1-3 見えない分岐
「正確にいうと僕を殺す計画を立てた首謀者だね」
続いた言葉に私は叫びそうになるが、彰のことを思い出してなんとか言葉を飲み込んだ。そんな私を見てトキアは「えらい、えらい」というように目を細める。そんな反応をするぐらいなら、叫びそうになる発言をやめてくれ。それともうっかり騒がないか確認したのか。なんて性格が悪いんだ。
「……八年前から行方不明だと聞いたけど」
「八年前っていったら……」
「僕が羽澤を出た頃だね」
千鳥屋先輩の言葉に彰が顔をしかめる。それはトキアが殺された頃とも言い換えることができ、当の本人はそうそう。とのんきに相づちをうっている。
トキアの事を思い出したらしい彰が悲しげな顔をしているというのに、なんて脳天気な幽霊だろうか。全部こいつの計画通りだから彰は気に病まなくていい。そう教えてあげられたらどれだけいいだろう。しかし、それを説明するには他のいろんな事情も説明しなくてはいけない。
それは彰にとって酷すぎる。
けれど、当事者である彰が何も知らない。それも果たしていいことなのだろうか。
私の思考がぐるぐると渦巻く。何が正解なのか、何が間違っているのか。彰にとってよい事とはなんなのか。答えの出ない問いでいっぱいいっぱいになっていると、トントンと誰かが肩をたたいた。
「深里が来てるなら、さっさと行った方がいいな。クティ、運べ」
いつの間にか隣に移動していたのはリンさんで、軽く私の肩をたたいた後はいつも通りの調子でクティさんに命令した。
恐らくは私の思考に気づいて止めに来たのだ。感情が読めるとは何と厄介なと思いつつ、無理やり中断されたことに、ほっとしたのも事実だった。
名指しされたクティさんは嫌そうな顔をしつつも、渋々マーゴさんの背後から出てくる。
「あれ、疲れるんですけど」
「いいからやれ」
有無を言わさぬ迫力にクティさんはため息をつくと、私たちを見た。
「準備できたら学校まで送ってやる。圭一は家よってから行くか?」
「そうですね、俺だけ制服がないし」
私と香奈は寮について着替える間もなくクティさんに連行され洋館へ行った。しかし小野先輩は家に一度帰って着替えてしまったため、私服だ。制服をいったん取りに行かねばならないと考えれば、昨日の洋館と同じく別ルートから合流するのだろう。
つまりクティさんの負担が増えるのだが、クティさんは仕方ないという顔だ。リンさんの命令だから。というのもあるのだろうが、小野先輩に対しては昔からの顔なじみ。という情を感じる。人間嫌いといいつつ、身内判定した相手には甘いのだろう。
「私たちは寮に帰ってから着替えれば、間に合うかしら」
商店街の手伝いをしていた関係で、いつもに比べて軽装な千鳥屋先輩がTシャツをつまむ。制服の方が着替えは楽だろうが、ゴスロリ衣装は千鳥屋先輩いわく戦闘服。一体何と戦うつもりかは知らないが譲れないところなのだろう。
いや、学校に得たいのしれない人物が訪れている今こそ、戦闘服に身を包むのは正解なのかもしれない。気合い的な意味で。
「準備が出来たら手をつなげ。圭一は家によってから連れてくから少し待ってろ」
クティさんが投げやりな態度でいうと、リンさんがはいはーい。と手をあげながら駆け寄った。心底いやそうな顔をしたクティさんの手を握ると、ほらほら。と彰を呼ぶ。それに対して彰は、無言で私をリンさんのほうへ押しやった。
驚いて彰を見ると、文句あんのかとにらみつけられる。渋々リンさんと手をつなげば、リンさんが悲しそうな顔をした。なんて失礼な奴らだ。
その流れをみたトキアがケラケラと声をあげて笑い、彰の首に両手を回す。
仕方ないので私はリンさんと手をつなぎ、もう片方の手は彰とつなぐ。彰は香奈と最後に千鳥屋先輩とクティさんが手をつないで輪になった。輪に入れなかった小野先輩はマーゴさんの隣で待機しているが、少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
しっかりとみんな手をつないだの確認すると、クティさんはマーゴさんに声をかける。
「ちょっといってくる。面倒ごとになるかもしんねえから、他の奴らにもいっといて」
「わかったー」
マーゴさんが本当にわかったのか怪しい口調で笑うとひらひらと手を振る。その様子をみてクティさんの表情が険しくなったので、私と似たような事を思ったらしい。
言っても無駄だと思ったのかクティさんは軽く息を吐き出すと、いくぞ。と小さくつぶやく。それから寮母さんの部屋でしたのと同じように、勢いよく足を踏みならした。
とたん足下が抜ける感覚。リンさんが楽しげにヒューっと口笛を吹く。完全にアトラクション気分の人外にいらだちつつ、私は手を離さないようにしっかりと握りしめる。
線が黒い空間を這い回る、奇妙な場所。こんな短い期間で来るとは思わなかった場所に私はげんなりする。あれが最初で最後であってほしかった。リンさんは楽しそうだが、私からしたらただ不気味だ。クティさんと離れたら帰れないというのも含めて。
「相変わらず目が痛くなる場所だなー。この線って幸せルート、不幸ルート? どっち行き?」
そういってリンさんが触ろうとしたのは薄桃色の線。それに気づいたクティさんが慌ててリンさんを止めた。いつにない剣幕に私は驚いたが、ここはクティさんのホームといえる。勝手な事をされてはたまったものではないんだろう。
「リンはああ見えて、人間よりはるかに強いからね。少し関わっただけで強制的に人間の人生変えられちゃうんだよ。ここはクティが食べる分岐の元。人間でいえば臓器みたいなものだね。無防備にむき出しにされたものを触ったら、それこそどうなるかわかったものじゃない」
不思議そうに見ている私たちに気づいたトキアが、小声で補足をしてくれる。たとえが怖いうえに、内容が全く笑えない。そこら辺を這い回る矢印が血管に見えてきて、私は顔をしかめた。
「寄り道せずに、さっさと行こうってことですね」
「そういうことだね」
トキアはそういうと楽しげに笑って、ふらふらと宙を漂っている。その姿にトキアは手をつながなくていいのか? と疑問がわいたが、そもそもトキアは幽霊だしクティさんよりも上位の存在だと聞いた。私が心配することでもないのだろう。
「目的地つくので手を離さないでくださーい」
クティさんが投げやりにいいながら、私たちの手が離れていないのを確認する。それから線の一つに飛び込んだ。吸い込まれていくような未知の感覚。続いて奇妙な浮遊感。そして落下。前よりはきれいに着地できたらしく、私は尻餅をつくことは免れた。
足下には草の感触。周囲を見渡せば木々。そして見慣れた祠が建っている。祠はこの間掃除した時と変わらずきれいなまま。お供え物のおいなりさんもおいてある。
「みんな、無事みたいだな」
気づけば目の前に小野先輩がたっていた。シェアハウスで別れたときはまだ私服だったが、いつのまにか制服に着替えている。その隣には、疲れた。とつぶやくクティさんの姿。
「えっ、いつのまに!?」
さっきまで一緒にいたはずだと周囲を見渡すが、平然としているのはリンさんとトキアだけ。あとは私同じく驚いた顔をしていた。
「クティは分岐と分岐を行き来してんだから、細かいこと考えると頭いたくなるぞ」
リンさんは軽くそういうと祠へと近づいた。トキアも珍しくリンさんの後に続く。
「壊されてるな」
「壊されてるね」
祠の前にしゃがみこんだリンさん、祠を上から見下ろしたトキアが同じ事を言う。しかし私から見て祠はいつもと変わらない。遠くからではわからないだけで、何かが壊れているのかだろうかと近づいて見る。それでも私にはいつもと変わらない祠にしか見えなかった。
「お前がいくら見たってわかんねえよ。リンさんがいってるのは結界の話だからな」
「お狐様を目覚めさせないために張った……」
「それもだが、山自体の結界も壊されてるな」
香奈の言葉にクティさんが顔をしかめた。私たちには全くわからないが、クティさんには感じるものがあるのだろう、落ち着かない様子で周囲を見渡す。
「センジュカだろうな」
「だろうねー。この荒っぽいやり方は」
クティさんのつぶやきにトキアは同意した。
「お狐だったらなんとか出来ただろうけど、子狐ちゃんにはまだ荷が重かったみたいだね。センジュカの相手は」
「そうだ! 子狐様は!」
母親であるお狐様はともかくとして、結界が壊された。あの得たいのしれないセンジュカによって。子狐様は無事なのだろうか。
私が慌て始めるとリン、トキア、クティさんの3人はそろって校舎の方を見つめた。そこに子狐様がいるのか、それとも別の何かがいるのか。黙り込んでしまった3人に問いかける勇気が出ない。
「……とりあえずクティはこの場で待機な。なんかあったら、いい感じに動け」
「……雑すぎるでしょ」
リンさんの本当に雑な指示にクティさんはため息をついた。
「で、彰は家にかえって……」
「僕が何でお前の言うこと聞かなきゃいけないの」
最後まで言わせてもらえなかった提案にリンさんが、ソウデスヨネー。と苦い顔をした。
「羽澤の人間が来てるなら僕は無関係じゃないでしょ。僕が目的かもしれないし」
「……お前が目的の一つなのは間違いねえけど」
リンさんはそういうと息を吐く。その反応に私は違和感を持つ。それではまるで、目的が複数あるとリンさんは確信しているようだ。
「関わってほしくねえんだけどな、深里には」
珍しく本音らしいリンさんのつぶやきに、トキアがクスクス笑う。
「お前の信者だからねえ、深里は」
「え……」
思わず漏れたつぶやき。トキアは私の視線に気づくとにこりと笑い、しぃっと人差し指を立てる。それからリンさんの元へと移動すると、耳元で何かささやいた。楽しそうなトキア、対称的に苦虫をかみつぶしたような顔をしたリンさん。ろくなことではないのだろうと分かるやりとりを見つめたまま、私は動けない。
「ナナちゃんどうしたの。行くよ」
気づけばみんなは校舎の方へと移動し始めていて、動かない私に怪訝な顔をしている。それに私は、今いく。と答えて足を動かそうとしたが、ふと祠の前に立ったままのクティさんが目にとびこんできた。
クティさんは立ち去る彰やリンさんに目もくれず、ぼんやりと祠を見つめている。
「……何か見えますか?」
「……何も」
クティさんは言葉の足りない私の意図に気づいて、緩く笑う。
「いっただろ。俺は、俺より格上の分岐は見えねえ。だからこっから先できることは、見届けることくらいだな」
そういうとクティさんはしっしと手ではらう。さっさといけ。厄介者ども。という声にならない声が聞こえた気がして、私は肩をすくめた。
私だって好きで関わったわけではない。
といえる段階はとうに過ぎてしまった。私はそろそろ認めなければいけない。逃げるチャンスはいくらでもあったのに、ここまで来たのは自分自身の意思だと。そして関わってしまったのだからクティさんと同じく、私も見届けるべきなのだろう。
この出会いの結末を。
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