4-3 泣けない悪魔

「そんな頭おかしい奴を黙らせる方法、トキアは思いつく?」

「僕らが出来ることといったら、彰がいうとおり人数を集めることじゃないかな」


 空中で器用に足をくんだトキアは口元に手を当てて考えるそぶりをみせた。


「お狐は深里の提案には旨みを感じてるけど、深里を信用しているわけじゃない。そこが突破口になると思う」

「どういうこと?」

「同じ条件を提示してきた取引先が二つあったら、信用が出来る方を選ぶでしょ」


 トキアはにっこり笑う。中身が子供じゃないことは分かっているが子供の顔で言われると複雑な気持ちになる。

 私は顔をしかめつつ疑問点を口にした。


「お狐様は私たちのことも信用してないと思うけど」

 トキアは分かってないなー。としたり顔をする。


「子狐ちゃんは目覚めてからずっと僕らと一緒にいたんだよ。信仰がお狐が納得いくほど集まってないとはいえ協力してたっていうのは事実。ぽっと出てきたうさんくさい深里よりも信用できるでしょ」

「それって、深里と私たちの出せる条件が同じになった場合でしょ?」


 今のところ、お狐様にとっては深里の提案の方が魅力的だ。私たちは具体的な計画はない。アピール出来ることといったら今後も広報活動頑張りますということぐらい。それでお狐様が納得できていないからうさんくさい深里に負けそうなのである。


「だから頑張って、条件を五分五分までもっていかなきゃいけないんだろ」

「だから、その方法をどうするのかって話をしてるんですよね!?」


 口を挟んできたリンさんに半ギレで答えると私の剣幕に驚いたリンさんが黙り込んだ。ふだんであれば茶化してふざける所だが彰の今後がかかっているとなるとそんな気にならないらしい。なんとも言えない顔で黙り込んだリンさんを見てトキアがおかしそうにクスクス笑う。私はそんなトキアも半眼でにらんだ。


「さっきからずいぶん余裕そうだね。彰くんのピンチなのに」


 トキアは誰よりも彰が大事なはずだ。彰を助けるためだけに気が遠くなるほどの時間、生まれて死んでを繰り返した深里とは別方向で頭がおかしい奴だ。そんな奴が彰を生贄にすればいいとまで言われたのだ。もっと頭に血がのぼっていると思っていた。しかしトキアは意外にも余裕の態度。不気味なほどに。


「最悪、深里とお狐はたたり殺せばいいからねえ」


 トキアは笑顔でのんびりと、恐ろしい言葉を口にした。あまりに自然と吐き出された言葉は現実感がない。視界の隅でリンさんの表情が消えた。その反応をみるに冗談ではないらしい。


「……できるの?」

「できるよ」


 トキアは微笑んだまま、ハッキリと肯定した。分厚い面の皮の奥でなにを考えているのかは分からない。ただいざとなったらやるという本気だけはよく分かった。自然と手に力が入って、背中に嫌な汗が流れる感覚がした。


「気乗りしない感じだねえ。僕が二人を呪い殺せば問題はあっという間に片付くのに」

「……解決すれば過程はなにをしてもいいってわけじゃない。トキアもそう思ってるからすぐに実行にうつさないんでしょ」


 私の言葉にあいかわらずトキアは笑顔を浮かべていた。いくらじっと見つめてもなにを考えているのかまったく分からない。自分の身内を殺すことになにも思わないのか。それとも思っても表情にだしていないだけなのか。

 能面のように張り付いた顔は深里と一緒だ。こんなところで血のつながりを感じたくなかったと私は舌打ちした。


「……今更、身内だからとか、昔世話になった相手だからっていう人間みたいな情を持ってるわけじゃないんだけどね」


 元々人間だったはずのトキアは自分を化物のように語る。それは自分に言い聞かせているようにも思えて私は顔をしかめた。そんな私に考え事をしているトキアは気づかない。

 気づいてかすかに眉をよせたのは私たちのやりとりを見守っているリンさんだった。


「深里の行動には不可解な点が多すぎて軽率に動くのはちょっと怖いんだよね」

「……トキアでも怖いって感情あるんだね」

「そりゃまあ、僕も一応、意志をもった存在だからね」


 トキアはそういうと肩をすくめた。


「深里が僕を狙ったのは、僕らがそう仕向けたからなんだけど」

「……予想はしてたけど、ほんとにそうなの」


 あきれきった顔でトキアとリンさんを見る。

 トキアは素直に刺されて殺されるような性格じゃない。となればわざと刺されたんじゃないかとは考えていた。呪いをとく条件はトキアが彰より先に死ぬ事。それを聞いたあとでは逃げなかったのも納得がいく。トキアはできるだけ早く、彰が死を選ぶ前に死にたかったのだ。


「それにしたって、なんでわざわざ彰くんの前で死んだの。もっとやりようがあったでしょ」

「当時の僕8歳だよ。いくら中身は何回も生まれ変わってるおじいちゃんだとしてもさ、8歳の子供がとれる行動には限界がある。それに深里が最初に狙ったのは僕じゃなくてアキラだった」


 トキアの言葉に私は目を見開く。本当? と確認の意味をこめてリンさんを見ればリンさんは静かに頷いた。


「僕はリンに次期当主の判定をもらってたし、8歳の時点で神童ってもてはやされてた。次期当主の僕に取り入ろうとしてくる大人はすでにいたし、僕は母親に似てあまり体が強くなかったのもあって寝込んでることの方が多かった」


 今の姿からは想像できない言葉に私は驚いた。身軽に宙を浮いて動き回って、こちらをからかってくる姿と体が弱かったという情報が結びつかずに戸惑う。そんな私を見て、トキアは苦笑した。


「将来有望、しかし病弱。そんな子供を大人は放っておかないでしょ。向こうは病弱な子供を気遣ってただけなんだろうけど、僕からすれば年がら年中監視されてるような気持ちだった。彰にこっそり会いに行くのも大変だったし」


 ふぅっとため息をつくトキアは珍しく、心底うんざりして見えた。それくらいに当時の大人たちの目はトキアにとってありがた迷惑でしかなかったのだろう。


「そんな子供を狙うより、アキラの方が楽なのはナナちゃんだって分かるでしょ。もともとアキラは羽澤では存在しない扱いをされている双子の上だ。アキラの存在を知っている人も限られている。アキラが殺されたとしても羽澤は誰も困らない。文句もいえない。悲しむのは僕らの家族だけ。僕らの父親を嫌っている深里が狙うには絶好の相手だったのさ」


 それだけの理由で彰は殺されそうだった。その理不尽さに私は唇を噛む。深里が実の弟をなぜそこまで毛嫌いしているのかも分からない。その感情を息子である彰に向けたのかも分からない。理解したいとも思えない。それでも、深里の目的において彰がちょうどいい相手であったことはムカつくことに理解できてしまった。

 私の反応をみてトキアが眉を下げる。困ったような、トキアらしからぬ表情で私をじっとみつめている。


「なんで深里はそこまで彰のお父さんを嫌ってるの?」

「深里はリンが大好きだからリンが響を可愛がってるのが気に食わなかったんだよ」

「は?」


 まさかそれだけの理由で。そんな言葉が頭の中に響く。あまりの衝撃に口にだすことも出来ずにリンさんを見れば、リンさんは苦虫をかみつぶした顔をしていた。


「え、本当にですか?」

「嘘ついてどうするの。さすがの僕も深里のリン好きを把握したときは引いたからね。ここまで陶酔しちゃう子が生まれちゃったかーって」

 トキアはそういって肩をすくめた。


「百合はさ、父親としてなにも出来てないって響のことを責めてたけどさ」


 含みのある表情でそういったトキアはゆっくりとリンさんへと顔をむけた。それだけのことで可哀想なくらいにリンさんの体がこわばる。


「たしかに響がもっと早く決断できてたら変わったかもしれない。兄だから自分に危害を加えるはずがない。なんて甘ったれた幻想を抱かなければ、僕は生きていて彰も生きているハッピーエンドが迎えられたかもしれない。けど、響よりももっと責めなきゃいけない奴がいる」


 トキアはそこまでいうとリンさんに向かって笑いかけた。穏やかで優しい、トキアがリンさんに未だかつて向けたことのないような顔。どこか女性的にも見える表情をみた瞬間、リンさんから血の気が引いた。


「リンが響を甘やかさなければ、深里のこともちゃんとフォローして可愛がってあげれば。いや、そもそもリンが僕と関わらなければ、こんなことにはなってないんだよ」


 恨みの乗った声だった。関係ない私が震えるほどに。それなのに声も表情も穏やかで、それが不気味で仕方がない。リンさんはガタガタと震え始めた。それでもトキアは話すことをやめない。震えて怯えるリンさんを楽しげに見つめて呪いの言葉を吐き続ける。


「呪ったのは魔女。呪われたのは僕。お前はまったく関係ないのに、横から首を突っ込んで。勝負を散々引っかき回して長引かせた。だからこんなことになったんだよ。だから響は深里に嫌われて苦しんで、母さんも巻き込まれて、僕は死んで、彰はなにも分からないまま一人で残されたんだ」


 リンさんはじっとトキアを見ていた。目をそらせない。そらす方法を知らないかのように。顔は蒼白で今にも崩れ落ちそうだ。それでも壁に手をついてかろうじてたっていた。今すぐ声をあげて泣きたい。そんな顔をしているのに一滴も涙は出ていない。それが私には哀れに見えて、はじめてリンさんのことを可哀想だと思った。

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