4-2 魅せられし者

「さっそく私たちは商店街に行くわね」


 千鳥屋先輩がそういって立ち上がると小野先輩も続く。授業なんてものはなかったことになったらしい。なんの迷いもなく部室を出て行く姿は堂々としていて、とてもサボりだとは思えない。今回に限っては事情があるとはいえ、こうも平然とサボっていて二人とも進級できるのだろうか。


「私たちはどうする?」


 香奈が困った顔で私を見た。香奈としてはすぐさま動きたいのだろうが、先輩たちみたいに堂々と授業をサボり学校を後にする度胸はない。といってもいつまでも部室にいても作業は進まないし、図書室に行くとなれば先生に見つかって怒られる。

 いったん授業に戻って昼休み、放課後を待つか、学校を出て図書館まで行ってしまうか。


「彰、まだ絶好調でもないんだし、保健室で休んだ方がいいんじゃね?」


 次の行動を決めかねていると壁と同化していたリンさんが口を開いた。やっと話したと思ったら彰への気遣いというのが大変わかりやすい。

 リンさんの言葉に彰は顔をしかめた。そこまで弱ってない。と言いたいらしい。


「白猫カフェには携帯で連絡とれるだろ。るい経由でもいいだろうし、直接いかなくてもなんとかなる。彰が保健室いくならお前も付き添いって形でサボれるだろ」


 そういってリンさんが見たのは香奈だった。香奈は私? と驚いた顔をする。


「お前はいつも通りオカルトサイトつかって情報収集できるし、彰が回復したら図書室で風土記とかあさってもいい。何冊かはあるだろ」

「あるのは知ってるけど……」


 香奈はとまどった顔をする。風土記なるものが学校の図書室にあることを知っていることも驚きだ。私は全く知らなかったぞ。いつ把握したんだ。最初の祠の事件の時か。


「彰も一緒に読めばいい。お前だったらそいつとは違う視点で見られるだろ」

「そうかもしれないけど……」


 納得いかない。という顔で彰がリンさんを見ている。香奈も戸惑っているし、私も彰と同意見だ。今まで黙っていたのに急に口を挟んできたのか、しかも彰に地道な調査作業をさせようとしている。

 彰はずる賢いが根っこは体育会系である。動いていないと落ち着かない性分であることは今までの付き合いで分かっている。つまり彰に本をあさるという作業は向いていない。私よりも付き合いの長いリンさんがそれを把握していないとは思えない。


 それとも、リンさんから見て彰はすぐに休ませた方がいいほど疲れて見えるのだろうか。

 私は彰の姿をじっと見つめるが今すぐ寝かしつけなければいけないほど疲れているようには見えなかった。彰のことだから無理をしている可能性はある。昨日は散々な目にあったからもっと休んだ方がいいというのは分からないではない。

 しかし、このタイミングで提案する必要はあるのか。そう思いながらリンさんを見ると、リンさんが天井をチラリと見ていた。


 さきほどからずっとリンさんは天井を見ていた。穴が開くんじゃないかと言うほど。心ここにあらずなのかと思っていたが、そうではなく、天井を凝視する必要があったのではないか。


「彰くん、リンさんの言うとおりちょっと休んだら。まだ万全じゃないんでしょ」

「ナナちゃんまで!?」


 彰が裏切られたというような顔で私を見た。香奈も驚いた顔で私を凝視している。それほど私がリンさんの肩を持つのはおかしいのか……いや、おかしいな。自分で言っていてもおかしな行動をしている自覚はある。しかしリンさんがどうにか彰をこの場から引き離したい理由に気づいてしまったのだから仕方ない。


「彰くんしか深里と渡り合える人間いないんだから、体調崩されたら困る」


 私がわざと真剣な顔をつくると彰は納得いかなさそうな顔をしつつ頷いた。そこで頷くということは平気なふりをしているだけで、やはり万全じゃなかったなかったのだ。私の顔がつくりものから本当のあきれ顔に変わる。

 体調が悪いという暇もなかったのはそうだが、私たちだけになっても平気なふりを続けるのは彰のよくない所だ。


「深里もお前の動向をとくに気にしているはずだ。お前が下手に動き回ると向こうの警戒を強めるかもしれねえし、のんびり保健室で休んでるくらいでちょうどいいだろ」

「そうかなー? お前以外、眼中にないって感じだったけど」


 彰の言葉にリンさんが顔をしかめた。反論できないし、反論できないことが不快なようである。


「でもまー、お前の次に深里が警戒するなら僕に違いないしね……これからどうせ忙しくなるんだから、最初ぐらいのんびりするよ」


 彰はそういうとぐぅっと背伸びをした。黙ってやりとりを見守っていた香奈に「いこっ」と声をかけると立ち上がる。香奈はうなずきつつも私に視線を向けた。七海ちゃんはどうするの? と大きな瞳が聞いてきたので私は無言で天井を指さす。

 香奈は私の動作に首をかしげたが一拍間をおいて意味を理解したらしい。わざとらしいほどに俊敏な動きで彰の隣に移動すると手をとって、いこう保健室。と引っ張るように部室を出て行った。急にやる気をだした香奈に彰がとまどった顔をするが、そのまま香奈に引っ張られている。香奈に甘い彰は抵抗なんてしないだろうし、香奈が純粋な性格なのをしっているので疑ったりもしないはずだ。


 彰と香奈の足音が遠ざかっていく。十分に遠ざかるまで私もリンさんも耳をすませ、私たちの会話が聞こえない距離まで移動したと確認したところで息をつく。

 私とリンさんが天井を見上げたのはほぼ同時。私たちが顔を上げるのを待っていたかのように天井をすり抜けてトキアが姿を現した。

 幽霊だ。そう分かっていても天井から子供の手足や顔がすり抜けて現れるのはホラーでしかなく、私は思わず顔をしかめる。私と目があったトキアはにこりと笑う。怖くないよ。と私を気遣う笑顔ではなく、慣れろ。と威圧する笑顔である。

 彰といいトキアといい、この双子は笑顔のバリエーションが豊富すぎる。


「なにか情報つかんだか?」

「特には。深里は本気でここを更地にしてアキラを生贄にしたい。っていうのが再確認できたくらいかな」


 トキアはそういいながらニッコリ笑う。表情は笑顔だが空気が重い。副音声で「アイツ、絶対ゆるさねえ」という声が聞こえた。


「いつから戻ってきてたの」

「アキラを生贄にすればいい。なんてほざいてるあたりにはいたよ」


 トキアの笑顔が深くなる。そして空気も重くなる。部屋の温度すら下がった気がして私は腕をさすった。リンさんもブルリと震えたから私の気のせいではないようだ。


「よく黙って見てられたな」

「センジュカじゃなかったらたたり殺してやった所だけど、センジュカに呪詛は効かないし……」

「呪詛が効かない?」


 初めて聞く言葉に私はトキアを見つめた。トキアは頭上から私の目線あたりまで降りてくる。真面目に説明してくれるようだ。


「僕らの一族はずっと糞アマに呪われてたから呪詛耐性がある。って話はリンから聞いたでしょ」


 糞アマってもしかしてトキアたちを呪ったっていう魔女のことなのか。

 疑問が口から出かかったが、とりあえず頷いた。突っ込んだらトキアがどんな反応をするのか予想が出来なさすぎて怖い。


「センジュカは外レる前、羽澤の子だった。しかも本家直系で血も濃い。もともと呪い耐性が備わっていたのが外レて強化された。そのうえセンジュカが食べるのは呪詛」

「呪詛……」


 お腹にたまらないどころかお腹を壊しそうだと顔をしかめる。

 だが、食べるものが呪詛だと分かればセンジュカが洋館と相性がよかった理由も分かる。あの場所を深里が選んだのもセンジュカがいたからこそだろう。千代子にとって天敵といえるセンジュカが共に行動していれば深里には影響がない。トキアがどうにか出来ずに澤部さんに疑われても、センジュカに千代子を食べてもらえば問題は解決。深里は知らないふりをすることが出来る。

 深里は自分にとって都合がよい状況を整えてから私たちの前に姿を現した。そのことを改めて理解して私は背筋に冷たいものが走った。そこまでして深里は彰を生贄にしたいのか。彰の父親に嫌がらせがしたい。それだけの理由で。


「やっぱ、アイツ頭がおかしい……」

「僕の子供たちにはいろんな子がいたけど……」


 トキアはそういうとリンさんを見た。リンさんはトキアの視線を受けてなぜか体をこわばらせる。


「深里は一番、リンに魅せられちゃったね……」


 そういってトキアは長く息を吐き出した。そこには様々な感情が含まれているように思えた。

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