3-2 本音と建前
「それにしてもなんでテーマパークなんて突拍子もないことを言い始めたんでしょう」
小野先輩はそういいながらリンさんを見た。深里が何を思ってあんなことを言い始めたのかまるで理解できないという顔だ。それに関しては私もよく分からない。山をわざわざ更地にしてテーマパークにするなんて大がかりな計画、深里に利益があるとは思えない。
「テーマパーク計画は目覚めたばかりで現代の事情をよくわかってないお狐を納得させるためにいったんだろうな。よく分からないまま聞こえがいい言葉で納得してくれたら、学校を潰せて彰に嫌がらせが出来る」
「規模大きいわりに目的嫌がらせって」
あきれた顔をした彰に私も同意した。かかる手間に比べたら成果が小さすぎる。
しかしリンさんの表情は真剣だ。
「嫌がらついでに面倒な問題も片づけて、それを手土産に羽澤に帰るつもりなのかもしれねえな……未だに深里の信者は多いって聞くし」
「あんなのに信者いるんですか……」
容姿は整っているし、声も柔らかい。それでも聞いていると寒気がしてくる。いくら表情を取り繕い、柔らかい声や話し方をしたとしても造り物だと分かってしまえば不気味でしかない。
私の心を読んだのかリンさんはため息をついた。
「皆がお前みたいに勘がするどいわけじゃないからな」
その言葉で私が深里に感じた違和感は分かる人にしか分からなものなのだと理解した。しかしどうにも納得できない。あの強烈な違和感を感じずに流せる人間がいるなんて。
「面倒な問題って……羽澤家からみて、この山はそれほど重要度が高くないのでは?」
「高くないってことはあってもなくてもいいってことだろ。羽澤家は金銭的にも余裕があるからやる意味は分からなくても、昔からの仕来りってことで学校の維持を続けてきた。それがもう必要ないって分かったら止めるだろ。金の有効な使い道なんて他に沢山あるんだ」
リンさんの言葉に千鳥屋先輩が難しい顔をして黙り込んだ。
立地が悪い学校に子供を呼び込み続けるのにはそれなりに宣伝も必要だし、学校の維持費もかかる。そこまでして呼び込んでいた生徒はお狐様の要望通りとはいかなかった。だからといってお狐様の要望通りの小学生や幼稚園児を連れてくるとなると、さらに経費がかかるのは私でも想像ができる。山の上という立地上、小さな子供を連れてくるとなれば道の整備やスクールバスの手配、新しい校舎の建築などやらなければいけないことは多いのだ。
「呪いがとけた今、お狐に頼んだ土地の浄化も必要ない。長年呪われた土地に住み続けた羽澤の血筋には呪い耐性ついてるし」
「えっ、そんな耐性ついてたの」
彰が驚いた顔をして自分の体を見る。香奈が一瞬目を輝かせたが、すぐに喜べる状況じゃないと気づいたらしく何ともいえない顔で口をつぐんだ。我慢が出来るようになった香奈の頭をとりあえずなでておく。
「その時点でお狐は用済み。維持費がかかる山と、羽澤の知られたくない事情をしっている関本家。一緒に片づけられるなら都合がいいとでも考えたんだろ」
「ここを更地にしてしまえば関本家を羽澤から切り離すきっかけができる」
「それによりお狐も弱体化させられる……あの男、ずる賢いな」
千鳥屋先輩と百合先生の言葉にリンさんはその通りと答えた。それに疑問の声をあげたのは香奈だった。
「山を更地にするとお狐様は弱くなってしまうんですか……?」
「お狐様はこの山を守る土地神だ。土地から離れたら弱くなるんじゃないか」
香奈の質問に答えつつ百合先生はリンさんへと視線を向けた。自分の考えが間違っていないか確認をとるためだろう。リンさんは百合先生の視線にうなずく。
「百合の言うとおりだ。お狐は土地神。元は妖怪だから土地から引き離しても死ぬわけじゃねえけど現状一番力を発揮できるのは長い間寝床にしてて信仰ができあがってるこの山。また別の場所で一から土台を作るのは大変だろうな」
「それなのにお狐様はこの地から離れることを考えたのか?」
小野先輩と同じことを私も疑問に思った。リンさんの話を聞くとお狐様が深里の提案にのるメリットはないように思える。いくら大好きな子供をたくさん集めてくれると言われても、それにより築き上げた信仰がゼロになるのであれば割に合わない。子狐様に対して甘いと怒っていた姿から見ても、信仰が減り弱体化したことに関しては不満を覚えているようだ。
「お狐は無垢な子供は可愛がるけどな、人間は信用してねえんだ。子狐みたいに人を信じて待っていればいつか報われる。なんて全く考えてねえ。もはやここはお狐にとって過去の栄光。新たな住処を深里が用意してくれ、そちらの方が自身が回復出来るっていうならそっちをとるだろうよ」
「本当に用意してくれるか怪しいもんだけどね」
彰の言葉に私は同意する。聞こえのいいことを言っていたが、本当に用意するのか疑問は残る。そもそも深里は失踪していたはずだ。いくら羽澤の人間だといっても数年の間姿をくらましていた人間がホイホイとテーマパークなど作れるものなのか。
「お狐も完全に信用してるわけじゃねえよ。とりあえず提案にのって、深里が契約を守ったら良し。守らなければ深里食って次の住処探すだろうよ」
「そんなあっさり食べられるんですか!?」
「当たり前だろうが、お前らが相手にしてんのは神だぞ」
リンさんは無表情で私たちに告げた。部屋の温度が下がった気がして私は息をのむ。
どこか軽い気持ちで人外と付き合ってきた私の気持ちを変えるには十分な冷たさだった。香奈はかすかに青ざめている。商店街でクティさんたちと付き合いの長い小野先輩や千鳥屋先輩、幽霊が見える彰や百合先生は分かっていたのか無言だった。それがリンさんの言葉が正しいと肯定している。
初めて私が遭遇した人外、子狐様は優しかった。祠を壊した尾谷先輩ですら殺したくないと葛藤するような優しい人外だった。それをお狐様は甘いと言った。
クティさんとマーゴさんも人ではない存在としての異質さを感じはしたが、私たちを食い殺そうとはしなかった。けれどそれは彰がいたから。リンさんが私たちを食べないようにとクティさんとマーゴさんに言っていたから。そうじゃなかったとしたら私たちが無事でいられたかどうか、私には分からない。運が悪かったら、彰と出会っていなければ私たちはクティさんやリンさんに食べられていたのかもしれない。
一番最初に目覚めたのが子狐様ではなくお狐様だったら、私たちは今ここにいなかったのかもしれない。そう思ったら背筋が冷たくなる。
「子狐はお狐がいう通り甘い。あれが生き残れたのはお狐の娘だったからだ。じゃなかったらとっくの昔に食われて養分にされてただろうよ」
リンさんの言葉はあっさりしていた。子狐様に対してなんの情も感じない。弱い奴が食べられて消えるのは当たり前。そう思っているのだと伝わってきた。
「だからお狐に交渉するっていうのは命がけだ。一度信用を落としてるから向こうもすぐに信用しねえだろうし、契約が上手くいったとしてもその後信用を落としたら食われる」
「深里……さんはそれが分かっていてもお狐様と契約するつもりなんですか」
羽澤家の人間である深里は契約のリスクをしらないとは思えない。リンさんを悪魔として受け入れてきた一族だ。生贄となる覚悟は出来ていると平然というような人間だ。きっとお狐様と契約することによって生じるデメリットも理解している。
そこまでしてお狐様と契約するメリットが深里にあるとは思えない。深里は羽澤を出て失踪していたのだ。リンさんは面倒事を片づけたことを手土産に羽澤家に帰るつもりだろうと言っていたが、そんな面倒なことをしてまで帰りたがるほど羽澤家に深里が執着しているとはとても思えなかった。
深里が執着しているのはどう見てもリンさん。そしてリンさんはすでに羽澤家にいない。リンさんがいるのは彰の隣。となれば、深里が執着しているのはリンさんと彰であり、羽澤家の事情は深里の行動が正統性のあるもののように見せかけるための建前。本音はリンさんが最初に言った通り、彰に対する嫌がらせでしかないのだ。
「そこまでするほど深里さんは彰君が嫌いなんですか」
私の問いにリンさんは押し黙った。それは肯定したようなものだ。
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