4-5 不可解な縁

 状況を整理しよう。

 深里はリンさんにものすごく執着している。その結果、リンさんに可愛がられた響さんを毛嫌いしている。

 そんな響さんに嫌がらせしようと計画したのが彰殺害事件。これによって彰をかばって殺されたのはトキア。これは彰よりも先に死ぬことで羽澤にかけられた呪いをとくというトキアの計画であり、深里はいいように利用された形になる。


「トキアが死んだのって羽澤家にとっては問題だよね?」

「そりゃね、僕は見ての通りの優秀な子供だから」


 トキアは胸をはる。見た目は子供でも中身は気が遠くなるほど生きた老人なのだから優秀に違いない。


「トキアを間違って殺したから深里は失踪した……」


 深里からすればトキアが彰をかばって死んだのは予想外だったはず。千鳥屋先輩は家督争いで殺されたという噂を聞いていた。ということは誰かが、それこそ深里が殺したと疑っていた人物だっていたはずだ。


「たぶん、違うんじゃないかな」

「えっ違うの」


 確信をもった私の一言をトキアはのんびりとした口調で否定した。トキアも考えがまとまっていないのか宙をじっと見つめながら言葉を続ける。


「深里はちゃっかりした子だったから、証拠なんて残してないとおもうんだよね。昔から人を使うのが上手かったらしいし。バレたら不味いことはぜーんぶ他人にやらせて、私は関係ないですよ。って知らん顔して笑ってるのが深里」

「……思った以上に最悪……」

「アキラを殺そうと計画したのも実行したのも深里じゃない。深里がそそのかした別の人。だから、深里をいくら探っても証拠なんか出てこない」

「でも疑ってる人はいたんでしょ?」

「そりゃ動機は十分だからみーんな疑ってたと思うよ。深里の響嫌いもリンへの盲信も有名だったから。それでも、証拠がなければ言い逃れなんていくらでも出来る」 


 トキアはそういうと肩をすくめた。


「じゃあ、なんで深里は失踪したわけ? しかも今さらになって現れたの……?」

「それが僕も不思議なんだよねー」


 トキアは真剣な表情でそういうと腕を組む。


「深里は疑いをかけられて精神を病むような柔な性格してない。だから失踪したのは別の理由があったと思うんだ。疑いをかけられて次の行動を起こしにくくなるのが嫌で、いったん身を潜めたとか」

「次の行動……?」

「深里から見て、僕の死は納得いく結果じゃなかったんだろうね。なにが納得いかなかったのかが分からないんだけど」


 そういって顔をしかめるトキアは本気で深里が何をかんがえているのか分からないらしい。

 私も深里の思考を考えてみたが全く分からない。深里の計画は深里視点では成功したはずだ。トキアだって響さんの子供だ。証拠を最初から消していたことを考えても、深里は彰とトキア、どちらが死んでもよかったのではないか。

 それなのになぜ、一度身を隠し、わざわざ時間をおいてから今回の事件を起こしたのか。


「リンさんは、トキアが死んだとき悲しんだ?」


 私の問いにトキアが意味がわからないという顔をした。私も質問が唐突である自覚はある。しかし、深里が気にする対象はリンさんしかあり得ない。深里がトキアの殺害計画が失敗だと感じ、今回の事件を起こしたのであれば、切っ掛けはリンさんに違いない。


「……僕はそのあたりのリンは知らないんだよね」

 少しの間を置いてトキアは答えた。昔のことを思い出しているようで視線が下を向く。


「僕は一回、あの世にいってさ、さすがにやり過ぎだってカミサマに怒られたんだけど」

「えっ、そうなの」


 あの世にいって戻ってこれるの? とか、カミサマって本当にいるの? とか色々突っ込みたいことはあったが飲み込んだ。トキアは未だに真面目な顔。興味本位で話をそらしていい空気ではなかった。


「その後、ペナルティーつけられて現世に返されて、すぐにアキラのところにいったし。リンも僕の葬式が終わったらすぐにアキラの所に来たみたいだし」


 僕の葬式という今後聞くことはないだろう言葉に私は苦笑いするしかない。自分の葬式には興味をしめさず彰のところに来たのもトキアらしい。


「リンさんはなにも言ってなかったの?」

「なんか生気が抜けたみたいになってた。ってるいが言ってたくらいだから深里のことなんて全く眼中になかったんじゃないかな」


 トキアはそこまでいって眉をよせた。私もトキアが考えたことが理解できてしまった。

「……深里からするとそれって大問題なんじゃない?」


 深里がショックを与えたかったのは響さんのはず。間違ってもリンさんではない。それなのにリンさんが誰よりもショックを受けた顔をしていたら……。


「深里はリンさんにショックを与えた自分の行いを反省して失踪した?」

「僕を殺したことを反省した人間がアキラを生け贄にしようとするわけないでしょ」

「あっそっか……じゃあ、あの人どういう思考で動いてんの……」


 考えれば考えるほど分からなくなる。私は思わずしゃがみこんで頭をかかえた。


「狂人の思考を理解しようとしても無理なんだから諦めなよ」

「そうなんだけど……なんかまだ裏がありそうな気がして……」

「裏?」

「まだ隠してる目的があるような……」


 深里はなんを考えてるのか読みにくい。会話もつかみどころがないし表情にもでない。唯一分かりやすいのがリンさんへの執着だが、それだって敬愛というには歪みすぎている。


「生き残った彰に嫌がらせするために山を更地にするって回りくどすぎない?」


 深里だったらもっと簡単に彰に嫌がらせする方法があったはずだ。彰の正体をマスコミに売るだけでも、現当主である響と息子である彰はいままでみたいな普通の生活はおくれなくなる。むしろ、そちらの方が二人に与える打撃は大きいのではないか。


「深里って羽澤家に愛着あるタイプでもないんでしょ?」

「そうだね」

「そうなると羽澤家に迷惑がかかるから彰君の出生の秘密を黙ってるってわけじゃないんだよね……」


 もう羽澤から出ている深里は羽澤家がどうなろうとどうでもいいだろう。同じ名字だということで周囲から受ける圧力だってどうでも良さそうだ。

 ではなぜ深里はずっと沈黙していたのだろう。機会をうかがっていたとしたら、なぜこのタイミングなのか。


「お狐様がいないと出来ないことってあるの?」

 私の問いにトキアは眉を寄せた。トキアにしては険しい顔で宙をにらんでいたが、やがて息を吐く。


「お狐が得意とするのは土地の守護と浄化。どちらもこの山が無くなったら弱体化する。更地にしようって行動と矛盾する」

「んー…ってなると私の考えすぎ?」

「そうともいえないかも」


 悩んでいる私の頭にトキアの声が降ってきた。静かな声に顔を上げるとトキアは真剣な顔をしたままだった。


「アキラがセンジュカにいった通り、わざわざお狐を起こす必要なんてないんだよ。お狐が寝ている間に計画を進めた方がどう考えても楽でしょ。子狐ちゃんには深里の相手はまだ荷が重い」


 子狐様には悪いが否定できない。抵抗はするだろうけど、深里の圧に押され続けたら最終的には丸め込まれる気がする。


「えっ、じゃあ何で起こしたの?」

「それが分かんないんだって」


 私の言葉にトキアはすねた顔をした。


「センジュカが無理やり結界を壊したりしなければお狐はまだ寝てたはず。それなのにわざわざ起こした」

「結界を壊さなきゃいけない理由がセンジュカにあったってこと?」

「理由として考えられるのは山の結界だけど」


 トキアの言葉でリンさんと初めて会ったときのことを思い出す。山の境界線でリンさんは私に入れてくれといった。結界によってこの山には邪悪なものは入れない。だからリンさんは子狐様に身内だという印をもらった私に許可を求めた。しかしセンジュカにはその方法はとれない。今朝までは私たちに存在を気づかれないように行動していたはずだ。


「センジュカは正攻法じゃ山に入れないから結界を壊して、その結果お狐様が起きたってこと?」

「一番考えられる可能性はそれなんだけど……、そもそもなんでセンジュカと一緒に来なきゃいけなかったの。深里だけだったら普通に結界は通り抜けられたはず」

「言われてみれば……」

「深里がどこでセンジュカの存在を知ったのかわかんない」


 トキアは深く息を吐き出した。


「深里とセンジュカの接点なんてなかったのに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る