私は微妙な気持ちになった。

 気持ちを落ち着けるため窓に張り付くように外を見ているトキアから目をそらす。隣に座る香奈は携帯で調べ物をしたり、日下先輩や寮母さん、千鳥屋先輩と連絡を取り合ったりと忙しい。


 現在私たちはトキアの案内の元、特視に向かっている。

 そのことを彰には伝えていない。深里にマークされている彰が移動すると警戒を強めることになるという理由もあるが、羽澤の秘密が眠っているという組織に彰を近づけることに抵抗があった。特視という組織に所属しているのがどんな人たちなのか私は知らない。センジュカはイレギュラーだと思いたいが、似たような人が一人でもいたら彰はいらぬ傷を負うことになるだろう。それは避けたかった。


 いつかは伝えるとしても今ではない。私と香奈で彰に害がないと確認してからでいい。そんなことを考えてしまうほど彰に対して過保護になってしまった。

 殺しても死ななそうな性格破綻者。出会った当初はそう思っていたのに、いつのまにか彰は香奈と同じく私の庇護対象になってしまった。それもこれも彰の事情を知ってしまったせいだし、弱り切った姿を見てしまったせいだ。


「そろそろ着くよ」


 トキアが景色を見るのをやめ、私たちを見下ろした。香奈はとっさにあげそうになった顔を慌てて下げる。不自然な行動ではあったが、電車に乗っている人たちは他人に興味はないようで香奈の行動に気づいてもいないようだ。私はトキアに答えずに前を向く。


 知らない景色が流れていく。それを見ていると香奈と一緒に高校を受験した日を思い出す。今と違って冬だったけど、見慣れない景色に落ち着かない気持ちになったのは一緒だ。あの頃に比べるとずいぶん遠いところに来てしまった気がする。高校に入学して一年もたっていないというのに。

 電車が止まり、ドアが開く。座席に座っていた香奈と私はそろって立ち上がり、トキアの先導のもと歩き出した。


 駅から出て一番に目に入ったのは田んぼ。どんどん建物が減っていくとは思っていたが、都会とまではいかなくとも町の中で育った私にとって田舎の光景は見慣れないものだ。香奈はのどかな光景に感嘆の声をあげる。こんな目的がなければ生涯訪れることのなかった場所に私も目を奪われた。


「シェアハウスは町中に堂々とあるのに、特視は田舎にあるんだ」


 どっちかというと逆では? と思うのだが、シェアハウスはお狐様とのいざこざもあってあの場所にできたという話だから、町中に作る他なかったのかもしれない。クティさんやマーゴさんの食事事情を考えると人が少ない田舎では困るというのもあったのだろう。

 

「特視の本命は地上じゃなくて地下だから、そこそこ広い敷地が必要でね。人の密集地帯じゃ土地を確保するのが難しかったんだよ」


 私の問いにトキアが答える。地下という単語にあたりを見回していた香奈が目を輝かせる。私も思わずトキアを凝視してしまった。地下に隠れた秘密組織。幼い頃にみたアニメや特撮に登場するような夢の場所が現実に存在するなんて驚きだ。

 私たちの視線をあびたトキアが微笑ましげに目を細めた。それに私は恥ずかしくなり目をそらす。


「人が多い場所で大がかりな工事なんてしてたら目立っちゃうからね。しかも工事後に現れるのは地味な研究所なわけ。人の目を集めないために地味な場所に地味な感じに建てたの」


 トキアはそういいながらふわふわと空中を移動した。重力が関係ないトキアは見た目は子供のわりに移動速度が速い。気を抜くとおいて行かれてしまうので私と香奈は慌てて後を追う。


 辺り一面に広がる田んぼ。通り過ぎる人はおらず、遠くの方にポツポツと建物は見えるものの、とにかく静かで空が高い。電線や建物に遮られない空をというものを私は初めて見た。あたりをキョロキョロと見回しながらしばらく歩いていたが、景色は変わらない。だんだんと飽きてきた私は人の姿もないことから浮遊するトキアに話しかける。


「特視ってどういうところなの?」

「表向きの名前は自然現象研究所って名前で、適当に天候記録したり、天体観測してるって聞いた」


 正式名称である特殊現象監視記録所と名乗っていないのは香奈みたいなオカルトマニアに見つからないためだろう。田舎にひっそりある謎の施設。中学生の香奈だったらウキウキしながら私を誘って訪れていたに違いない。

 チラリと香奈をみると微妙な顔で下を向いていた。私と同じことを考えたらしい。


「だからって活動内容雑過ぎない?」

「人々に注目されない程度に活動してればいいからね、天体観測とかもそのときの職員の趣味らしいから、今やってる人がいるかは知らない」


 トキアの答えに私は脱力する。そんな適当な組織に助けを求めて本当に大丈夫なんだろうか。といっても、他の手立は思い浮かばない。となれば不安であっても当たってみるほかないのだ。


「トキアくんの知り合いはいないの?」

「古くからの知人はいるよ。といっても、突然押しかけるわけだから今日いるかはわからないけど。彼がいなかったら面倒くさいことになるかもしれないけど、そのときはナナちゃん頑張って」


 振り返ったトキアがにっこり笑う。その笑みが彰とそっくりでげんなりした。無茶ぶりするときの笑顔がそっくりって、いくら双子でもそこは似なくていいと思う。


「面倒なことって?」

 香奈の問いにトキアはあっさり答えた。

 

「僕、特視の連中に好かれてないんだ」


 香奈は驚いた顔をしたが私としては予想の範囲内だ。トキアのやらかしたことを特視はすべて知っている。記録として保存している。それを読んだ人間がトキアに対して友好的な感情を持つとは思えない。私だったら間違いなく引く。そして距離をとる。


「そんな状況でよく私たちを連れてきたね」

「僕は好かれてないけど、君たちは違うでしょ。僕らに巻き込まれた哀れな一般市民。わざわざ訪ねてきた君たちを邪険にするほど彼らも非道ではない。と思う」

 最後の言葉が不安すぎる。


「僕と一緒ってことで嫌味ぐらいは言われるかもしれないけど、ナナちゃんはアキラに言われなれてるから大丈夫でしょ」


 トキアは青空と同じくらい晴れやかな笑みを浮かべた。言っていることは最悪だ。自分の最愛の兄なんだからもうちょっとなんとかしてほしいものだが、なんとか出来ていたらこんなややこしい状況にはなっていないのだと気づいてため息をつく。


「たしかに、彰にセンジュカ、深里と嫌味攻撃には慣れてきたけど」


 センジュカや深里に比べれば彰の嫌味はまだ可愛いほうだ。洋館の事件後は弱っていて嫌味を聞く機会も減っているし、少々寂しい気もする。と思ったところで毒されていることに気づいてゾッとした。


「センジュカに比べればたぶん可愛いものだと思う。たぶん」


 トキアは相変わらずいまいち安心出来ない言葉を口にして先に進む。不安になってきたのか香奈の表情が固い。元気づけたいところだがこの先に待ち受けているのは未知である。

 いざとなったらトキアを盾にしようとひそかに決意した。これだけ振り回されているのだからそのくらいは許されるだろう。たぶん。

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