五話 呪いの代償と終わり

5-1 迎え

 部屋の中は重い沈黙に満ちていた。誰も何も発しない。香奈は考えているようだし、私も頭の整理に忙しい。寮母さんは真剣な様子な私たちをじっと見つめている。気を使ってくれているのかもしれない。


「……あの洋館って、羽澤家のもので間違いないのですよね…」


 沈黙を破ったのは千鳥屋先輩だった。形の良い眉を寄せ、いつもに比べて険しい表情で宙を睨みつけている。らしくない表情に私は驚いた。


「えぇ。間違いなく羽澤家から私の一族が管理を任された建物よ」

「なぜ、いわく付きの洋館の管理を?」


 千鳥屋先輩の問いに寮母さんは顔をしかめた。出来ることなら話したくない。そんな空気を感じたが千鳥屋先輩は引かずに、じっと寮母さんを見つている。無言の応酬に負けたのは寮母さんだった。


「私のご先祖様が当時の当主の怒りを買った時期、同じく当主の怒りを買った女性がいたらしいわ」


 寮母さんの言葉で私の頭に浮かんだのは洋館で見た、あの女だった。美しいけれど禍々しい不気味な女。


「どうして当主を怒らせてしまったんですか?」

「よりにもよって当時の当主の双子の兄、その暗殺を計画したらしいのよ」


 その言葉に香奈が息をのんだ。千鳥屋先輩は表情を険しくしていて、おそらくは私も似た反応をしているだろう。

 双子の兄を大事にしていたという話から、当時の当主がトキアである可能性は高い。今のトキアから彰を取り上げる想像をして、私は身震いした。そんなの殺してくれといっているようなものだ。


「よく追い出されるだけですみましたね……」

「羽澤の一員になりたいってわざわざ嫁いできた、当時の権力者のお嬢様だったみたいよ。殺すのは流石に問題だったんでしょうね。だから療養という形で洋館に住まわせたの」


 寮母さんはそういいながら不思議そうに眉を寄せた。なぜ私がそういう反応をするのか分からなかったのだろう。それでも話の腰を折ると思ったのか深く追求はせず、話を続けてくれる。


「つまり、うちのご先祖様は、問題をまとめて押し付けられたというわけよ」


 苦い表情をする寮母さんを見て私は同情した。寮母さんのご先祖様は色々とタイミングが悪い。

 それともよかったのだろうか。祠を管理する。一族を追い出された女を監視する。それに都合がいい人材だったから多目に見てもらえた。そうも考えられる。

 トキアの隣にはずっと悪魔――リンさんがいたはずだ。感情を食べるリンさんならば、寮母さんのご先祖様が諦めていないことなど分かっていたはず。分かったうえで放っておいたのは、真実に気づいたところで誰も信じない。そう思っていたのもあるだろうが、完全に繋がりを切るよるも近くに置いておいた方が監視がしやすく、利用価値があった。そう判断したんじゃないか。

 遠い昔生きていた名前も知らない誰かだった羽澤の当主。それがトキアだと分かれば、行動も知らない人間よりは分かりやすい。トキアの中心はいつだって彰。それがぶれることはないだろうから。


「問題は、監視対象の女がとんだ気狂い女だったってところ」


 いつのまにかトキアの事にすり替わっていた思考は、寮母さんの言葉で元に戻った。苦虫をかみつぶしたような顔をする寮母さんを見て、気狂いというのが冗談ではなく事実なのだと悟る。同時に、クティさんの言葉を思い出した。

 あんな気狂い女どうしたら忘れられるんだ。そうクティさんは怒鳴っていた。


「気狂いって……」

「狂っているとしか言いようがないわ。何を思ったのか子供をさらっては酷い虐待を繰り返していたんだから」


 寮母さんの言葉に私たちは息をのんだ。


「女性が生きていた頃は子供鳴き声と悲鳴の途切れることがなかったって話よ。特に双子に対しての扱いは酷いもので、上の子をさらっては無残に切り刻んで捨てていたらしいわ」


 話しているだけでも気分が悪くなってきたのか、青ざめた表情で寮母さんは口元に手を当てた。


「何でそんなことを?」

「それだけ、追い出される原因になった双子の上が憎かったのかもしれないわね。当時の当主に陶酔していたらしいから。だからと言ってやりすぎだけれど。

 ご先祖様の説得には聞く耳を持たなかったし、当時の警察なんかは羽澤家の名前が怖くて手を出せなかった。だから女に子供を奪われないように子供から目を離さない。そういう対策しかできなかったの。

 でも、当時は今ほど裕福な世の中じゃなかった。身寄りのない子供や、親に捨てられた子はたくさんいたのよ。女はそういう子をさらってきては聞くに無残なことを繰り返した」


 香奈の表情が青ざめる。想像しなくていいものまで想像してしまったのかもしれない。こういうとき想像力が豊かというのはよくない。香奈の気持ちを落ち着かせようと背を撫でていると、千鳥屋先輩が険しい顔でつぶやいた。


「言っていたわよね。アレはトキア君を見て、お待ちしておりましたって」


 アレという言葉が洋館にいた女性を示しているのだと私はすぐに分かった。香奈も気付いたようでじっと千鳥屋先輩を見ている。

 事情が分からない寮母さんも真剣な話だと察してくれたのか、黙り込んで千鳥屋先輩の言葉の続きを待っていた。


「アレは私たちを見ていなかった。トキア君だけみていた。そして彰君にだけは反応した。アレはトキア君と彰君が双子だって知っていた。いや、見てすぐわかったのよ」


 双子という言葉に寮母さんが目を見開いた。まさか……。と悲鳴に似たか細い声が口から洩れる。千鳥屋先輩の真剣な表情が冗談ではないと理解した寮母さんの瞳は揺れている。きっと私たちに問いただしたいことをたくさんあるだろうに、ぐっと堪える寮母さんの姿はまさしく思慮深い大人の女性だった。


「クティさんがこっち側にきかけているっていってた。きっと幽霊ともクティさんたちみたいな人外ともいえない中途半端な位置づけにいる。だからこそあの場に今だとどまり続け、彰君にも接触できた」

「彰君がああなったのは、同じ一族だから……」


 香奈の呟きを聞いて、私はマーゴさんの言葉を思い出す。性質が似ているから混ざってしまった。それは同じ血を引いた、同じ呪いの影響を受けた、同じ一族だから。


「トキア君がそれに気づかないはずがない。誰とは覚えていなくても、自分の一族だってことはすぐ分かったはず。……もっと早く気付けばよかった。彰君がああなったにしてはトキア君は冷静すぎた」


 千鳥屋先輩は唇をかみしめて、膝の上に置いた手を握り締める。私はわけがわからず千鳥屋先輩をじっと見つめた。


「トキア君は体よく私たちを追い払ったのよ。明日になっても進展なかったら教えるなんて嘘。今日中に何とか出来る。それが分かっていたから冷静だったんだわ」


 トキアならあり得る。

 千鳥屋先輩の言葉を聞いて真っ先に思ったのはそれだった。唯ちゃんの件で彰が記憶を食べられたのだって、今思えばトキアの発案に違いない。リンさんはそうした策略には適していない。裏で指示をだし、彰が何も気づかないように誘導していたのはトキアだ。


「今このチャンスを逃したら、トキア君は一生真実を話してくれない気がする。私たちが正解を導きだしたとしても答え合わせはしてくれない。全部笑って誤魔化すのよ。それじゃ、何もわからないのと一緒だわ」


 千鳥屋先輩はそういって唇をかみしめた。私よりも先にトキアに気づいてトキアと仲良くなった千鳥屋先輩は、私よりもトキアの事をよく理解しているのだろう。もしかしたら、トキアという存在を隠され続けている彰よりも、千鳥屋先輩の方が理解しているのかもしれない。


「トキア君が動いたなら彰君はきっと無事。でも、それじゃ、結局今までと変わらない……」

「ああ、ぜーんぶアイツにとって都合がいいように動くだろうな」


 千鳥屋先輩が血を吐くような声を漏らした途端、上から声が降ってきた。何と思う間もなく、目の前にど派手な真っ赤なブーツが現れる。正確にいうと、私たちが囲んで座っている机の上に何者かが土足で立ったのだ。


「クティさん!?」


 香奈の驚きの声で私は派手なブーツから目を離し、視線を上へと移動した。目に入ったのは緑の瞳。普通の人間とは違う異形の瞳孔を初めて目にした私は、この人は人間じゃないのだと改めて感じた。


「だ、誰!? どこから!」


 初めてクティさんを見た寮母さんが狼狽えた声を上げた。どこかに電話した方がいいのかと電話の方へと向かおうとしたところを、クティさんの鋭い声が制する。


「通報したって、警察来る頃には俺はいなくなってる。誰かが侵入した痕跡も見つからねえ。頭がおかしい女だって自分と、ここの看板に泥塗りたくねえなら黙っとけよ。祠守の一族」


 祠守の一族。その言葉に寮母さんは固まって、目を見開いた。


「こっち側じゃお前らは結構評価されてんだぜ。アイツらみたいな面倒くさくて、頭おかしい奴らに目つけられて、役目という名目の厄介ごと押し付けられて。そのくせ事情はまともに教えられてねえ。っていうのに、真面目に今までここを守ってきた。見えねえ、感じ取れねえ人間にしちゃあ、よくやってる」

「あなたは一体……」


 寮母さんの言葉にクティさんは口の端を上げる。その姿はどう見ても悪役だ。女子寮に無断で、しかも土足で上がり込んできたのを考えるに、ヒーローなわけはないが。


「俺も長年、めんどくせえ野郎の小間使いやらされてたからなあ。ちょっとは同情してやるって話だ。でもって助言もしてやる。真面に生きたいなら、これ以上は首突っ込むな」


 クティさんはそういうと私の手を取って立ち上がらせた。それから香奈の手を取り私の手を握らせる。それを済ませると千鳥屋先輩の手を取り、私と同じく立ち上がらせた。

 何をしているんだと私たちが首をかしげている間、クティさんはしっかりつないだ私たちの手を見て、よし。と頷く。


「絶対に手離すなよ。手離したら帰ってこられなくなるからな」


 恐ろしい事をさらりというとクティさんはバンッと足を踏み鳴らした。何の変哲もない机が、割れるのではないかというほど揺れるとクティさんの足元に真っ黒な穴が開く。


 えっ。と私が声を上げる間もなく私たちの体が闇の中に。正確にいうと穴に沈み込んだクティさんに引きずりこまれた。

 とっさに拒絶しようとした私に「手を離すなよ」というクティさんの忠告が浮かぶ。しかも「絶対」とついていた。これは拒否したら手痛い目にあうのは自分だ。そう今までの経験で理解してしまった私は繋がっているクティさんと、香奈の手を力いっぱい握り締める。


 穴に完全に入る直前、目を見開いた寮母さんの顔が視界に入った。安心してください。という気持ちで笑ったが、うまく伝わったかは分からない。次に気づいたときには寮母さんの部屋は消え、私たちは見たこともない空間に引きずり込まれていた。

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