四話 死んだ悪魔と突破口
4-1 役割分担
残された期限は一週間。その間になんとかお狐様を納得させる方法を見つけなければいけない。私たちは今後の対策を立てるべく、椅子に座り顔を向かい合わせる。
百合先生は授業に出なければいけないため話し合いの結果は彰がメールで伝えることになった。去り際、絶対に送ってこいよ。と何度も念押ししていた姿から日頃の態度がうかがえる。
百合先生がでていってしまった今、私たちは堂々と授業をサボっていることになる。そんな状況を香奈すら気にする様子がなく、誰も席から立ち上がらない。
リンさんだけは椅子に座る気がないらしく壁によりかかっていた。
「まず商店街の協力は必須だね」
真っ先に口を開いたのはさすがというべきか彰だった。輪の中心に彰がいる。この状況に懐かしさと安心感を覚える。
といっても彰が戻ってきてもすべてが上手くいくとは限らない。その証拠に話し始めた彰の表情は険しかった。
テーブルにひじをつき、眉をつり上げた彰は苛立った様子でトントンとテーブルをたたく。彰が視線をむけたのは小野先輩と千鳥屋先輩。先輩たちは姿勢を正して彰に向き直る。その姿が真剣なために私の身も自然と引き締まった。
「子狐様の祠を建てる件は進んでる?」
「進んではいるけど、一週間以内は無理だな」
小野先輩が顔をしかめた。それに関してはどうしようもない。急ごしらえのお粗末なものを作ってお狐様に見せたところで納得しないだろう。それどころかバカにしているのかと激怒するかもしれない。
「お土産品とか作ってるんだよね?」
「あるにはあるけど、納得させるものとしては弱いんじゃないかしら」
千鳥屋先輩の言葉に彰はリンさんを見た。
リンさんは壁に寄りかかり腕を組んだまま天井を見上げている。その表情は険しい。期待できないという意思表示らしい。
「神様に観光客を呼べればそのうち信仰もあつまる。っていっても伝わらないかな」
「伝わらないんじゃない……」
観光客が増えたからといって本当に信仰が集まるかは正直分からない。商店街の人々はお狐様に感謝すると思うがお狐様がそれで満足するとは思えない。
プロジェクターの横でグラフなら何やらを解説する彰を想像してみた。人間相手だったら丸め込めそうだが、お狐様相手では難しいだろう。
「それにプレゼンは深里の土俵よ。向こうの方が経験も権力も地位ももってる。同じ土俵で戦うのは悪手だと思うわ」
千鳥屋先輩の言葉で、それもそうか。と彰は背もたれに寄りかかった。
先ほどのプロジェクター解説を深里に置き換える。たしかに高校生の彰よりも大人の深里の方が様になってる。
「ってなると、わかりやすく数でしめすしかないかな……」
「数?」
「デモってやつだよ」
彰が茶目っ気たっぷりにウィンクする。それに対して私は間抜けに口を開けた。
「そこまでやる?」
「逆にそこまでやらないで、どうやって勝つわけ」
そういいながら彰は背もたれに背を預けて肩をすくめる。こちらを小馬鹿にした態度は彰らしく、調子が戻ってきたのが見て分かるがムカつくものはムカつく。
「ここがなくなっては困る。そう示すにはわかりやすいかもしれないわね」
「お狐様としても宣伝活動により将来的な来客数が、とか言われるよりも見て分かる数の方が納得するだろうし」
千鳥屋先輩と小野先輩は彰の意見に肯定的なようで、戸惑っているのは私と香奈だけだった。リンさんに至っては話し合いに参加する気はないのか天井を見上げたままだ。なんのためにここにいるのか問い詰めたい。
「深里が権力者から攻めるなら僕らは数で押し切ろう。商店街の人に協力してもらう。あとは学校が廃校になる。ここら一体が更地になる。そう噂を流して反対派を集める。噂に関しては大げさにいっても構わない」
「そういうのはほんっと得意だね、彰君」
私があきれた視線を向けると彰はなぜか胸を張る。まったく褒めてないのだが。いや、現状では褒め言葉といえるのか。今のところ深里への対抗策はこれくらいしか思いつかないのだし。
「商店街で子狐様を支持しているというのも全面に出したいね。お狐様のことも忘れてないってアピールしないと……」
「となると、俺たちは商店街の人たちに協力を仰ぐために状況説明」
「あとは商店街以外の人にも協力してもらえるように人数集めね」
小野先輩と千鳥屋先輩が顔を見合わせて頷き合う。さすが話が早いし、息も合っている。
「お狐様と子狐様のことを知らない人のためにビラつくるのはどうかな」
香奈が控えめに手をあげた。彰がそれいいね! と指をパチンとならす。
「僕たちは民俗学研究同好会なわけだしね! 廃校と地域文化の紛失をさけるために活動する健気な高校生……大人の同情もバッチリだね!」
そういえばそんな部活だったなとか、そんなことを考えながら動く高校生のどこが健気なんだ。とか、色々いいたいことはあったけれど、口には出さない。この腹黒さに今、いや今も昔も助けられているのだから。
「白猫カフェに協力させるのはもちろんとして……日下先輩にも話し通したいな……重里も小宮先輩通せばなんとかなるか……」
彰が今まで出会った人物を指折り数えてあげていく。こうなったら総力戦。人手は多いほどいい。白猫カフェの従業員と日下先輩はともかく重里はそろそろ同情してきたが、彰に目をつけられたのが運の尽きと諦めてもらおう。
「白猫カフェへの根回しはるいに任せて、小宮先輩への交渉は僕がするよ」
「じゃあ日下先輩に相談は私がいく」
私が手をあげると彰はよろしく。と頷いた。
商店街は小野先輩と千鳥屋先輩が、ビラ作りと情報収集を香奈が担当することになった。日下先輩への相談が終わったら私は香奈と合流しようかと考える。香奈の状況によっては先輩たちへ協力にいってもいいかもしれない。彰は一人でも大丈夫。というか重里玲菜への根回しが私に協力できるとは思えない。
「叔父さんには教職員で味方になってくれる人がいないか探してもらおう」
「大人の協力者は多い方がいいよね」
「学校関係者なら尚更ね。僕らの後ろ盾が叔父さんだけっていうのは心許ないし」
ため息をつく彰。深里は理事長を配下においているわけだから、百合先生とは地位と権力が違いすぎる。いくら百合先生が抵抗しようとも最悪クビにされてしまったらどうにもならない。
「寮母さんに協力してもらえないかな……?」
「立場的に難しいかもしれないけど、話くらいは聞きたいね」
香奈の言葉に彰が頷く。寮母さんが協力してくれたら心強い。地元の人間だから私たちにはない人脈も持っているし、代々山を守ってきた家系。羽澤家のことを探っていたご先祖様の記録もある。さらに詳しい話を聞いたら深里やお狐様への攻略法が出てくるのではないか。私はそう思ったが、この場では口に出せない。
彰は羽澤家の秘密、自分の生まれた理由を知らない。それを本人に悟らせる訳にもいかない。自分が犠牲になればいい。なんて言い始める人間だ。受け入れられるとは思えない。
私はなにも言わなかったが、寮母さんに直接話を聞いた香奈と千鳥屋先輩も同じことを考えたらしい。お互いに目を合わせて神妙に頷く。小野先輩はちらりと私たちを見たものの無言。寮母さんからの話もトキアからの話も間接的にしか聞いていない小野先輩は気になることも多いだろうに知らないふりを貫いてくれる。その気遣いに感謝した。
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