五話 集まる力と秘策

5-1 後手

 その後トキアと話あったり調べ物をしている間に時間はあっという間にすぎ、私は人生で初めて午前授業をまるまるサボってしまった。昼休みのチャイムがなったことに気づいて冷や汗が流れたがもう遅い。百合先生が適当にごまかしてくれていることを信じたい。

 香奈と彰はどうしたのか気になったが、彰が一緒にいることを考えれば私よりも上手いことごまかしているだろう。となれば自分のことは自分でどうにかしなければいけない。私に任された指命は日下先輩に協力を頼むことだ。


「……生徒会室に堂々といってもいいと思う?」

「先生に見つからない自信があるならいいんじゃない?」


 宙をふわふわ浮いているトキアはにっこり笑っていった。その語尾に「まあ、無理だと思うけど」という言葉が見える。


「トキアが協力してくれればいけるんじゃ……」

「学校って隠れるところそんなにないし、難しいと思うよ」


 トキアのいうことが全う過ぎて肩を落とす。たしかに直線が多い廊下で先生の目から隠れるのは難しい。ただでさえ私は高身長女子。目立つ容姿なのは自覚がある。

 今の状況で先生に見つかったら説教コースは間違いない。そのまま職員室や生徒指導室に連れ込まれてしまったら最悪、日下先輩と話す機会はなくなってしまう。


「そもそも日下先輩が確実に生徒会室にいるとも限らないし、生徒会の子たちがすんなり入れてくれるかも分からないし」

「なんで希望をたつようなことを容赦なくいうの」

「だって事実だし」


 非難の目を向けてもトキアは気にせず満面の笑みを返してきた。図太い。人生何度もやり直しているだけのことはある。


「連絡先とか知らないの?」

「知ってるけど、日下先輩真面目だから学校にいる間携帯みるか分からないし」


 携帯は授業中はマナーモード、もしくは電源を切るが校則だ。生徒会長であり真面目な日下先輩がそれを破るとは思えない。となれば日下先輩と携帯で連絡を取れるのは放課後になる。高校生にしてワーカーホリック気味の日下先輩は果たして何時に寮に帰るのか。


「やっぱり危険を冒しても今いくしかないか……」

「もー仕方ないなー。僕もちょっとは協力してあげるよ」


 腰をあげるとトキアがやれやれといった様子で肩をすくめた。日下先輩に協力してもらえないと困るのは彰なのだがトキアは分かっているのか。それとも素直にしゃべれない制約でもあるのか。

 もやもやしつつも私は立ち上がり部室を出ようとドアに手を伸ば……したところで大きな足音が聞こえてきた。


 ずいぶんと荒い足音だ。おそらく二人分。走っているにしては遅く歩くには速い。想像するに早歩きでこちらへと向かってきているらしい。正直怖い。昼休みの旧校舎。しかも奥まった場所にある民俗学研究同好会まで一体誰が。

 思わず手を引っ込めて後ずさる。もしかしたら違う部屋が目当てかも知れない。そんな淡い期待を抱いたが足音は部室の前で止まり、


「おい! 佐藤いるか!」

「佐藤君! これはどういうことですか!」


 勢いよくドアが開くと同時、怒りの形相を浮かべた日下先輩と小林先生が叫んだ。

 ひぃっと悲鳴をあげてしまった私は悪くないと思う。ここに香奈がいなくて良かった。香奈だったら気絶したかもしれない。


「お、お二人ともどうしたんですか……」


 後ずさりながら問いかける。逃げ道がないかと背後を振り返ってみたが窓から逃げるのは難しそうだ。いつのまにか天井近くに避難したトキアがご愁傷様。という顔で見下ろしている。本気でしばきたい。


「どうしたもなにもありませんよ!」

「そうですよ! どういうことですか!」


 日下先輩と小林先生に同時に詰め寄られて顔が引きつった。二人とも怒りで目がつり上がっている。二人から距離をとりつつ、拝むように両手を掲げて謝った。


「これには事情があるんです! 面倒くさくて授業をサボったわけじゃないんです!」

「あなた授業をサボったんですか!?」


 日下先輩が驚いた声をあげる。えっ、そのことじゃないの? と顔をあげれば険しい顔をした小林先生と目が合った。不健康そうな肉のない体は骸骨のようで不気味だ。呪われそうな迫力に冷や汗が流れる。


「……その件については一端保留にします。百合先生も慌ただしい様子でしたし、佐藤君のことでなにかあったんでしょう。聞きたいのはあなたがサボった理由ではなく、うちの学校が廃校になるという話についてです」

「なんで先生がその事を!?」


 私が驚いて声をあげると小林先生と日下先輩が同時に眉を寄せた。


「やはり知っていましたか」

「……もしかして噂になってますか?」

「噂になっているというか羽澤深里という方がわざわざ職員室で事情を説明してくれましたよ。私も含めた生徒会メンバーを呼び出したうえで」


 納得がいっていないという顔で苦々しく日下先輩がいった。


「ってことはもう全校生徒知ってるんですか!?」

「急すぎるということで全体に伝えるのは後にしてほしいと私と百合先生で押し切りましたが、噂話というものは広がるのが早いですからね……」

「あぁ……完全に出遅れた」


 頭を抱える。のんびり部室で作戦会議なんてしている時間はなかったのだ。深里は理事長を自由に動かせる。事実として公表し決定事項としてしまえばただの子供である私たちにはどうにもできない。お狐様の意見だって尊重する気などない。決まったことにしてしまえば後でどうとでも丸めこめると思っているのだろう。


「小林先生、日下先輩! お願いですから協力してください! 私たちは圧倒的に不利です!」


 二人の手を勢いよくつかむ。ぎょっとされたが気にしていられない。少しでも深里に対抗する力がほしい。このままなにも出来ずに終わるなんてあんまりだ。


「どういうことなんですか」

「彰は羽澤家の隠し子。羽澤深里の甥にあたります」


 私の言葉に二人の顔が驚愕にそまった。彰と理事長に何らかの繋がりがあると二人とも考えていたようだが、まさか羽澤家と関わっていたなど想像もしていなかっただろう。


「……詳しい話、聞かせて貰えますか?」

「協力してくれますか?」

「まず話を聞かなければなんともいえません」


 そういいながら小林先生はため息をつき、椅子をひくと腰かけた。日下先輩も同じくテーブルにつく。私も深呼吸してからテーブルに着く。

 慣れ親しんだ部室に見慣れない小林先生の姿。真剣な日下先輩にこちらを見下ろしているトキア。目の前に広がる光景すら異常事態である。だからこそ少しでも良い方向に変わるようにと、私は二人に協力してもらう方法を考えながら口を開いた。

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