4-6 見えた突破口

「接点がない?」

「そう、接点がない」


 トキアはそういうと難しい顔をして空中で足を組む。


「ナナちゃんが特視なんて組織しらなかったように、普通に生きていたら外レ者を扱う組織と出会うことなんてないんだ。向こうだって一般人とは接触しないように行動してる」

「深里は一般人とはいえないんじゃない?」


 悪魔や魔女と長い間ともにあった一族だ。関わる機会がない。関わってもほぼ気づかない一般人とは違い、悪魔や魔女と呼ばれるような不可思議な存在がいることは認識している。となれば、探ることは私たちよりも簡単なんじゃないか。


「だからこそ、向こうも羽澤の人間との接触は慎重に行ってる。センジュカもいってたでしょ。任務で追いやられて羽澤の動向は一切つかめなかったって」


 朝、シェアハウスに押しかけたとき、そういっていたのを思い出す。


「センジュカは僕への恨みが深いからさ、意図的に羽澤からはなされてるんだよ。関わるとどんな暴走するか分かったもんじゃないから」


 彰に向けるセンジュカの目は毒々しい。真っ白という綺麗に見えそうな姿形が不気味に見えるのはあの目のせいだ。


「じゃあセンジュカが深里と接触するのはありえないってこと?」

「深里は特視って組織が存在することを知らない。羽澤でもごく一部、当主とその周辺くらいしかしらない情報だよ」

「深里が偶然、特視についてしってセンジュカに接触をとった可能性は?」

「それならセンジュカ個人じゃなくて組織そのものにとるでしょ。深里は特視にどんな外レ者が所属してるか知らないんだ。結界を壊せる者を貸してほしいなんていっても特視は応じないし、仮に応じたとしてもセンジュカ一人で来させたりはしないよ」


 センジュカの行動はどうみても私怨。勝手な行動をするものを単独で任務にあてるはずもない。となれば深里は特視を通してではなく個人的にセンジュカと出会ったのだ。


「時期は深里が失踪していた間のはずだけど……、一体どこで?」

「道でばったり会うような相手じゃないしね」


 センジュカが街を歩いている姿は想像もできない。あの真っ白い姿ではどうしたって目立つだろうし、人目につかないように行動しているのではないか。深里だって失踪していた身だ。一応は隠れて行動していたはず。

 そうなると、ますます二人をつなぐ線が見えてこない。


「一番の問題はさ、センジュカがどこまではなしたかってこと」


 意味がわからずトキアを見ると、トキアは察しが悪いな。という顔をした。こちらは普通の女子高生なので彰なみの察しの良さを求められても困る。


「僕は羽澤の人間には呪いの真相について語らなかったし、知られないように資料も証拠もぜーんぶ消した」


 羽澤家には過去の資料が残っていない。そう香奈がいっていたこと思い出す。何代か前の当主が記録を残すことを禁じて、今まであったものもすべて消した。だから外部に逃げおおせた関本家のご先祖様は記憶を頼りに今残っている資料を書き記した。

 なんでそんなことを。と聞いた当初は思ったが、真相を知ったいまとなると理解できる。トキアは一族に呪いの真相を悟られたくなかった。双子の彰とトキアが何度も生まれ変わっている事実。トキアの行動はすべて彰を救うためだけのもので、そのためだけに生まれたのが羽澤家だということも。


「でもセンジュカは知ってる。特視には羽澤には残ってない資料がある。僕が今までやってきたことはすべ記録されてる」

「そうなの?」


 トキアとリンさん、そして会ったこともない魔女。この3人しか呪いの全貌は知らないと思っていたので驚いた。わざわざ記録を全部消したトキアが特視の記録には手をつけなかったことも。

 私が思っていることに気づいたのかトキアは肩をすくめる。


「僕は生まれ変わるけどすぐってわけじゃない。現代に近づくにつれて生まれるまでの時間が長くなった。百年近くあいた時もある。そうなると僕も困るんだよ。社会も一族も大きく変化してたりする。近年は特に変化が激しかったし」

「……事情をしって説明してくれる相手が必要だったってこと?」

「リンだけじゃ心許なくてね。アイツは自分が興味あることしか覚えてないから」


 そうだろうな。とリンさんのことを思い浮かべながら納得した。トキアが生まれてからはだいぶ丸くなったようだがその前のリンさんは今よりも酷かったようだし、聞いても真面目に答えてくれなかったのかもしれない。となればトキアが別の存在を頼りたくなるのもうなずける。


「特視は基本不干渉。起こった出来事を記録するだけ。僕らみたいに外レてしまった存在をどうにか出来るなんて思ってない。むしろ羽澤家の秘密が外に漏れないように協力してくれてる」


 双子の上を隔離して育てるなんて非人道的なことを行っても噂ですんでいるのは特視の協力もあったのだ。つまりは国家がらみ。改めてトキアが築き上げた羽澤という一族が恐ろしくなる。


「だからこそ、僕は特視の調査には嘘偽りをいっていない。あそこに記録されているのはすべて事実。それをセンジュカは間違いなく読んでいる」


 センジュカがトキアと彰を恨む気持ちが少し分かった。そしてトキアが不安に思っていることも。


「センジュカが深里に真相を教えた……?」


 だから深里はお狐様が眠る山のことも洋館のことも知っていた。罠をはることが出来た。トキアが彰をかばって死んだ理由もわかっただろうし、自分がいいように利用されたことにも気づいた。


「その真相がどの程度なのか……全部包み隠さずはなしたのか、センジュカにとって都合がいい部分だけかいつまんで教えたのか……。それがわからないうちに僕が顔見せるのはね……。深里は賢いから少ない情報でも気づかなくていいことに気づいちゃう」

「だからトキアは深里の前には姿を見せないってリンさんにいったの?」


 トキアはうなずく。

 今までの話を整理する。わかったのは深里には謎が多いということだ。どこでセンジュカと出会ったのか。センジュカからどこまで羽澤の真実を聞いたのか。お狐様をわざと起こしたのはなぜなのか。彰を生贄に捧げたいというのが本当の目的なのか。


「わかんないことばっかり……」

 頭を抱えてうなるとトキアがほんとだね。と息を吐き出した。トキアも珍しくまいっているらしい。


「深里のことはとりあえず置いといて、僕らは攻略しやすい方から確実にしとめてこう」

「攻略しやすい方?」


 深里の他といえばお狐様とセンジュカだがどちらも攻略しやすいとは思えない。お狐様は人手がいるし、センジュカに関してはなにをどうすればいいのかも分からない。


「いままでの話きいてた? センジュカは組織の人間。でもって一人で勝手に行動してる。それを特視はどう思ってるだろうね」


 トキアは人の悪い顔で笑う。

 たしかにセンジュカの行動を特視はよく思っていないだろう。センジュカのことを相談すれば助言くらいはしてくれるかもしれない。


「でも、センジュカは特視に所属しているわけじゃないって自分でいってた。今回も単独行動とってるくらいだし、特視の人に戻ってこいっていわれて素直に従う?」

「従うしかないよセンジュカは。センジュカが食べるのは呪詛だもの」


 それがどうかしたのかという顔をするとトキアはまた察しが悪いなという顔をした。


「クティの選択、マーゴの幽霊、リンの感情は食料を探すのにはそんなに困らない。けど、センジュカの呪詛はそこら辺あるいてて見つかるものでもない」


 トキアの言葉に私は納得した。呪詛なんかがちょっと道をあるいただけで見つかる世界なんて嫌すぎる。

 そう考えるとセンジュカは食べるのに苦労しているのかもしれない。食べた量で強さが決まるとトキアは言っていたし、センジュカが特視を手伝っているのもそのためなのだろう。一人で闇雲に探すよりは組織ぐるみで探した方がいいに決まっている。


「センジュカは元人間だから純粋な外レ者よりは生命力強いけど、リンみたいに百年単位で食べなくても問題ないってわけじゃないからね」

「リンさん、そんな食べなくてもいいの……」


 クティさんがリンさんを規格外扱いする理由がわかった。彼らの生命力が食べた量に比例するのであればリンさんはどれほどの人間を食べてきたのだろう。そのなかに羽澤の人間、彰とトキアはどれほど含まれているのか。

 想像して鳥肌がたった。思わず腕をさするとトキアが不思議そうな顔をする。それになんでもないと答えつつ私は息を整えた。今は考えるべきは過去のことではなくこれからのことだ。


「やっと突破口が見えてきた気がする」

「そういうことだからナナちゃんよろしくね」

「え?」


 意味がわからずトキアをみる。トキアはとてもよい笑顔で笑っている。その笑顔には見覚えがあった。彰が無茶ぶりしてくるときの笑顔とそっくり、というか完全一致。さすが双子。と私は現実逃避する。


「僕は深里に見つからないようにするから行動が制限される。リンは深里に意識されてる。彰も警戒されてる。ってなると自由に動き回れるのはなにも後ろ盾がない、この場所とも関係ないナナちゃんとカナちゃんってわけ」


 トキアの言葉は理解できる。それでも気軽に受け入れる気にはならない。


「重圧が……」

「出来る限りサポートはするし、こっそりついて行ってあげるから」


 ファイト。とトキアが両手を握って可愛らしく笑う。完全に面白がっているとわかる仕草。私が断るとは全く疑っていない。

 それもそうだ。ここまで来て、ここまで来てしまって逃げることなんて出来るはずがない。私は気合いを入れるべく拳を握りしめた。

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