5-2 協力者
お狐様、双子の呪いの話は伏せながら二人に事情を説明した。話せば話すほど二人の眉間のしわが深くなり表情が険しくなる。一通り話し終えた後は重苦しい空気に包まれた。
トキアは私達を見下ろしてふわふわと浮いている。笑みを消し去った無表情はなにを考えているのか分からない。
「……なにかしら事情はあるんだと思ってましたが、予想外以上ですね」
「にわかには信じがたい話ですが……」
「作り話だったらどんなにいいか……」
額を押えながらつぶやけば小林先生はそれ以上なにも言わなかった。私の様子から嘘ではないと信じてくれたようだ。
「それで、香月さんは私たちにどうしてほしいんですか?」
「私たち側についてほしいんです! 理事長は逆らえないようでしたが廃校に関しては反対してました。生徒と教師が一丸になって反対すれば可能性はあると思うんです」
「なかなか難しいと思いますよ」
小林先生がため息混じりに息をはく。
「学校を廃校にすると職員室で宣言した際に教職員の再就職先、生徒の転校先は責任をもって準備すると深里さんはいいました。すでに候補になるリストも貰いましたし、羽澤という名前からいって不可能ではないでしょう」
「……そんなにいい条件だったんですか?」
「簡単には入れない名門校の名前がゴロゴロ並んでいましたよ。目を疑いましたね」
「私もリストを頂きましたが、我が校と比べるまでもない名門校ばかりでした」
「権力をフル活用してくる……」
薄ら笑いを浮かべる深里が頭に浮かんで腹が立った。大人げないにもほどがある。
「あっさり名門校に入れるんです。魅力的に感じる者の方が多いでしょう……」
そう言いつつも小林先生は険しい顔をしている。
「小林先生は良い話だと思っていないんですね」
意外に思っていると小林先生はて当たり前でしょうとさらに眉間のシワを深くする。
「香月さん、考えてもみてください。名門校というのは頭脳にしろ家柄にしろ、大多数とは違う少数の人間しか入れないから名門校なんです。コネで入学した大多数の一人が転入してなじめると思いますか?」
「……思えません」
千鳥屋先輩や彰ならばあっさりなじんで見せると思う。二人ともこの学校に居るのがおかしいぐらい良いところの出だ。しかし私のような一般庶民が偏差値の高い学校やお金持ちしかいない学校に転入して友達をつくれるのか。想像するまでもなく無理だろう。
「途中編入となれば出来上がった人間関係に溶け込むのも難しい。勉強にだってついていけないでしょう。うちの学校はこのあたりでは偏差値が高い方ですが、あくまでこのあたりでは。という話です。全国有数の名門校と比べたら雲泥の差ですよ。この学校で上位をとり続けている生徒たちでもついて行けるか微妙なところなのに下から数えた方がいい生徒が後先考えずに転校してしまったら……。転校した当初は浮かれるでしょうが登校拒否、しまいには退学するのは確実です」
小林先生はそこで言葉を句切ると腕を組む。
「あの羽澤深里という男は生徒のことなどなにも考えていない。上手い餌だけ与えて立ち退かせたら後はどうでもいいのでしょう。苦情をいれたところで転校後については知らないと切り捨てるのが目に見えます」
「でしょうね……」
深里が敬愛するリン、憎悪の対象である彰以外に興味がないのは少しのやりとりでよく分かった。自分の都合で大勢の生徒が路頭に迷うことになったところでどうでもよいだろう。
「小林先生は私たちの将来を真剣に考えてくれていたんですね」
「私のことをなんだと思っていたんですか」
ギロリと睨まれて思わず引く。そういうところが誤解される原因だと分かっていないのか。私たちのやりとりを見ている日下先輩も苦笑しているし。
「彰への態度は結構きつめだったので……」
小林先生が罰の悪そうな顔をした。自覚はあったらしい。
「……佐藤君については不可解なことが多くて……、今回事情を聞いて理解しましたが、不快さはましましたね」
「不快?」
「要するに佐藤君は大人の事情に振り回されて本来の力を発揮できていないということでしょう。彼はもっと出来る子です」
小林先生の意外な高評価に私は目を丸くした。日下先輩も予想外だったのか小林先生を凝視している。
「授業もテストも手を抜いてますし、病弱も嘘でしょう?」
「バレてたんですね……」
思いのほか小林先生は生徒をよく見ている。
「嘘ついてるのが分かっていたから彰にきびしかったんですか?」
「それもありますが、百合先生の態度も腹がたちまして。甥っ子が持って生まれた才能を潰すようなマネをしているのにそれをしかりもしない。それどころか協力する始末。一体どういうつもりだと思ってたんですが……」
小林先生はそこまでいってため息をつく。
「佐藤君のことを守るためには隠すほかないですからね」
「全く忌々しいですね」
日下先輩の呟きに小林先生は舌打ちをした。
佐藤彰は本来、上にたつ存在だ。恵まれた容姿に学力、運動神経、家柄とすべてを与えられた人間のはずだ。それなのに双子の上に生まれた。それだけの理由で隠れて過ごさなければいけない。
本当なら彰は学校に行かずに引きこもっていた方が良かったのだろう。それをさせなったのは百合先生の優しさだったのだと思う。彰の存在がバレたら百合先生だってただではすまない。それが分かっていても百合先生は彰を狭い場所に閉じ込めたくはなかったのだ。
「彰君はなにも悪くない。こんなのはおかしい」
私は膝の上においた両手を握りしめた。スカートがぐしゃりと歪む。
「私もそう思います。佐藤君はなにも悪くない」
「……そうですね。性格に関してはひねくれているとしか言えませんが、環境を考えれば全うに育ったといった方がいいでしょう」
「協力、してくれますか?」
真剣な眼差しを向けると日下先輩がもちろん。と笑う。小林先生はなにも言わなかったが否定しないということは協力してくれると考えていいのだろう。
「ですが、私に出来ることも限られていますね……なるべく考えてはみますが」
「その言葉だけでも嬉しいです。頼れる人がいなくてどうしようかと」
「あなたと坂下さん、あと事情をしって行動しているのは小野さんと千鳥屋さんですか?」
小野先輩と千鳥屋先輩が部室に入り浸るようになったことはしっかり把握しているらしい。侮れないと一人で戦慄していると小林先生が眉をよせた。
「もしかして貴方以外も今日は学校をサボってますか?」
「うっ……」
痛いところを突かれて目をそらす。二人にあきれた顔をされた。
「焦る気持ちは分かりますが、向こうは権力を持っているんです。権力を行使する理由を与えてはいけません」
「そうですよ。授業をサボるような不真面目な生徒という印象が広がったら正統な主張も通りにくくなります」
「おっしゃる通りです……」
体を小さくして縮こまる。こうして冷静に諭されると冷静な判断ができていなかったのだと気づく。小野先輩と千鳥屋先輩にも事情を説明して、今週くらいは真面目に授業に出てもらわなければ。
「分かってもらえて嬉しいです。私も日下さんも水面下で動くほかないですから」
「堂々と動くと警戒されそうですしね……」
「ええ、現に百合先生は雑用ばかり押しつけられて身動きがとれなくなってます」
「百合先生そんなことに!?」
ただでさえこちらの駒は少ないのに、その少ない駒まで潰していく所業。そこまでするかと怒りがわいてきた。
「羽澤深里があげていたリストの何校かには知人がいるので話を聞いてみます。場合によっては協力してくれるかもしれません」
「相手が羽澤だと分かってもしてくれますかね?」
「向こうもすぐ辞めるとわかりきっている問題児押しつけられても困るはずです。まだ決定ではありませんし、今のうちに手を打てるなら打ちたいと思う人間もいるでしょう」
小林先生の言葉に頷く。その可能性を信じるほかない。深里が掲げる条件を崩すことが出来れば深里の信用も落ちる。そうすれば廃校に反対してくれる生徒も増えるかもしれない。
「私も地元の知り合いに協力してくれるよう訴えかけてはみますが……問題は学校内をどうするかですね」
「そこは私たちがなんとかしますよ」
「本当にできますか? あなたがた学校側からは問題児扱いされてるのに」
思わずうめき声がもれた。私と香奈は大人しくしているつもりなのだが隣にいるのが彰がよくも悪くも目立つ。最近では我が校問題児ツートップの小野先輩と千鳥屋先輩とも行動する機会が増えているし、百合先生はいい先生ではあるが見た目で誤解されがちだ。
「お狐様の使いだとかいう変な設定も不信感を煽るだけですからやめた方がいいですよ」
「それに関してはもともと使う気がないので大丈夫です」
お狐様とは冷戦状態。ここでお狐様の権威を振りかざすようなマネをしたら本気で怒るだろう。そうなったら期限を待たずに決着がつく。どころか最悪この世とおさらばだ。
「私達じゃ役不足かもしれませんが、学校内でなんの活動もしていなかったら深里に怪しまれます。小林先生と日下先輩の協力を活かすためにもなにかしないと……」
「陽動ってことですか」
小林先生が驚いた顔をした。私がそんなことを考えているとは思っていなかったらしい。
「本命は外部、商店街とか地域の人達です。理事長をおさえられている今、学園内で活動しても限界があります。でも外部の大人なら、いくら羽澤家でも完全に抑えるのは難しいはずです」
しかし、小林先生と日下先輩まで深里に警戒されては意味がない。となると一年生の私と香奈、問題児の小野先輩と千鳥屋先輩で在校生を説得しなければいけない。外見だけで周囲をだまくらかせる彰が動けないのが痛い。
「せめて、あと一人ぐらい先生が協力してくれれば……」
必要なのは子供ではなく大人の力。こういう時、大人の庇護下にある子供という立場が歯がゆい。
小林先生は腕を組んで険しい顔をしている。協力してくれそうな同僚に心当たりはないらしい。それも仕方ない。相手は天下の羽澤家だ。好き好んで歯向かおうなんて思わないだろう。
やはり私達だけでどうにかする他ない。そう思ったところで、
「ふふふふふ! 話は聞かせて貰ったよ!」
そんな声と共に部室のドアが勢いよく開いた。私を含めた三人の視線が声の主へと集まる。そこに立っていたのは一条先生。
「面白そうだから俺も協力させて!」
予想外の人物の登場に私は固まった。
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