1-2 黒幕

「リンさんもクティさんも知り合いみたいですけど、何者なんですか?」


 トキアもとは付け加えず、チラリとトキアを見る。トキアは未だに何かを考えているようで、私の視線に何の反応もしない。一番トキアに事情を聞きたかったのだが仕方ない。そう思ってリンさんとクティさんを見れば二人ともあからさまに視線をそらしていた。

 リンさんは腕を組んで天井を見ているし、クティさんは腰に手を当てて床を見ている。妙なところで似た行動をとる二人だ。


「さっさと吐けよ。アイツが黒幕なんだろ。目的はなんだよ」


 彰がドスのきいた声でリンさんに詰め寄った。リンさんが引きつった顔をしてクティさんに助けを求めるが、クティさんはこれ幸いとマーゴさんの背後に隠れる。事情がわからないらしいマーゴさんはきょとんとした顔でクティさんを見ていた。


「いや……目的は……」


 そこでリンさんは一瞬だけトキアを見て、すぐにへらりとしまらない顔をした。わかんねえ。と場違いな笑顔を浮かべると、彰の機嫌が急降下したのがわかる。

 トキアが見えるようになる前はなぜ意味もなく彰の機嫌を損ねるのかと思っていたが、不自然にトキアを見てしまった時にごまかす意味合いもあったらしい。ついでに怒らせて彰の疑問をうやむやにしたいという思惑もあるのだろう。


「復讐といっていたけど、復讐されるような覚えがあるんですか?」


 しかし、話を聞いていたのは彰だけではない。彰を誤魔化したところで、千鳥屋先輩から追撃を受けリンさんは顔をしかめた。


「俺たちは洋館の事件に巻き込まれています。話を聞く権利はあると思うんですけど」


 小野先輩が真剣な顔でいえば、リンさんは眉をつり上げた。聞くなと拒絶するリンさんに対して、小野先輩は引かない。とても頼もしい先輩だ。


「お狐様が目覚めたというのが本当なら、それも俺たちにとっては無関係じゃありません。俺たちは生徒ですし、商店街が家です。どちらにせよ巻き込まれる」

「お狐様は気性が荒いって、前に言ってましたよね……?」


 小野先輩が毅然といえば、香奈が不安そうに言葉を続けた。引かない小野先輩。不安故に聞かずにはいられない香奈。二人の種類の違う視線を一身に受けたリンさんはひるんだ様子を見せた。


「説明しようにもなあ……」


 リンさんは弱り切った声をだす。助けを求めるようにクティさんを見るが、クティさんはマーゴさんの背後に隠れながら両手でバツを作っていた。子供か。

 続いてリンさんが見たのはトキアだが、トキアは相変わらず考え事を続けているらしい。空中で制止したままだ。

 幽霊だとわかっていても、宙でピタリと止まっている姿を見るのは不思議な感覚だった。


「知ってること洗いざらい吐けばいいんだよ」


 黙り混んだリンさんに痺れをきらした彰が、どこのヤクザですか。という剣幕でにらみつけ、胸ぐらをつかむ。それにリンさんは引きつった笑みを浮かべ、何かを言おうとした。

 

 そのとき、部屋の中に気の抜けた音楽が流れる。


 一拍遅れて彰の携帯の着信音だと私は気づいた。何度か聞いたことがあるそれに、香奈も気づいたようだ。持ち主である彰は間が悪いと眉間にしわを寄せると、渋々と言った様子で部屋を見渡す。


「……そういえば、僕の荷物って?」

「ここにあるよ」


 朗らかな笑顔で答えのはマーゴさん。ソファの横に置いてあった彰の通学鞄を持ち上げてみせる。彰は軽くお礼をいうと鞄に近づいて中をあさり始めた。鞄から携帯を取り出したことで、先ほどよりも音が大きくなる。


「……おじさん?」


 彰が眉を寄せる。

 彰がおじさんという相手は、ヤクザ顔の数学教師、佐藤百合先生だけ。今日泊まる事情はリンさんとトキアで説明すると言っていたが、もしかしたら心配してかけてきたのかもしれない。

 ふと時計をみれば、もうすぐ8時。思ったよりも時間がたっていたことに私は驚いて、ここからの距離だと学校までギリギリだと焦り始める。そもそも彰が目覚めたのが7時だ。その時点で余裕があったとはいえないのにセンジュカの登場で時間をくってしまった。


「どうしよう。このままだと遅刻」

「一日くらい大丈夫。重役出勤するのもたまにはよい気分よ」

「一日ぐらいだったら、ちょっと注意される程度だ」


 焦る私に比べて千鳥屋先輩と小野先輩はマイペースだ。方やゴスロリで学校に通う猛者。方や喧嘩を売られたら倍返しするタイプの八百屋の息子。遅刻の一つや二つ、彼らにとってはどうでもいいことなのかもしれない。

 が、私にとってはどうでもよくない。今まで無遅刻無欠席。彰と付き合っている関係で悪目立ちはしているが、真面目でおとなしい生徒。その評価を崩したくはない。それ以上に……。


「先輩方! 私はともかく香奈まで遅刻扱いなんですよ!!」


 私の叫びに千鳥屋先輩と小野先輩が固まった。それから香奈を凝視する。

 香奈はなぜ視線が集まっているのかわからないらしく、不思議そうに目をパチパチと瞬かせた。


「この香奈に! 遅刻なんて不名誉を与えていいと思ってるんですか!」

「……ごめんなさい。私の配慮不足だったわ」

「……そうだな。いくら俺たちが慣れてると言っても坂下さんは別だな」


 そういって頷き合った千鳥屋先輩と小野先輩はそそくさと準備をはじめる。部屋の隅に置いてあった荷物を取りに行く姿を見ながら、私はほっと一息をつき、遅れて気づいた。香奈が遅刻するのはダメだけど、私はいいのかよと。


「えっと、どういう流れ?」

「香奈は何も心配せず、学校いこう」


 わかりやすい格差に私の心はささくれ立っていたが、香奈を遅刻させてはいけない。という謎の使命感で自分も準備をはじめた。といっても、マーゴさんに貸してもらった毛布を片付けたり、夜中に買いにいったお泊まりセットを持って帰るくらいのものだ。準備はあっという間に終わってしまった。


 一通り片付けてから彰はどうするのだろうと、電話中の彰へと視線を向ける。私たちは学校にいく形で決まったが、彰は病み上がりだし一日休んでもいい気がする。そう思ったところで電話越しに百合先生の声が響いた。


「いいから早く学校来い! 大変なことになってんだよ!」


 いつも以上にいらだった百合先生の声に香奈がびくりと肩をふるわす。先程までの緩い空気が引き締まるのを感じて、視線が彰と電話へと集まる。


「大変なことってお狐様のこと……?」

「それも含めて、もっと面倒くさいことになってんだよ! おい、そこにリンいるか」

「俺?」


 いきなり水を向けられたリンさんが驚いた顔をする。リンさんが顔をしかめつつ彰に近づくと、彰がスピーカーモードにしたのか、百合先生の声が先ほどよりもハッキリ聞こえた。


羽澤深里はざわ みさとって奴が、この学校と山の正統な管理権があるのは自分だって乗り込んできやがったんだよ」

「深里って……」



 リンさんが不自然な体制で固まった。

 羽澤という名前に千鳥屋先輩やクティさんが眉を寄せる。私と香奈は顔を見合わせた。

 羽澤といったら彰の生まれた家。そしてトキアが双子の呪いを解くべく、何度も生まれ変わり続けた一族。


「……知ってる奴?」


 彰の問いにリンさんは眉を寄せる。電話の向こうの百合さんもリンさんの返答を待っているらしく静かだ。

 リンさんは何考えてるんだアイツ。とつぶやきながらため息をつく。


「響――現羽澤家当主の三番目の兄だ」


 思わず私はトキアを見た。考え事をしていたトキアも会話くらいは聞いていたのだろう。のんびりとした動作でこちらへと向き直ると、あっさりとした口調でいう。


「僕を殺した奴だね」


 天気の話でもするかのような軽さで告げられた言葉で、私が衝撃を受けたのは言うまでもない。

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