3-4 特視
「忠告って一体なんの」
しびれを切らしたのは彰だった。彰にしてみれば今朝からわけのわからないことばかり続いている。目が覚めたら次の日だし、朝からセンジュカが乗り込んできてケンカを売ってくるし、学校には叔父という名の狂人がいるし、お狐様には契約が不完全だと文句をいわれるし。そのうえまたセンジュカの登場である。いい加減にしてくれという気持ちはよくわかった。私もいい加減この状況を整理したいので、これ以上の面倒事はごめんだ。
「簡単な話ですわ。今まで何かとこちらのクティ、マーゴに協力してもらっていたようですが、今回はそうはいきません。クティ、マーゴは特殊現象監視記録所の保護下にあります。勝手なことをされては困るのですよ」
「俺は保護対象じゃねえぞ」
クティさんが不満げな顔でセンジュカを見たが、センジュカはクティさんをチラリとみただけで視線を外した。
「好き勝手に施設を利用しておいて関係ないとは面の皮が厚いにもほどがありますわ。職員を脅していることも私は存じておりますのよ。あまりにも目にあまるようならば討伐対象です。私としましても幼い頃だけとはいえお世話になった方を滅するのは心が痛みますが、そういう態度でしたら仕方がありま」
「はい分かった! 大人しくしとけばいいんだろ!」
クティさんはやけくそ気味に叫ぶとリンさんを睨みつけた。あんたのせいだぞ! と訴えかけているがリンさんはクティさんを見てもいない。何を考えているのかわからない無表情で虚空を見つめている。それにクティさんは虚をつかれたような顔をした。
「特殊現象……? 何ですかそれ」
リンさんの様子も気にはなるのだが、それよりもセンジュカの言っている言葉が気になった。私の疑問を聞き届けたセンジュカが形の良い眉を寄せる。リンさんとクティさんに「話してなかったのですか?」と問いかけるがクティさんは目をそらし、リンさんは変わらず虚空を見つめている。その態度にセンジュカは額に手を置いて首を左右に振った。
「説明責任すら果たしていないとは嘆かわしい。だからあなた方はダメなのですわ。そちらの方々もこんな愚かで劣悪な者たちと関わるのはやめて、私と共に生きましょう。悪いようにはしませんよ」
「あんな頭のおかしい人間と協力しているような奴に言われても説得力がない。洋館の監視をしていたのはお前だろ」
小野先輩の言葉にセンジュカは笑みを浮かべた。よく分かりましたねと出来のいい子供を褒める大人の顔だ。その表情に私は既視感を覚えた。
「ええ、貴方の御想像の通り。あなた方が洋館に入っていくのを監視していたのは私です。一応いいわけをさせていただきますと、本当にまずい状況でしたら助けるつもりではいたのです。私とあそこは相性がいい。とてもいい餌場でしたから」
本当は私が食べてしまいたかったのですが。と残念そうにつぶやくセンジュカをみて私は血の気が失せた。あのおぞましい空間と相性がいい。餌場と称する神経がまるで分らない。やはりコイツもおかしいのだと私は警戒を強めた。
「そうですねえ、まずは私の仕事から説明いたしましょうか。どうやらそこの2人は巻き込むだけ巻き込んで、説明責任を果たしていないようですから」
そういいながらセンジュカはチラリとリンさんクティさんを見た。それからすぐに私たちに視線を戻すとにこりと笑う。深里に比べれば人間味のある綺麗な笑みではあったが、白い肌に白い髪。色味がないためにどうにも冷たい印象が強い。
「特殊現象監視記録所。通称、特視と呼ばれる組織が昔からひそかに存在しているのですわ。仕事内容はそこにいるリンやクティのような外レ者の監視、調査」
「外レ者……?」
「それすら説明していないのですか」
センジュカはあきれた顔をして息をはく。額に手をおき首を左右にふる姿が誰かと重なる。誰だろう。考えてはみたが確信に変わる前にセンジュカが話し始めた。
「外レ者とは私たちのように世界の理、人間の理から外れた者をしめします。リンもクティも私も、人間という枠組みからは飛び出した世界の異物なのですよ」
センジュカはそういうとなぜか彰をじっと見つめた。彰は眉をつりあげてセンジュカを見返す。それを見てセンジュカは笑みを深めた。笑顔を形作ってはいるが、可哀想に。そう嘲るような笑みだった。
「そうした存在を一般人から隠す。被害を出さないように調査し、記録し、時に交渉し、情報を後の世に残す。それが特視の仕事です。その仕事の手伝いを私はしているわけですわ」
「外レ者が外レ者を調べるんですか?」
私の影から少しだけ身を乗り出して香奈が聞いた。その点については私も気になっていた。
「いえ、私は元人間なので特視に協力しているだけで、多くの職員はただの人間ですよ。私が特殊な例といえますわ」
元人間という言葉に私の体は硬くなった。マーゴさんと同じだとすると、センジュカは何がきっかけで人ではなくなったのだろう。マーゴさんが人ではなくなった経緯を聞いた後では、ろくなことではないような気がする。
センジュカに向ける私の視線が変わったのを感じ取ったようにセンジュカは笑みを深めた。それはこれ以上踏み込むなと線を引くようでもあり、同情されるいわれはないと怒っているようでもある。つまりは何を考えているのか私には全く分からなかった。
「マーゴさんが国に保護されてるって前にいってた……」
ぽつりと香奈がつぶやくとセンジュカの視線が香奈へと動く。香奈はびくりと体を震わせた。白く、美しいセンジュカは人形のようで動くだけで妙な迫力がある。
「新人の方が先輩よりもちゃんと説明をしているとは、なんて嘆かわしいことでしょうか。年齢だけ重ねてまったく学ばず、今もふらふらしているようなダメな者たちに説明を求めた私がそもそも間違っているのでしょうか」
ふぅっとセンジュカはため息をつく。クティさんが眉間にしわをよせたが全くの無視だ。リンさんは先ほどから石像のように動かないので、もはや使い物にならない。リンさんがフリーズするのにもだんだん慣れてきた。フリーズするきっかけに関しては全く分からないが。
「こんな面倒ごとに巻き込まれたあなた方なら分かるでしょう。私たちのような存在が好き勝手に動き回っては困ると。ただでさえ今の時代、私たちのような存在は妄想や作り物として扱われています。それが実在し、時には人間を脅かす。そんなことを知ったら社会が混乱に陥るのは明白ですわ」
「そうならないように食い止めるのが特視の仕事ということですか?」
「食い止めるというよりは、おとなしくしておいてくださいとお願い、交渉するお仕事ですわね」
国家機関といいつつ、なんとも下手にでた提案だ。頼りないと思ったが、相手を考えると仕方がない気もする。多くの職員は普通の人間だというし、センジュカのように対等に会話出来る存在の方が少ないのだろう。
「それで、なんでその組織がいきなり絡んできたの」
彰の不機嫌な声にセンジュカは視線を向ける。機嫌が悪い姿を見てなぜか嬉しそうだ。そんなセンジュカをみて彰は気味悪げに顔をゆがめた。
「お可哀想に。本当に何もしらないのですね」
「どういう意味……?」
「私たちが外レ者を監視しているということは、当然、リンが居座っていた羽澤家、特殊なものを食す集団が暮らすシェアハウス、外レ者と共存する商店街、そしてお狐が眠るこの山も監視対象ですわ」
センジュカの言葉に私は息をのんだ。言われてみれば当たり前だ。外レ者と呼ばれる人外を監視する組織があるというのであれば、その中でも上位に位置していると思われるリンさん、お狐様を監視していないはずがない。
「ってことは、今までの私たちの行動は全部しられてたということ?」
「ある程度の動向はつかまれていたのではないでしょうか。私は別件で離れていたので詳しいところは知りませんが」
センジュカは不満そうに吐き捨てた。
「しかし、動向を探るにしてはリンもクティも自由に動けすぎている。一般人であるあなた方がこれほど関わっているのもおかしな話ですわ」
そういうとセンジュカは私、香奈、千鳥屋先輩、小野先輩、百合先生を順番に見る。彰に関して視線を向けなかったのは偶然なのか、意図的なのか。
「となると答えは一つ、リン、うちの職員を脅しましたわね?」
センジュカの綺麗な笑みにリンさんは答えなかった。ただじっとセンジュカを見返している。それが答えとも言えた。
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