三話 羽澤の血と罪悪感
3-1 血縁者
理事長室から出た私たちは止めていた息を吐き出した。
百合先生ですら重い息を吐き出すと頭をガシガシとかき乱し、どうしたものかと元々険しい目つきをさらに険しくしている。小野先輩、千鳥屋先輩、香奈ですら殺気だつなか、意外なことに彰だけは静かだった。
いつになく表情がない彰が何を考えているのか、私には分からなかった。彰がこの中では一番困惑しているのかもしれない。初めて会った叔父に罪を押しつけられ、しまいにはお狐様に生贄として捧げられようとしている。兄や弟といったリンさんとお狐様の会話だって彰には意味がわからなかっただろう。それでも、それが自分と関わりがあることくらい聡い彰は気づいているはずだ。
きっと彰なりに状況を整理しているんだ。そう思った私は彰を放っておくことにした。私だって何をどうしたらいいか分からない。彰も考える時間は必要だ。
ということで別の人にたまりにたまった怒りをぶつけることにした。
「……あんな強烈な人だなんて聞いてないんですけど」
最後に理事長室から出てきたリンさんをにらみつける。深里は私たちはさっさと出ていけ。という空気を隠さなかったくせに、リンさんには異様に同席を進めた。リンさんがかばっている彰を生贄に捧げるといった直後にだ。神経が太いを通り越しておそらく通っていない。
あれが彰の叔父。それだけで彰に同情してしまう。
「羽澤にいた頃はもうちょっと人間の皮かぶってた気がするんだけどな……」
「つまりは元々異常者じゃねえか」
百合先生が険しい顔でリンさんをにらみつけた。リンさんがそうともいうな。と視線をそらす。いつものリンさんらしからぬ反応を不思議に思った。
「リンさんと深里ってどういう関係なんですか。リンさん深里にはやりにくそうですよね」
「……お前の観察眼こわい」
リンさんがわざとらしく肩をふるわせて見せた。そういう茶番いまはいらないからとにらみつけると、リンさんは肩を落とす。
「……うーん、どっから説明すればいいのか……っていうか、お前ら授業は?」
「この状況で授業いく気になると思います?」
出席したところで気になって授業に集中できないことは間違いない。教師である百合先生ですら早く授業にいけと言わない異常事態だ。
「俺も時間がある。話をするならさっさと済ませるぞ」
そういうと百合先生は逃がさないとばかりにリンさんの腕をつかんで歩き出した。ドナドナよろしくリンさんが引きずられていく先は昇降口の方向。
「どこいくんですか?」
「部室」
百合先生の一言に私は納得した。日下先輩に提案された時は何を考えているんだと思ったが、今にして思えば部活を作ったのは正解だった。お狐様が目覚めた以上、祠の前はお狐様の領域だ。そこに私たちがのこのこと訪れたら何が起こるか分からない。
それは子狐様の様子を見に行けないということも意味していたが、子狐様を心配する気持ちはぐっとこらえた。私には何もできない。それは悔しいけれど紛れもない事実だ。
授業中の部活練は静まりかえっていた。いつもと違う空気に香奈がそわそわと落ち着かない様子を見せる。本来であれば授業中。香奈も私も初めてのサボりである。サボり常習犯である彰、小野先輩、千鳥屋先輩はまったく気にしていないらしくさっさと人数分の椅子を用意してテーブルに並べた。
授業をサボるという行為になんの罪悪感も抱いていない態度を見て百合先生の眉間にしわがよる。しかしそこで動じるような神経をしていたらこの学校でサボりなんてするはずもない。百合先生の強面を軽く流して、飲み物がほしい。なんて雑談をしている始末。
しかしサボりを黙認した手前、百合先生も何もいえないようだ。深々とため息をつくと彰たちが用意した椅子にどっかりと腰を下ろした。
私と香奈も定位置に座る。彰たちよりも堂々とした振る舞いをする気にはなれなかった。私と香奈がサボり初心者ならば彰たちは上級者。レベルが違うのである。全く尊敬はできないが。
「聞きたいことはたくさんあるが……」
私たちが座ったことを確認すると百合先生はリンさんに意味深な視線を向けた。
リンさんは椅子に座るという選択をせずドア付近の壁に寄りかかっている。素直にテーブルにつくと針のむしろにされるとでも思ったのかもしれない。しかし、今も全員の視線はリンさんに注がれているため結果は変わらない。リンさんは居心地悪そうに眉をよせると、やけに堂々とした態度で腕組みをした。気持ち負けしないための意地だろう。
「百合が聞きたいことは検討がつくけどな、まずは深里だろ」
その返答に百合先生の表情が険しくなる。それでも何もいわない所を見ると、リンさんが言っていることはもっともだと思ったのだろう。
百合先生が聞きたかったのはお狐様とリンさんが話していた呪いの話だ。彰はそれに関係があるのか、百合先生の妹さんは知っていたのか。それを百合先生は知りたくてたまらないだろう。何もわからないまま、ただ妹の望みだからと彰を育ててきたのが百合先生だ。
それでも百合先生は私用よりも教師、大人としての立場をとった。自分の疑問よりも彰や私たちの不安を取り除くのが先だと自分の欲求を抑えたのだ。顔は怖いがなんて立派な大人だろう。そう私は驚くと同時に、リンさんは百合先生ならばこちらの選択をとると分かっていて、あえて話をそらしたのだと気付いてしまった。出来ることならこのまま話をうやむやにしてしまいたいという本音も。
「深里様の提案はリンさんからみて本気だと思いますか?」
黙り込んだ百合先生をみて千鳥屋先輩が手を上げて質問する。リンさんは千鳥屋先輩が話題を変えてくれたことに少しほっとした顔をしたが、すぐに難しい顔をした。
「どうだろうな。アイツは言ってることと思ってることが昔からバラバラだ。それに俺がいることが分かってるんだ。姿が見えなくても聞こえる位置にいることを想定してブラフかけていた可能性はある」
「心を読まれないようにですか……?」
「あんな涼しい顔して、姿見せる前はリン様とお会いしたいってずっと思ってたし、、出てったらお会い出来て嬉しい。ってずっと思ってた。わざとらしすぎる」
リンさんはそういうと顔をしかめて両腕をさすった。リンさんも気味が悪いと感じているようだが私もどん引きだった。リンさん以外も全員顔をしかめている。特に彰と百合先生の叔父、甥コンビがひどい。干からびたミミズでもみるような顔をリンさんに向けていた。
「アイツ、本気でお前のこと好きなの……?」
心の底から引いた顔で彰が聞いて、すでに離れているリンさんとの距離をさらに離そうとする。それに慌てたのはリンさんで、俺は悪くねえだろ! と必死に主張していた。
私からみればあそこまで重度の精神異常者を生み出したリンさんも同罪だと思う。彰も私と同じ意見に違いない。
リンさんが彰に注目していることをいいことにさりげなく椅子を引き、リンさんから距離をとった。空気感染したら困る。
「あれは俺を誘い出すためか……、俺が出てこないようにするため……?」
「結局お前に会いたいのか、会いたくないのかどっちなんだ」
「深里の個人的都合でいったら俺に会いたいけど、実際に俺が出てきて彰に協力されると面倒だから出てきてもほしくないって所じゃねえかな……」
リンさんはそういうと深々とため息をついた。その説明だけで深里という人間が実に面倒くさい人であることはよく分かった。悪霊とかしていた千代子がまだ可愛く思える。昨日は散々頭を悩まされたというのに、もう遠い過去のような気持ちだ。
「深里からすれば俺が出てきても、出てこなくてもどっちでも良かったんだろうな……。あそこで会えなくてもどこかで俺にコンタクトはとる気だったんだろうし」
「すごい自信だね」
「あの言動見ただろ」
彰の言葉に心底疲れた顔でリンさんは答えた。彰もリンを見るなり土下座した深里を思い出したのかしょっぱい顔をしている。
「……あの人本当に僕の叔父さんなの?」
「間違いなくお前の叔父さんだぞ」
リンさんの言葉に彰が初めてみる顔をした。綺麗な彰の顔が歪んでいる。そんな顔もできたのかと感心するほど「嫌だ」と表情だけで語ってみせた彰にリンさんはなんともいえない顔をした。
どんなに彰が嫌だと拒否しようと血のつながりはどうにもできない。顔だけみたら彰と深里はあきらかに似ている。彰の父親である羽澤響ともそっくりだ。
それが薄気味悪いとも私は思った。顔の造形は近いのに、深里には彰のような人間らしい表情がまるでない。どうしたらあんな人間ができあがるのか。想像してもまるで分からない。それが余計に私の気持ちを重くさせた。
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