5-6 宣戦布告

「どこ、ここ……」


 シェハウスで目覚めた彰の第一声がこれだった。彰が無事に目覚めるために奔走したこっちからすると気が抜ける言葉だが、彰からすればそうだろう。

 人外たちが暮らすシェアハウスにて、彰の顔を心配そうにのぞき込む私、香奈、千鳥屋先輩を見て彰の頭にはクエスチョンマークが浮いていた。顔色は悪くない。青白い顔をして苦しそうにうめいていた頃に比べると、すっかりいつも通りで私は安堵した。


「洋館で倒れたの。覚えてない?」

「……なんか、胸糞悪い女を見たような気はするけど……?」


 彰は首をかしげて記憶を思い出そうとしている。壁に寄りかかっていたリンさんをチラリとみたけど、首をふったので記憶を抜いたわけではないらしい。熱にうかされていたせいで、記憶が混濁しているのかもしれない。


「今何時? 結局どうなったの?」

「今は朝の7時。彰君は洋館で倒れてから今まで寝てたのよ」

「洋館に関しては問題ない。原因はリンさんが何とかしてくれた」


 心配そうに彰の顔を覗き込んだのは千鳥屋先輩。

 続いて、クティさんとマーゴさんと話していた小野先輩が彰の質問に答える。リンさんが何とかした。というのは事前の打ち合わせの通りだ。彰の頭上でニコニコ笑っているトキアが女を食べた。というのは説明したくとも出来ない。

 彰はリンが? と疑う視線を向けたが、他に解決できそうな存在も思いつかなかったのだろう。何とか納得したようだった。


「じゃあ、憑りつかれた頼子さんは?」

「さっき連絡したけど、正気に戻ったらしい。これから念のため病院いってくるそうだ」


 小野先輩の言葉に彰は安堵の息をつく。すぐさま他人の心配をするあたりが本当に彰だ。それが彰の良い所であり、悪い所なのだろう。それに振り回される形になっているトキアを見れば、彰やさしい。と嬉しそうに笑っている。改めてどっちもどっちの兄弟である。


「結局何が原因で、頼子さんは憑りつかれたんだろうね?」


 事件が解決し、彰も目覚めたことで気が抜けたのか、香奈が好奇心を表に出す。私もその点については気になっていたので、リンさんを見る。この中で事情が分かるとしたらリンさんかと思ったが、リンさんは顔をしかめた。


「妊娠してたの双子だったんじゃない?」


 答えを出したのはトキアだった。私は驚いてトキアを見るが、視線があったのは彰だ。いきなり顔をむけられたので戸惑った表情を浮かべてから、何? と怪訝な顔をする。その反応を見て私は焦った。

 彰がトキアを見えていないし、聞こえていない。それに今だ慣れない。慌てて視線をそらしたものの、不自然になってしまったのは仕方ないだろう。

 そんな私を見てトキアは苦笑するとリンさんの隣に移動する。移動したついでにリンさんの足を蹴り飛ばしたのは流石というべきか。

 痛くても痛いと反応出来ないリンさんは、無理やり痛みを押し殺した。その図を見るとなかなか可哀想だ。


「あー……たぶんだけど、双子を身ごもってたんじゃね?」


 かなり痛かったのか涙目になりながらリンさんが口にした。彰は怪訝そうな顔をしていたが、香奈が慌てて「ソウコトナンダネー」と片言でしゃべる。

 私と香奈は演技には向いていないと悟った瞬間だ。


「あの女性は双子に執着していたようだから、双子を身ごもった女性が現れてとっさに憑りついたと」

「迷惑だな」


 千鳥屋先輩と小野先輩のまとめに同意する。自分がトキアに相手にされなかったからといって、関係ない双子に逆恨みするなんて最悪すぎる。

 色々あったが解決してみれば、ただの頭のおかしい女が原因だったわけだ。

 そう思ったところで私は違和感を覚える。何かがおかしい。何かが引っかかる。そもそも、何故いままで事件は起きなかったのか。あの女はずっと洋館にいた。今までだって噂はあった。だが、誰かが憑りつかれたなんて話は聞いていない。たまたま、偶然、双子を身ごもった女性が洋館に訪れたから事件が起こった。だが、それは本当に……。


「……偶然……?」


 私のつぶやきに視線が集まるのを感じる。どういうことだ? と視線で訴えかけられるが、私は何かが思いつきそうなモヤモヤをまとめるのに必死だった。


 今回の事件の発端は、双子に執着している千代子の元に双子を身ごもった頼子が訪れてしまったことだ。それがなければ、あの洋館ホラースポットのまま今も存在しただろう。トキアは千代子の事を忘れていたし、彰は危ない場所には近づくなと百合先生に念押しされている。香奈だって本物は近づかない理性を手に入れた。何もなければ訪れることはなかった。


「そもそも、あそこって立ち入り禁止だったんだよね」

 私は寮母さんに言われたことを思い出し、香奈へと確認する。香奈は突然ふられた話題に驚きつつも頷いた。


「そういえば、あの洋館は関本家の人間が管理していて、売りには出してない。って寮母さんがいってたわね」


 千鳥屋先輩が小野先輩を見ると、小野先輩は初めて聞いたという反応を見せた。


「俺が聞いた話は最初にいった通り、色んな持ち主を転々としてるって話だ。寮母さんが管理してたなんて話初めて聞いた」

「小野先輩はその話、誰から聞いたんですか?」

「不動産からだ。商店街に澤部さんの相談が持ち込まれてから、話を聞いた。洋館を売りたいと相談しにきた男が買い手がつかないと大層困っていたらしい。その不動産は前々から澤部さんと親しくて、古くてよい物件があったら教えてくれと言われていたから、澤部さんにすすめたって話だ」

「……できすぎてません?」


 私の言葉に小野先輩、千鳥屋先輩、香奈は押し黙る。トキアもリンさんも難しそうな顔で黙っていた。少し離れた場所にいるマーゴさんは不安そうだし、クティさんは嫌そうに顔をしかめている。


「この事件、そもそも洋館が売りに出されなければ頼子さんは洋館にいかず、憑りつかれることはなかった。しかも洋館は頼子さんの父親と親しくしている不動産にわざわざ売られた。……もしかして双子のことも……」

「生まれる前からベビー用品を買ってたって話だったし、双子だってことも分かっていたかもしれないわね……」

「ってことは何? 今回の事件って仕組みってこと?」


 黙って話を聞いていた彰が顔をしかめる。

 私の被害妄想であったら嬉しいが、どうにも今回の事件はふに落ちないことが多すぎる。


「仕組みだったとしたら目的は……? 澤部さんの家の誰かが恨まれてたってこと?」


 香奈が恐る恐る口にする。それは想像するのも嫌な事だ。澤部さんの事は小野先輩の話でしか聞いたことがないから、どんな人物かは分からない。だからといって、怨霊まで巻き込んでの大掛かりな復讐をするほどか。


「……恨まれてるのは、澤部さんじゃないかもしれない……」


 黙っていたトキアがポツリと呟いた。視線がトキアに集まる。彰が怪訝そうな顔をする前に、リンさんはトキアと同じことを口にした。


「どういうこと?」


 彰の問いにリンさんは眉を寄せ、それから何かに気づいた様子で目を見開く。


「……たしか、澤部ってやつの知り合いが商店街に相談することをすすめたんだよな?」

「……えぇ。同じ骨董収集が趣味の知り合いから聞いたと」

「商店街の知名度は上がってる……。でも妖怪と暮らす商店街っていっても、オカルト事件を解決できるなんて噂は出回ってないよな?」


 リンさんの言葉に香奈は頷く。あくまで妖怪が暮らしていたという伝説が残っていた。不思議な現象が時折起こる。というだけで、オカルト事件を解決した。なんて話はない。学校内では祠の関係で多少噂になっているが、商店街。ましてや他地域まで広がるほど話題になってるわけではなかった。


「……何で、澤部さんの知り合いはこの商店街をすすめたんだろ……」


 澤部さんは焦っていた。様々な手を尽くし、それでも解決できないからと藁をもすがる思いで商店街に相談にきた。洋館がある地元だし、何かしらのヒントがあれば。という淡い期待だったに違いない。だが、すすめた方はどうだろう。切羽詰まっている相手に対して、出所不明な噂話を教えるような無責任な人だったのだろうか。


「この商店街に相談事を持ち込むのが狙いで、だから地元にある洋館を使った。って考えたら辻褄合わない?」


 トキアの言葉に私は納得しそうになる。しかし、何でそんなことをする必要があるんだろう。この商店街に相談事を持ち込むことで得られる利益。


「……商店街にオカルトの相談を持ち込んだら、商店街の人は彰君に相談するわよね?」

「クティさんたちはよその事情までどうにかしてくれるとは思えないからな」


 千鳥屋先輩に問われて、小野先輩はチラリとクティさんたちを見る。マーゴさんは呆れていたが、クティさんは当然だろ。と言わんばかりの態度だ。

 この姿勢に関しては商店街の人もよく分かっているらしい。


「となると、澤部さんに商店街のことを教えた人物は、彰君に相談がいくと分かっていたんじゃないかしら」

「……僕狙いってこと? でも、なん……」


 何で。と言おうとした彰は私たちの表情を見て言葉を止めた。聡い彰は気付いたのだ。私たちが彰の素性を知ってしまったことを。それは十分に狙われることに値するということを。


「……リンがしゃべったの?」

「状況が、状況で……」


 彰に睨まれたリンさんは視線を泳がせた。彰はため息をつくものの、仕方ない。と思っているようで、それ以上はいわない。どこかで、いつかはバレるだろうと思っていたのかもしれない。


「皆が僕の実家のこと知ってるなら、もう言い逃れしないけどさ。でも、僕あんまり表に出ないようにしてるし、僕の顔知ってる人なんてほとんどいないのに、どこでバレたんだろ」


 彰は眉を寄せる。誰かが密告した。なんて発想にはならないあたりが彰らしい。この場にそんなことをして利益になるような人間がいない。そう分かっているのだ。それとも、彰はそういう人間としか付き合わないように気を付けていたのか。


「商店街、広報のためにホームページ作ったっていってなかった?」


 トキアの言葉にすぐさま香奈が携帯を取り出した。私と千鳥屋先輩が左右から香奈の携帯をのぞき込む。

 最近出来上がったばかりのホームページには、商店街の歴史やおすすめスポット。商品説明などのほかにも、数々の写真が載っている。いつの間にやら商店街ブログなるものまで新設されており、高校生が手伝いに来てくれた。など、日々のことが写真と共に更新されていた。


「あっ……!」


 ブログをスクロールしていた香奈は、一点で手を止める。数週間前、白猫カフェが出店を出した時の記事だ。フリフリエプロンを付けた筋肉粒々の男たちは相変わらず人目を引くが、その隅の方に彰がチラリとうつっていた。写真撮影をしていた時にたまたま通りかかったであろう姿は、ピントがあっておらず不明瞭だ。それでも彰を知っている人間であればすぐわかる。

 彰に写真を見せると、しくじったー。と呟いて、両手で顔を覆った。


「今回の事件……狙いは僕か!」

「今更気づくだなんて、ずいぶんのん気な脳みそですわね」


 突然聞こえたのは、鈴を転がすような声。聞いたことのない声に私は驚いて、声の方へ体を向ける。

 ここはクティさんたちのシェアハウス。関係ない人間が入ってくるはずがない。そのはずなのに、そこには見知らぬ女性が立っていた。


 白い壁でおおわれたシェハウスの入り口に溶け込むように立つ女性は、色素が抜けた落ちたような白い髪。瞳孔だけが鈍く輝く白い目。肌も白く、本当にそこに存在するのか怪しく感じるほど儚い雰囲気。しかし、浮かべる表情は人を見下すことに慣れ切った傲慢なもの。

 コルセットベルトにロングスカート、編み上げブーツと、どこか時代に取り残されたような空気を持つ女性は、しっかりと地に足をつけ一点。トキアを見つめていた。


「センジュカ……」


 リンさんとクティさんがほぼ同時につぶやいた。おそらくは女性の名前。しかし、女性は2人には見向きもせず、トキアだけをじっと見つめている。


「死んだと聞きましたが、やはり嘘でしたわね。罪に汚れたあなたが転生できるわけがないと思っておりましたが、ずいぶんとかわいらしい姿になって。それで庇護でも貰えると思ったのかしら? 大罪人の器にされて、その子はずいぶん泣いているでしょうね」


 悠然と女性は微笑む。綺麗な笑みだったが、瞳は憎悪で塗れていた。ただそこに立っているだけなのに、女性の体から禍々しい何かが溶けだしているように見える。


「……今回のは君の差し金……」


 トキアは疲れた顔でつぶやいた。何かを諦めたようにも見えるトキアの表情は、今までの勝気なものとは違う。それは洋館で見た、自分のお腹を撫でたときと同じく儚く寂しげなもの。


「いえいえ、私はお手伝いしただけですわ。公に手を出しますと、怒られてしまいますから」

 女性はそういうとほほ笑み、優雅に一礼する。


「今回は挨拶に参りましたの。ここ最近、狐の娘と共謀し、ずいぶん好き勝手やってくれているようですから、そろそろ御隠退なされたらいかがかと。引退式には私も出席いたしますわ。ついでにこの世ともお別れさせてあげますので、楽しみにしていてくださいな」

「それはどういう……?」


 私が思わず口を開くと、女性は私へと顔を動かした。何の混じりけのない白が私を見る。それだけで、体が硬直し動けなくなる。


「察しが悪い子は嫌いですわ。ですが、仕方ないので教えてさしあげましょう。簡単なお話です。あの山は元々、狐のもの。本来の持ち主に返す。ただそれだけの話ですわ」

「ま、まさか! お狐を起こしたのか!?」


 リンさんの声に女性はほほ笑む。その表情はなぜかトキアに被って見えた。


「大罪人と山の神。勝つのは一体どちらかしら? どちらにせよ、最後は私が食らって差し上げますわ」


 それは私たち、いや、トキアに対する宣戦布告だった。

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