2-2 大人と子供
「言いがかりにもほどがあります! 失礼じゃないですか!」
思わず私は声をはりあげた。私の言葉に理事長が目をむき慌てて止めようとする。それでも私は理事長を無視して深里をにらみつけた。そんな私を見ても深里は笑みを浮かべたままだった。
「元気なのは子供の特権ですが、そろそろ大人の品を身につけなければいけない年頃でしょう。大人の話に割って入っていいものではありませんよ」
「この場に私たちを招いてくださったのは深里様ではありませんか」
静かに私を非難する深里に対して援護してくれたのは千鳥屋先輩。私たちをかばうように前に出た千鳥屋先輩は微笑みを浮かべている。落ち着いた着物姿であることもあいまって頼もしい大人の女性に見えた。
「大人の話に私たち子供が入っても問題ないと判断したからこそ、私たちの同席を許してくださったのではないですか? それなのに口を挟むなというのは、大人としていかがなものかと」
「君はたしか千鳥屋の」
「はい。千鳥屋家当主の三女、千鳥屋花音と申します」
綺麗な礼をみせる千鳥屋先輩を見て誰よりも驚いたのは理事長だった。学校で一二を争う問題児が礼儀作法を心得ている事実。それ以前に普通にしゃべれること自体に驚いている可能性もある。
「噂は聞いていましたがずいぶんと美しい瞳をお持ちで。古き伝統ある家柄だというのにわざわざ海外から奥方を連れ帰られたことだけはありますね。和服ではなく洋服の方がお似合いなのでは?」
「もちろん洋服だって好きですよ。けれど私は日本人ですので古き伝統を持つ和服も大切に思っております」
「半分だとしても日本人と名乗れるのですから良い時代ですね」
「あらあら、深里様とあろうお方が血筋などをお気になされるのですか? 羽澤家は革命的で、実力主義だとお聞きしましたが、どうやら勘違いだったようですね」
ニコニコと笑みを浮かべたまま千鳥屋先輩と深里は嫌みの応酬を続けている。口を挟もうとしていた彰と百合先生は引いた顔をしているし、理事長は真っ青。香奈は深里と千鳥屋先輩の間に吹き荒れるブリザードに身を震わせ、小野先輩は完全に深里を敵だと認識したらしく鬼のような形相で深里をにらみつけている。
「さっきからうるさいぞお前ら。人間の事情など私には関係ないとさっきも言っただろうが」
終わらない応酬にしびれを切らしたのはお狐様だった。いつの間にか生えていた尻尾がビタンとテーブルをたたく。ぎろりと深里と千鳥屋先輩を睨んだ眼光は冷え切っており、これ以上騒ぐようなら食い殺すぞ。という副音声が聞こえた。
「申し訳ありません。お狐様を前に見苦しい所をお見せしました」
それでも深里の態度は変わらない。彰でも眉を寄せたお狐様の剣幕にまったく動じた様子を見せない深里にお狐様の眉間にしわが寄る。それでも深里は表面上は柔らかい笑みをうかべたまま、お狐様に向き直った。
「ですが信じていただきたいのです。お狐様の眠りを妨げたのは私ではありません。同じ事を繰り返して申し訳ありませんが、私には霊能力といったものがありません。よってお狐様の眠りから起こすことは不可能です」
「では何故ここにいるんですか」
「それはあちらの子供たちが私が所有する洋館に勝手に侵入したので、理事長にご報告をしようと」
「はあ?」
彰が思わず声をあげる。私も声に出さないだけで彰と同じ気持ちだった。何言ってんだコイツ。という顔で深里を見るが、深里はただ微笑んでいる。もしかして笑顔以外の表情がないのではと思うほど、全く表情が動かない。
謝罪って話はどこにいった。
「ちょっと待ってください。丘の上の洋館の話なら、あそこは関本家。理事長の所有物ですよね?」
私の言葉に理事長が何故それを。という顔をした。
「ええ。羽澤家が関本家に管理をお願いした建物ですね。ですがこの間理事長に権利を返していただいたのですよ」
そうですよね? と深里が理事長に同意を得ると理事長は頷いた。
それにより関本家が管理していた洋館がいつのまにか売りに出されていた謎が解けた。元々羽澤家のものなのだから返せと言われたら返すほかない。元々曰く付きの場所。理事長としても手放したかったはずである。
「知り合いに古い建物や骨董品が好きな方がいらしたのでちょうどいいと思ってお売りしたんですよ。土地を余らせていてももったいないですし」
「あの場所は曰く付きだって知ってたでしょ!」
彰の言葉に深里は首をかしげた。
「噂は聞きましたが、あくまで噂でしょう? 私も一応みにいきましたが変わったところはありませんでしたよ」
にこやかに笑う深里の表情は変わらない。それだけに嘘なのか本当なのか判断がつかない。しかしあの場所にいってあの異常性に気づかないことなどあるのだろうか。元々は羽澤家が所有し、管理が面倒だからと関本家に押しつけたものだ。いくら年数がたっていたとしても詳細を知らなかったとは思えない。
深里は嘘をついている。そう私は確信した。
けれど深里は私たちが気づくことも想定済みだったようで変わらぬ笑みを浮かべている。
「関本さん、洋館にいったことはありますか?」
「管理していた土地ですから、一応はと幼い頃に父に連れて行かれたことがあります」
「そのとき、噂に聞くような怪奇現象に遭遇しましたか?」
「いえ。不気味だなとは感じましたが、父からあの洋館の曰くを聞いていましたから……それで怖いと感じただけかもしれません」
理事長は腕をさすりながらいう。その返答に深里は満足げな顔をした。
「念のためにお祓いもしてもらいましたし、問題ないと思って澤部さんには洋館をお売りしたんです。その後に体調を崩されたのは……正直私には何がなんだか。マタニティブルーというものでしょうか? 何にせよ病院を紹介するつもりではいたのですよ? その前に、勝手にこちらの生徒さんたちが洋館に侵入したようで」
深里の言葉に理事長が驚いた顔をして私たちを見る。その目には隠しきれない非難の色があった。
「私たちは澤部さんに相談されて!」
「子供である君たちに?」
声をあげた香奈に穏やかな口調で深里が問いかける。
「まさか澤部さんがいわくつきの洋館が怖いからと高校生に調査を依頼したと君はいいたいのかな?」
「その通りです」
深里のプレッシャーにおされて口をつぐんだ香奈。それに変わって言葉を続けたのは小野先輩だった。もともとは小野先輩が持ってきた話なだけあって、小野先輩の表情に揺らぎはない。
しかし深里は眉を寄せた。
「とても信じられない話ですね。澤部さんは立派な大人ですよ。幽霊を怖がるような年齢でもない。ましてや未成年に深夜の洋館を見に行ってくれなどと頼むような人ではありえない」
深夜という言葉に私は息をのんだ。彰と百合が眉を寄せる。
何で深里は深夜に私たちが洋館に行ったと確信を持って言えるのだろうか。
「私の知人も洋館の様子を見に行ってくれたのですがね、ちょうど昨日の夜、君たちが洋館に勝手に入るところを見たといっていました。止めたけれど振り切って行ってしまったと」
「そんなわけ、昨日は誰にも会ってないです」
「ということは洋館に行ったことは事実なんだね」
思わず出た言葉に深里は笑みを深める。理事長から信じられないという視線がつき刺さり、私は自分が失態を犯したことに気づいた。
「たしかに俺たちは昨日洋館にいきました。しかしそれはあくまで調査のためであって、不法侵入ではありませんし、俺たちを止めるような人はいませんでした。貴方の知人というのは一体どこにいたんですか」
小野先輩は低い声でそういうと深里をにらみつけた。深里は肩をすくめる。
「私は知人から見た。という話しか聞いていませんので詳しくは分かりません。けれど、あなた方は昨日洋館にいったことは認めました。となれば、私の知人に会ったかどうかは些細な問題ではないですか? 重要なのはなぜ深夜に、勝手に人の敷地にはいったのかということです」
「だから、澤部さんからの調査で!」
「幽霊の調査なんてくだらないことを大の大人が高校生に頼むはずがないでしょう?」
深里は微笑む。駄々っ子を諭すような優しい口調と表情で。しかしその声も瞳も冷え切っている。この人は私たちを陥れようとしている。それが分かっても私にはこれ以上何を言っていいか分からない。
世間一般からみて深里の言い分の方が正しい。
自分たちの周りにいる人が特殊なだけで、多くの人間は幽霊なんて見えないし信じない。そんなものは作り話で実在しない。彰に出会う前の私だってそう思っていた。
だから私たちは世間からみたら深夜に人の敷地に勝手に侵入した迷惑な高校生。そうでしかない。
「……罰則は今後検討しなければいけないね」
理事長がため息をつく。その顔は問題を起こした生徒をどう対処しようと考えるおっくうそうなもので、私は言葉が出てこない。
「この年頃であれば冒険したくなる気持ちもわかります。あまり重い罰は与えないであげてください」
人格者のような顔で深里が微笑む。私たちは深里をにらみつけたが理事長は完全に深里を信用してしまったらしく、なんて懐が広いんだ。と感動した様子を見せた。
なぜここに寮母さんがいないんだと私は思ってしまう。寮母さんだったら私たちの言い分を信じてくれたに違いないのに。
「くだらん話は終わったのか」
ソファの上で退屈そうにこちらを見ていたお狐様があくび交じりに言う。深里が静かに頷くとお狐様は片眉をつり上げてから、理事長と彰を見た。
「それで、誰が私を起こした落とし前をつけてくれるのだ?」
お狐様は心底不快そうなで吐き捨てた。
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