5-5 隠しステージ

「圭一君は、彰を連れて先に帰ったらいいんじゃない。僕のことも見えないし、いつまでも彰をこんな埃っぽいところに置いておくのもねえ」


 彰を寝かせていた台に腰かけたトキアは、小野先輩に向かっていう。といっても小野先輩には聞こえていないので、千鳥屋先輩が通訳する形になるのだが。

 提案を聞いた小野先輩は眉を寄せた。台の辺りをにらみつけるように見ているが、どんなに頑張ってもトキアのことは見えないらしい。しばし粘っていたが、やがて諦めた様子でため息をついた。


「クティさんたちと合流してシェアハウスに戻ります。リンさんはどうしますか?」


 彰を抱えたまま動かないリンさん。彰を小野先輩に渡すべきか、それとも抱えたまま一緒に帰るべきか悩んでいる様子は迷子の子供のようである。彰が倒れてからというもの、リンさんは幼児帰りしてしまったようで見ていて落ち着かない。


「帰れば。聞きたくないでしょ。僕もお前の前で言いたくないし」


 トキアの突き放すような言葉にリンさんはビクリと肩を震わせた。それからいつも通りの飄々とした笑みを浮かべようとしたが、それはどうにも歪だった。いつも通りを装うとして失敗した様子は、見ていて痛々しい。その様子を見てトキアは眉をよせ、しっしっと犬でも追い払うかのような仕草をする。

 その動作を見て、リンさんは諦めた様子で彰を抱えて出ていった。小野先輩は千鳥屋先輩から順に私たちを心配そうに見つめたが、千鳥屋先輩がほほ笑むと苦笑を浮かべて出ていく。

 

 遠ざかる2人の背を見送っていると、トキアが深く息を吐き出した。それから遠くを見つめる。何から話そうか迷っているような、初めてみる姿だった。


「そうだなあ……どこから話そうかな……誰かに話す機会があるなんて思ってなかったから、正直何から話せばいいのか分かんないんだよねえ……」

「最初から」


 私はとっさに答えていた。私の言葉を聞いたトキアは怒るでもなく、そっか。最初からかと困った顔をする。リンさんと同じく迷子の子供のような顔だった。


「花音ちゃんは聞いたことがあると思うけど、羽澤家が呪われたのは遠い昔。双子の兄が弟をかばって魔女に呪われたのが始まり」

「その呪いが、だんだん人ではなくなる呪い?」


 香奈の問いにトキアは頷いた。


「弟は呪いを解くために奔走した。思いつく限りを試した。でも呪いは解けず、兄は自殺した。だんだん変化していく自分の体に耐え切れなかったんだ。兄はとても優しかったから、いつか僕を、他人を傷つけてしまう可能性を死よりも恐れていた。だからそうなる前に死を選んだ」


 淡々と語るトキアの声を聞いていると、自然と兄の姿に彰が重なった。昔から彰は自分より他人優先だったのだと知って、苦い気持ちが広がる。他人のために行動する。それは素晴らしいことだろう。しかし、その行動の結果残された家族はどうするのか。しかも切っ掛けが自分だった場合、家族は自分を責め続けるのではないか。トキアのように。


「弟は兄の死を受けいれられなかった。兄が死んだのは自分のせいだ。自分こそが死ぬべきだった。そう思った弟の前に現れたのは呪いをかけた魔女と、悪魔だった。魔女と悪魔は弟に兄を救うチャンスをやろうといった」


 トキアはそこで言葉を区切ると私たちを見渡す。


「君たちはもう気づいてるみたいだね。僕こそが最初の双子の弟。悪魔と魔女が弟に与えたチャンスは生まれ変わり。僕の子孫に双子が生まれた場合、条件を満たせば僕は双子に生まれ変わる。いや、正確にいうと成り代わる」

「成り代わる……?」


 香奈のつぶやきにトキアは笑みを浮かべた。今までの自信満々の笑みとは違う。弱り切った笑み。


「元々生まれた子供の魂を僕らが食らって、器を奪うのさ」


 意味を理解すると同時に私は恐怖を感じた。クティさんはいった。一度食べたものは元には戻らないと。


「僕の子孫にしか僕は生まれ変われない。だから僕は兄が死んだあと子孫を残すために駆けずりまわった。好色だ、色ボケだって散々言われたけどね、兄を救う方法はそれしかなかったんだ。

 けど、だんだんそれだけじゃダメになった。ただ血を残す。それだけだと、僕らは生まれる条件を満たせなくなった。何度も何度も生まれて死んでを繰り返した僕と兄の魂は、いつのまにか普通の人間のものではなくなっていたのさ」


 トキアは遠い目をする。過去を振り返っているのかもしれない。私には想像も出来ない長い記憶を。


「だから僕は一族を強くすることにした。科学でも黒魔術でも、とにかく手当たり次第に、僕らが生まれ変われるような賢くて強い子孫を残すため」

「その結果、羽澤の一族は賢い子が生まれてくるのね……」


 千鳥屋先輩の言葉にトキアは頷く。


「本当はもっと早く解けるはずだったんだ。条件は僕がアキラより先に死ぬだけ。僕の自殺はダメ。他殺か、事故死。寿命で死ねたらよかったんだけどさ、色んな邪魔が入った。アキラを化け物だって殺そうとした奴もいたし、どうしても長く生きられない時代もあった。それにアキラは……いつも生きるのを諦めた。僕がどれだけ生きてほしいと望んでも、最後は笑って言うんだ。俺の分までお前は生きろって」

「……何で、彰君に言わなかったの?」


 私の言葉にトキアは顔をあげる。何を言っているんだという表情で私をみた。その反応が私には理解できない。


「言わなかったんでしょ。呪いのこと。魔女と悪魔との勝負のこと。彰君が知ってたら、こんなに話がこじれるはずがない」


 彰は他人のために自分を犠牲にできる人間だ。そんな彰が他人の命を奪ってまで自分が生きたいと思うはずがない。トキアがそれを知らないはずがない。ずっと見てきた、救おうとしていた最愛の兄なのだから。


「弟が兄に事情を説明していたら、もっと早く呪いはとけた。そしたら、彰君はあんなに苦しまずに済んだ」

「……いえるわけないでしょ。アキラに言うってことは、アキラが他人を犠牲にして生きてるって知ることになる。アキラがその事実を知ったら、正気でいられるはずない」

「それが分かってるのに、罪を重ねたの?」


 トキアは私を睨みつけた。

 初めて彰と会った祠の事件を思い出す。あの時彰は私の本音を見抜いてバカにした。あの時の彰の方がよほど怖い。彰は逃げている時はハッキリいう。お前は逃げてる。目をそらしていると。そんな彰と付き合ってきた私にとって、目をそらしていると分かったトキアなどまるで怖くない。


「彰君は他人を犠牲にしてまで生きたいと思うような人間じゃない。それを分かっていたのに、彰君のためなんてもっともらしい理由をつけて、彰君に隠して、罪を重ね続けた。

あんたはあの女と、千代子と一緒。自分のことしか考えてない」

「……お前に、何が分かる!」


 台に座っていたトキアは立ち上がり、私をにらみつける。長い髪が重力に逆らってゆらゆらと揺れた。いつになく吊り上がった目に怒りの宿った瞳は鬼を連想させた。

 恐ろしい姿だ。それでも私はひるまなかった。どれだけ相手が恐ろしくても、言わなくてはいけないことがある。


「何度も何度もアキラの死にざまを見た! 今度こそって誓うたびに、死んでいく! 守りたかった存在が、守るために命をかけた存在が、あっけなく目の前で死んでいく! お前にその苦しみが分かるか!? たかだか十数年しか生きてない小娘が!」

「苦しかったっていうなら、何でその苦しみを彰君に押し付けたの!」


 私の叫びにトキアは固まった。怒りで真っ赤に染まった顔が、色を失っていく。


「彰君が死んで辛かった。死ぬ姿を見るのが嫌だった。ならなんで、彰君の前で死んだの! 残される辛さをあんたが一番分かってるはずなのに、なんで彰君を一人にしたの! 彰君があんたにいったのは自分の分まで幸せになれでしょ。自分のために死んでくれって彰君が一度でも言ったことあったわけ!」


 そんなことを彰がいうはずがない。何度生まれ変わろうとも、姿形が変わろうとも、彰は彰だ。あの性格が早々変わるはずがない。むしろあの頑固さは繰り返しによって出来上がった性質だろう。

 トキアが兄を救おうとしていたのと同じように、彰だって弟を救おうとしていたのだ。自分のために悩み苦しむ弟を、どうにか真っ当な道に戻そうとしていた。その結果が自殺だとしたら、なんて自分勝手な兄弟なのか。


「彰君が全く悪くないとも思わない。あんたたち兄弟は会話が足りなかった。もっと早く、こんな取り返しのつかないことになる前に腹を割って話せばよかったんだ。何で私の倍も生きてるのに、そんな簡単なことに気づけなかったの」


 怒りのあまり肩で息をしていると、千鳥屋先輩が私の背を優しく撫でてくれた。視線をむければ、よく言ったという表情でほほ笑んでいる。隣の香奈は私の剣幕に驚いている様子だったが、どこか誇らしげにうなずいた。


「……もっと……早く……」


 ぽつりと呟いたトキアの声は震えていた。

 泣き出しそうな表情は子供の姿をあいまって、とても弱々しく見えた。少し前まで、こんな小さく弱い存在に怯えていた自分がバカらしくなるほど、トキアはただの子供だった。私が想像できない月日を生き、私が知らない知識を沢山知っている存在の根っこは、兄が自分のせいで死んだことが受け入れられないただの子供。寂しさを受け容れられないまま年月だけを重ねてしまった不器用な子供だった。


「……僕は自分がやったことが間違いだったとは絶対に認めない……」


 しばらくして、ギロリと私を睨みつけたトキアはそんなことをいう。先ほどまでの弱々しい様子が嘘のように、いつものトキアに戻っていた。その変わり身の早さに私は恐怖よりも呆れを覚えた。


「呆れてもいいし、バカだと思えばいい。でも、僕は認めるわけにはいかない。僕が認めたら、僕のために犠牲になった子になんていえばいいわけ」


 トキアはそういいながらお腹を撫でる。そこに大事な何かが入っているように。もしかしたら、繰り返しの中では実際に入っていたこともあったのかもしれない。


「僕は一生恨まれるくらいでちょうどいいんだよ」


 そういいながら優しくお腹を撫でるトキアを見て、私は深く息を吐き出した。

 困っている人は放っておけない彰。兄のことは何としても助けようとしたトキア。範囲が広いか狭いかの差があるだけで、この双子は自分以外のために自分を犠牲に生きている。


「なんて厄介な双子なの……」


 この2人のすれ違いと追いかけっこは、今後も続く。しかも多くの人間を今後も巻き込み続けるに違いない。それでも何故だか見捨てられないのは、弱さを知ってしまったからなのか。

 今は亡き、千代子があれほどトキアに執着した理由が少しだけ分かってしまった。今後も私はこの双子に振り回されるに違いない。それも仕方ない。そう思えてしまうのだから、この双子は本当に厄介だ。

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