5-3 集まる意志
「なんでここに一条先生が?」
「日下さんと小林先生がそろってどこかに向かっていたのでなにかあると思って跡をつけてきました」
自信満々にふんぞり返る一条先生に小林先生の表情が険しくなる。人をつけたなど自慢できることではない。つけられた被害者となれば尚更だ。
「なんで私達の後を?」
「小林先生なら現状に不満を覚えてなにか対策をとってくれるだろうと思ったので、便乗しようかと」
一条先生はそういってウィンクする。茶目っ気たっぷりな様子に私は「はぁ……」と気の抜けた反応をしてしまった。
「えぇー! ここもっと歓迎されるべきところじゃないの!? 話を聞く限り君たちは人手が必要。その人手の一人にこの俺がなるっていってるのに」
リアクションの薄い私達にじれたのか一条先生がオーバーリアクションで主張した。改めてこの学校は変な先生しかいないなと思う。理事長に教員の採用条件がどうなってるのか問い詰めたいところだ。
「……あなたが私達側につくことでなにかメリットがあるんですか」
小林先生が剣呑な視線を一条先生に向ける。私の頭の中にスパイという単語が浮かぶ。彰を貶めるために人知れず理事長を連絡をとり、洋館を返してもらっていた深里のことだ。他にも手をうっている可能性がある。
日下先輩もその可能性に気づいたのか探るような視線を一条先生に向ける。三人の警戒しきった眼差しを向けられた一条先生は目を瞬かせて、
「ここが廃校になるのを防ぎたいだけなんですけど、メリットとかデメリットとかあります? いや、学校が残ることが俺にとってメリット?」
と首をかしげながら腕を組んだ。
演技……には思えない。これが演技だとしたら私に見抜くのは不可能だ。日頃から猫を被っている彰や千鳥屋先輩だったら分かったかもしれないが、二人をわざわざ呼びつけるほどのこととも思えない。
小林先生を見つめると呆れきった視線を一条先生に向けていた。日下先輩もどこか疲れた様子で一条先生を見つめている。
「……羽澤深里さんが提示した条件はなかなか魅力的だと思うのですが」
「そうですか? 俺はここが気に入って契約したので、別の学校に行けって言われても。って感じなんですが」
「……うちの学校、そこまでの魅力あります?」
わざわざ地元から離れた場所を選んだ私の言えたことではないが、わが校の魅力……というか、特殊性といったら山の上にあることぐらいだ。施設も充実してはいるが、深里があげた名門校には劣るだろう。生徒は転校先の学校に馴染めない可能性を指摘されたが、大人である一条先生は子供の私達よりうまく馴染めるはずだ。
しかし一条先生は不思議そうな顔で私を見つめている。そんなの決まっているだろうという表情に私の方が間違っているような気がしてくる。
「面白いから以外の理由って必要?」
「……必要だと思いますよ……いろいろと」
一条先生がきょとんとした顔で言い放った言葉に日下先輩が額を押さえた。小林先生の眉間のシワがすごいことになっており、その表情は少し百合先生に似ていた。本人がその評価を喜ぶかは分からないが。
「えーでも、学校なんてどこも似たようなものでしょう。だったら面白いかどうか、自分が楽しめるかどうかは重要だと思うんですよ」
「有名な名門校とうちの学校じゃ全く違うと思うんですけど」
「子供に勉強を教える場所という点では一緒でしょう」
一条先生は一切の迷いなく言い放つ。にこにこと笑っている姿はいつもどおりで、今が緊急事態だということを忘れさせる。その言葉と姿に驚いて私は目を瞬かせた。
「正直俺はなんとなーく教師になったんですよ。小林先生や百合先生みたいな生徒のためって気持ちもないし、一応公務員だし、食いっぱぐれないしって理由で、家の近所にある高校適当に受けたらここ採用されたみたいな」
のほほんと話す一条先生に小林先生の額に青筋が浮かぶ。やはりこの学校の採用条件は見直すべきだ。
「それでも、なんとなーく教師になった俺でも、教師の仕事してると仕事に愛着わいてくるんですよね。毎年面白い生徒は入ってくるし、小林先生と百合先生も面白いですし、なくなっちゃうのはなんか嫌だなっていう」
「面白い……」
小林先生がものすごく複雑な顔をしている。それに一条先生は構わずに胸を張った。
「だから俺にもこの学校を守る協力をさせてください。なんでもしますよ! 小林先生と百合先生よりは生徒から好かれてますし!」
「あなた、喧嘩売ってるんですか?」
悪気はないのだろうが一言多い。日下先輩が苦笑いを浮かべて一条先生と小林先生のやり取りを眺めている。私も似たような顔をしているだろうが、正直一条先生の申し出はありがたい。
「一条先生が協力してくれれば、日下先輩と小林先生が動きやすくなると思います。変わりに一条先生は百合先生みたいに雑談を押し付けられるかもしれません。それでもいいんですか?」
「安心して。俺は雑用の類はいつも他の人にやってもらってるから、今回も押し付ける」
「それ、何一つ安心材料ないですよね」
小林先生が深々とため息をついた。日頃であれば不安を覚えるところだが、今回に関しては一条先生の適当な態度も心強い。見ているだけで気が抜けるこの人だったら深里も油断してくれる……かもしれない。
「先生たちと先輩が学校をなんとかしてくれるなら、私も安心して外部の協力者に会いにいけます」
私の言葉に視線が集まる。小林先生は目を細め、一条先生は楽しげに、日下先輩は心配そうに私を見つめた。
「外部の協力者って、あてはあるの?」
「はい。とっておきの人達が」
といっても私はその人達にあったことはないので会ってみないとなんともいえない。交渉がうまくいかない場合も考えられるがやるほかない。
ちらりと宙に浮いているトキアを見上げた。トキアは楽しげに私たちを見下ろしている。せいぜい頑張れと高みの見物を決めているようで腹も立つがやる他ない。
トキアに、お狐様と深里を祟り殺させるなんて結末にはしてはいけない。そんな方法では解決しない。それはトキアの存在が証明している。呪いから始まった事件は呪いで解決したって新たな呪詛を生むだけだ。
「先生方、日下先輩、協力どうぞよろしくお願いします」
椅子から立ち上がった私は三人に深々と頭をさげた。顔をあげると三人とも任されたという気合の入った表情を私に返してくれる。その姿をみて私もまた頑張ろうと思った。
この負の連鎖を、どうにか終わらせるのだ。
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