3-5 センジュカの本音

「何をどういったのかは知りませんが、極力自分たちには関わるな。そういって特視を遠ざけ、利用までしたのではないですか? 羽澤家から失踪した戸籍のない人間をかくまうとなれば色々と手続きが必要でしょう」


 はっとした顔で彰がリンさんを見上げる。本当かと問いかける視線にリンさんは答えない。続いて百合先生に視線をむけると百合先生は難しい顔をしてリンさんを見ていた。


「特視はあなた方を監視する組織。小間使いでも便利屋でもないのですよ。これ以上好き勝手なされるのなら、こちらにも考えがありますわ。先んずはクティおよび、シェアハウスの住人はこちらで監視させて頂きます」


 センジュカの言葉にクティさんは何も言い返さない。ここに来るまでにその話はされていたのだろう。そしてクティさんはセンジュカの言葉にあらがう気がないらしい。センジュカがどのくらいの強さかは分からないが、少なくともクティさんよりは強いのだ。


「私としましては羽澤深里の提案にのり、山は更地にしてしまった方がよろしいかと」

「お前、やっぱり深里側なのか」


 小野先輩が怒気を強めるとセンジュカは聞き分けのない子供を見るような顔をした。


「深里側もなにも、公平に判断したまでのお話ですわ。私の仕事は説明しましたでしょう? 特視としましては眠っていた神が復活して力を取り戻すという展開は好ましくないのですよ。監視を強化しなければいけないうえ、こちら側には対抗手段がない。となれば穏便に弱体化してくださる羽澤深里に協力するのは自然とはいえませんか?」


 センジュカの言葉に小野先輩は口をつぐんだ。言い返す言葉がないのだ。私もセンジュカの言葉は筋が通っていると感じた。


「じゃあ、なんでわざわざ目覚めさせたりなんかしたの」


 彰の言葉にセンジュカ優勢だと思われていた空気が固まった。視線が彰に集まる。彰は眉をつり上げてセンジュカをにらみつけていた。


「組織の総意で深里に協力してるなら、なんで君だけがやってきたの? しかもわざわざ眠っているお狐様をたたき起こして怒らせるようなことしたの? そのまま眠らせておけば、こんな急いで対抗策をとる必要なんてなかったはずだ。そもそも洋館の件だって、一般人である僕らが近づいた時点で止めに入らなきゃいけないでしょ」


 彰の言葉に私は目が覚める気持ちだった。そうだ。その通りだ。お狐様を弱体化させるもなにも、最初から目覚めさせなければいい。子狐様ならばお狐様よりも交渉がしやすい。子狐様がやったように結界をさらにかけ、起きないようにする。その間にお狐様が納得するような信仰や環境を整えてしまえば良かったのだ。

 洋館だって彰がいった通り、一般人。少なくとも商店街ともリンさんとも関わりが薄い私と香奈がいる時点で止めなければいけない。


「深里もお前も、さっきからそれっぽい理論並べ立てて気持ち悪い。本音をいいなよ。建前なんてどうでもいいんだよ。本当は何が目的なわけ。何で僕らに近づいてきたわけ」


 彰の言葉にセンジュカは口角をあげる。笑みを形作る口元に反して目はまったく笑っていない。白い瞳がギラギラと輝いて、彰を見定める。それは歓喜に見えた。取り繕った仮面が剥がれ落ち、本性をむき出しに出来る事への純粋な喜び。その姿に私はぞっとした。


「ああ、さすがですねわ。本当に嫌なほどそっくりですわ。それはそうですわよね。双子ですもの!」


 双子という言葉に彰が固まる。それをみてセンジュカは嬉しそうに微笑む。


「バレてしまったようですし、教えて差し上げましょう。貴方がいったとおり、今までの話はすべて建前ですわ。本音はシンプル。私は貴方、いえ、貴方の弟が心底憎らしいのですわ」


 彰が目を見開いた。私も驚きで言葉が出ない。


「なんで、トキアが……?」

「分からないでしょう? 想像すらできないでしょう? 私がなぜ貴方の双子の弟を心底憎むのか。貴方の弟と私は接点すらないはずなのに! なぜこんなにも執着するのか! まったく貴方はわからないでしょう」


 センジュカはそういって笑うと彰を射貫いた。


「それが罪なのですわ。何も知らない貴方も。何も知らせなかった貴方の弟も。すべてを知っていながら今更偽善者ぶってるそこの悪魔も。全員等しく罪人なのですわ」

「彰はなにも……」

「何も悪くないというのであれば、誰が責任をとるのかしら?」


 口を挟んだリンさんにセンジュカは小首をかしげた。その動作は幼い。それなのに目が全く笑っていない。口角だけあがった人形のような姿でセンジュカは瞬きもせずにリンさんを見つめ返した。


「あなたがとってくださるの? 無理でしょう? だって貴方は自分が犯した罪ですら背負いきれていないのですから。であれば、罪は犯した人間が償うべきでしょう」


 センジュカはそういうとリンさんから視線を外し、彰を見た。


「ああでも、貴方が償うのは理にかなっています。だって双子の弟が犯した罪ですもの。双子の兄が償うのは素晴らしいことだとは思いませんか?」

「俺が……償う?」

「はいそうです。弟の罪を、貴方が償う。それで貴方の罪も償われます。とても素晴らしいことだとは思いませんか」

「ちょっと、何いって!」


 これ以上センジュカに話させてはいけない。そう思った私はセンジュカと彰の間に入ろうとした。しかしセンジュカはそれよりも先に決定的な言葉を口にする。


「貴方が山の神に捧げられればすべてが上手くいくのですよ」


 何言ってんだと百合先生が怒鳴る。小野先輩と千鳥屋先輩がかばうように彰の前にでて、香奈が彰の隣に移動した。全員がセンジュカをにらみつけている。しかしセンジュカは面白いものでもみるかのように目を細めた。


「なぜかばうのでしょう? そもそもが羽澤家が契約を守らなかったのが問題でしょう。羽澤家の直系であり双子の兄である貴方が捧げられるのが一番でしょう。長生き出来ない。生まれてきた価値もない。双子の弟の養分として死ぬためだけに生まれてきたのですから」

「なんで……」


 彰の声が震えている。目を見開き、体を震わせ、顔は青い。聞きたくない言葉を突きつけられた。それだけはよく分かり、私はセンジュカをにらみつけた。


「羽澤の双子の上はみな短命でした。耐えられなくなるのですよ。自分の醜さに。いつか他人を傷つけるかもしれない恐怖に。そうして皆命を絶ってきました。素晴らしいとは思えませんか? 自分の命よりも他人を優先したのです。今までの双子の上は皆そうして生きてきたのです。なのに、なぜ貴方は今も生きているのでしょう? 私は不思議で仕方がありません。貴方が今まで生きながらえてきた理由があるとすれば一つだけ。誰かのための養分となって死ぬため。そうではないのですか?」

「彰君、聞かなくていいから! あんな頭おかしい奴の話」


 私はとっさに彰の耳を塞いだ。それでどのくらいの効果があるかは分からないが、センジュカの言葉を真面に聞いてはいけないことは分かった。

 これは呪詛だ。真面に聞けば人を死に追いやれるほどの強い呪詛。

 私の考えは間違っていなかったらしくセンジュカは不満げに眉を寄せた。


「なぜかばうのでしょう。もともと死んでいたはずの子を。長く生きないはずだった子を。それが生まれるまでに何人の犠牲があったのか、あなた方はアレから聞いたのではないのですか? 聞いてもなおかばうのですか? 私にはまるで理解ができないですわ」

「そんなの彰君には関係ない。あなたにだって関係ないでしょう!」


 私の言葉にセンジュカはおかしそうに声をあげて笑う。関係ない。関係ないとは面白いですね。とお腹を押さえて長い髪を振り乱して笑う。その姿は恐怖としか言い様がなかった。


「私には関係ありますわよ。私が人間だったときの名前をお教えしましょう」

 センジュカは笑みを形作ったまま私たちを凝視した。


「羽澤華です」

「は……?」

「聞こえませんでしたか? 私が人間だった頃の名字は羽澤。つまりはそこの貴方は私と同じ血を引く、同じ一族。だから私には関係あるのです。同じく呪われて、その結果このように人ではない化物になってしまったのですから!」


 センジュカは両手を広げてクルリと回る。ロングスカートがふわりと揺れて、白い足が少しだけ見えた。白すぎるそれを見て私は死んでいるようだと思う。いや実際に死んでいるのかもしれない。羽澤の人間として生まれた少女の生は遠い昔に。


「私だけではありませんわ。羽澤に関わって人の道から外れた人間は他にもいます。責任をとるべきだとは思いませんこと? 理をゆがめられ、人ではない存在として生きなければならなくなった者に、慈悲はないのでしょうか?」

「いい加減にしろ!」


 ビリビリと窓ガラスが震えるほどの声でリンさんが怒鳴った。私はリンさんが怒鳴ったことに驚いた。一番付き合いの長いクティさんですら目を見開いている。

 ギロリとセンジュカを見たリンさんの目はいつもよりも一層赤く見えた。その瞳に私は血の気が失せた。センジュカの顔から表情が消える。これにあらがってはいけない。そう本能が警告をならしたのだろう。関係ない私が震えるほどの怒気だ。


「……私としたことが結論を急ぎすぎましたわね。期限はまだあります。せいぜい足掻いてくださいませ。結果は変わらないと思いますが」


 センジュカは先ほどまでの熱に浮かされたような饒舌が嘘のように淡々とした口調で告げると、ロングスカートの裾を持ち上げ優雅に一礼した。それからもう用はないとばかりにきびすを返す。カツカツとブーツをならしながら部室を出ていこうとしたセンジュカは最後に彰を見た。真っ白な目には何の色もない。それが余計に恐ろしかった。


「……ってわけなんで、今回俺たちは協力できない。悪いな」


 クティさんはそういうとセンジュカの後に続いてさっさと部屋を出て行った。本当に悪いと思っているのか、厄介ごとに付き合わなくてすんでラッキーと思っているのか、判断しかねる。しかし薄情と言えるような立場に私はない。クティさんもあの様子であればセンジュカに監視されるのだろう。


「……いざとなったらクティさんの力で戻って貰えばいいと思っていたが、退路を断ってきたな」


 小野先輩の言葉に千鳥屋先輩が頷いた。先読みややり直しがきくクティさんの能力は戦闘には向かなくても交渉ごとには適している。それが分かっているから協力出来ないように囲いに来たのだろう。


「本音がどうあれ、建前には正統な理由がある。あのシェアハウスが国営となれば、クティさんはおとなしく従うほかないでしょうね」

「逃げようとするそぶりがないところを見ると、センジュカの方が強いんですかね」


 そう思いながらチラリとリンさんを見る。リンさんは拳を握りしめたまま空中をにらみつけていた。らしくない。彰が倒れてからというものリンさんは不安定な所ばかり私たちに見せている。百合先生や彰ですら対応に困っているほどに。


「……センジュカは戦闘向きだからな。戦闘となったら逃げに適してるクティじゃ相性が悪い」


 気持ちを落ち着けるように長く息を吐き出しながらリンさんが答えた。未だに精神は不安定らしく髪をガシガシとかき乱し、普段余裕そうに弧を描いた口元は固く結ばれている。


「状況は不利だな……」


 百合先生の声が重い。

 状況を整理するとどうしてもそうなる。深里は理事長を強制的に従わせられる権力があり、羽澤家の直系という血筋がある。テーマパークが軌道に乗るかはともかくとして、お狐様を一時的に納得させる材料はそろえてくるだろう。一方こちらは打てる手がこれといって思いつかない。

 部屋の中を沈黙が満ちる。重たい空気をどうにかしようと私は周囲を見渡した。この状況をどうにかしようとみな真剣に考えているのが分かる。


「……俺が、生贄になったら」

 そんななか、らしくなく暗い表情をした彰がつぶやいた。


「全部解決するんじゃないか……?」

 震える体を必死に抑えつける仕草は、見ているだけでも痛かった。

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