4-5 双子の弟

「呪われた双子を身内に持つ者からすれば愛すべき家族でも、一族全体で見たら不吉の象徴でしかないのよ。いくら発展に貢献したとしても、それは結果論。

 一族内でもそうなのだから、世間の目はもっと冷たいでしょう。歴史に残る名家と呪い。ゴシップ記事が大喜びするんじゃないかしら」


 寮母さんはそういうと自身の腕をさする。

 真実かどうかは問題ではない。羽澤にそういった話が伝わっている。それだけでも世間は大騒ぎになるのだろう。そしてそれは紛れもない真実であり、それが世間に広まればいくら羽澤でも今まで通りとはいかないだろう。


 呪いによって羽澤家は発展した。

 しかし、呪いがあるから羽澤家は常に危機に立たされている。

 何という矛盾だろうか。


「非道な事だとは分かっている。けれど、羽澤という一族を守ることを考えるならば呪いを解く方法を探すよりも、呪われた双子を生まれなかったことにした方が早いのよ」


 それは生まれてすぐに殺してしまう。そういうことなのかと私は寮母さんを凝視した。

 寮母さんは気まずそうに視線を逸らす。一つの意見というだけで寮母さんがそれを推奨しているわけではない。そう分かっているが、複雑な気持ちになる。


「不安の芽は最初からつんでおく。大勢の人間のトップにたつ当主としては、非道であっても選択しなければいけない時もありますものね」


 千鳥屋先輩は静かにつぶやいた。香奈は何も言わず、悲し気に目を伏せた。

 認められるかと言われたら無理だが、理解できないわけではない。羽澤という一族全体をとるか、双子の上というごく少数をとるか。上に立つ者であれば、そういう究極の選択を迫られる時もあるのだろう。


「当主という立場であれば、少数ではなく大多数をとるでしょう。でも、羽澤の当主はずっと少数。双子の上をとってきたのよ」


 寮母さんの話に千鳥屋先輩と香奈が顔を上げた。予想外という反応を見て、私も同じ顔をしているだろうなと頭の隅で思う。

 一個人としては尊敬できる選択だ。しかし、羽澤の当主としてはどうなのか。


「反発はなかったんですか?」

「あったわ。でも、そのたびに当主は暴君ともいえる言動で黙らせて来た。そして一族が納得するように、羽澤家を発展させ、地位と名誉を確保した」


 双子の呪いを黙認する代わりに、社会においての安定した地位、名誉を一族に与える。簡単に思えて難しいことだ。双子の上をなかった事にするよりもはるかに困難な。


「……そこまでして当主は双子を守りたかったんですか?」

「そのようね。羽澤の代々の当主は、ほとんど双子の下。弟か妹だったみたいだから、自分の半身をどうにかして守りたかったのでしょう。だとしても……」

「話が出来すぎていますね」


 千鳥屋先輩の言葉に寮母さんは頷いた。

 

 羽澤の当主を決めているのは悪魔。つまりリンさんだ。リンさんが気に入った人間しか当主にはなれない。

 リンさんが選り好みして双子の下を選んだ可能性はある。しかし、それをすることによってリンさんが得られた利点は何だろう。

 私はリンさんを信用のおける人物とは思っていない。クティさんよりもよほど人外といってふさわしい、人間とはずれた感性を持っていると認識している。そのリンさんが、双子の下を意図して選び続けているのだとすれば情ではない。間違いなくリンさんにとって利益になる何かがあるのだ。


「この不自然さからご先祖様は、当主は悪魔と契約をしているんじゃないかって考えたみたい」

「契約……?」


 いかにも悪魔らしい言葉に私は息をのむ。


「さっき話した羽澤の成り立ちの話。あの話の中に悪魔は一切でてこないの。つまり呪いと悪魔は全く関係がない。そうご先祖様は考えた」


 寮母さんの言葉に香奈はそういえば。と呟いた。寮母さんの言った話、千鳥屋先輩がいっていた話でも呪いと悪魔の直接的な関係は伝えられていない。それなのに悪魔はいつのまにか、当主を選ぶ重要な立場になっていた。


「羽澤家の始祖にあたる双子の弟は、兄の死をずいぶん悔やんだはずよ。兄が呪われたのとばっちり。魔女に呪われるべきだったのは自分だった。そう思っている時、悪魔と呼ばれるような存在が近づいて契約を持ち掛けてきたら、冷静に拒否できるかしら」


 寮母さんの言葉を聞いた瞬間、ハマらないまま無理やり動いていた歯車がカチリとハマった気がした。

 羽澤の当主を選ぶという重要な地位にいながら「悪魔」という不吉な呼び名。何故なのかと疑問に思っていたが、寮母さんの考え通りなら納得がいく。味方ではないのだ。おそらくは悪魔も魔女と同列のもの。悲しみ苦しむ双子の弟をあざ笑い、更なる暗闇に突き落とそうとする非道な存在。


 私の脳裏にリンさんが泣き崩れる少年に近づいていく光景が浮かんだ。ただの想像でしかないのに、実際に起こった事のようにくっきりと。ニヤニヤと笑うリンさんに振り返った少年の顔は、なぜかトキアの顔だった。


「……寮母さんは悪魔が双子の弟に提案したのが、生まれ変わりだといいたいのですか?」


 千鳥屋先輩が半信半疑と言った様子で問いかけた。

 信じられない話だ。そんなことあるはずがない。そう言いたいのに、今まで見た、聞いてきた現象のせいで否定しきれない。


「私というよりもご先祖様の結論ね。私だってバカな話をしているという自覚はあるわ。でも、ご先祖様が集めた記録を読むと妄想ともいいきれないの」


 寮母さんはそういうと気持ちを落ち着かせるように息を吐き出す。


「まず、筆跡。代々当主になった双子は筆跡が一致しているわ。記録を消したのはこれを悟らせないためじゃないかとご先祖様は考えていたようね。

 それに言動、当主についてからの政策も一致している。いくら双子の下という同じ立場だとしても、別の時代に生まれた別の人間よ。考え方の違いが出てもいいはずなのに、一切のブレがない。それに比べて、双子ではない当主は言動、政策にバラつきがある。

 そして知識。双子の当主は若くして当主につくことが多かったみたいだけど、若者とは思えない知識量を誇った。生まれる前のことについても、まるで見てきたかのようにしゃべり周囲を驚かせたとね。

 最後に名前」


 寮母さんはそこで一息ついた。


「悪魔は双子の当主とは他の一族と比べてもずいぶん親し気だった。まるで古くからの友人のようだった。って話はいくつものこってる。

 生まれて間もない姿を見た途端、やっと生まれたか。待ちくたびれた。という言葉を口にしたって話もある。それに加えて、双子の当主が生まれた直後はよく名前を間違えた。って話も伝わっているのよ」


 リンさんの姿を思いうかべて、あの人だったら名前くらい平気で間違えそうだ。と私は失礼なことを思った。そもそも私はリンさんに名前を呼ばれたことがあっただろうか。

 彰、トキアの名前は呼ぶ。そして一度「アキ」という名前も聞いた。そういえば現当主の羽澤響の事も名前で呼んでいたが、それ以外は名前を覚えるつもりすらないような態度だ。私と香奈の名前を憶えているかも怪しい。

 しかし、代々の当主の名前を呼び間違えたという事は覚えようという意思はあったのか。


「その間違えた名前が問題だったんですね?」

 千鳥屋先輩の言葉に寮母さんは頷いた。


「覚え間違いをしているにしては、全く違う名前だったから聞いた人は印象に残っていたらしいわ。ご先祖様もその一人。調べてみた結果わかったのは、同じ名前の人が過去に存在したってこと」

「まさか……」


 私は嫌な予感に寮母さんを凝視する。寮母さんは私の視線に気づくと頷いた。


「数代前の双子の当主と同じ名前だった。しかも呼ばれた当主は、当たり前のように返事をしたそうよ。会ったこともない、自分が生まれる前に死んだ人間の名前に」


 寮母さんの話は全て決定的な証拠とは言えない。たしかに羽澤家をよく知らない人間が聞いたら、信じてくれないようなものばかりだ。

 だが、私はそれを否定することが出来なかった。ありえない。そんなわけがない。普通であれば出てくるだろう言葉が出ない。


 思い出してしまったのだ。子供でありながら子供とは思えない言動の幽霊を。

 8歳で死んだとは思えない落ち着きよう。自分より年上なんじゃないかと思える雰囲気。自分が殺されたことにも頓着しない態度。

 もし彼が本当に子供ではなかったとしたら。見た目は子供だったとしても、精神が、記憶が子供ではないのだとしたら、あの言動は何も不自然ではない。時折見せる祖母や祖父を思わせる表情も何もかも。


「……双子の当主ってどんな人だったんですか」


 私の問いに寮母さんは意外そうな顔をした。信じてもらえる。そう思っていなかったのだろう。

 寮母さんの戸惑いが伝わってきたが、しかし私は確かめなければいけない。私が考えていることが確かならば、寮母さんは私が知っている特徴を上げるはずだ。


「博識で、若い頃から老人のような空気を出してたとか。女性にも男性にも見える中性的な雰囲気だったとか……。そういえば、双子の兄が本当に好きで事あるごとに兄について話たとか。あまりにも兄の事が好きすぎて、危なく見えたときもあった。なんて話も残ってたわね」


 寮母さんが話せば話すほど、私の中にうかぶ姿が明確になった。

 千鳥屋先輩が目を見開いている。香奈の唇が小さく動く。それは音にはならなかったが、つぶやいた言葉は私が思い浮かべる人物に違いない。


「……寮母さん。……私、生まれ変わり信じます」


 私の言葉に今度は寮母さんが驚いた顔をした。いくら言葉をつくそうと、私たちが信じるなど思っていなかったのだろう。それでも伝えてくれたのは先祖が調べ、日の目を見なかった研究を誰かに伝えたかった。それだけだったのかもしれない。


「たしかに、こんな話誰も信じるはずがないですよね。私だって、アイツに会ったことがなければ、笑い飛ばしてました」


 寮母さんは私の話に眉を寄せる。私が何をいいたいのか全く分からないのだろう。当たり前だ。私は寮母さんに伝えるために話しているのではない。これは自分の思考を整理するためのただの独り言。寮母さんには悪いけれど、声に出して整理しなければ私は自分の中に生まれた感情を上手く飲み込むことが出来そうにない。


「直感ってバカにできませんね。間違ってなかったんです。人間に思えない。幽霊でもない。子供になんか見えない。訳の分からない存在。全部正しかった。アイツは幽霊でもなければ人でもない。子どもなんかでは絶対にない」


 私はそこまでいいきると千鳥屋先輩と香奈を見た。2人は私が言いたいことが分かっているのか、真剣な表情で見返してくる。


「全ての始まりは、きっとトキア君だったんです……」


 荒唐無稽な話だ。それなのに、そうであれば全てが納得いく。これほどおかしな話もないだろうと、私は笑い出しそうになる。

 同時に、泣きそうになった。


 彰を世界一愛している、双子の弟。


 冗談みたいに軽くいっていたトキアの言葉が今になって、私の心にのしかかってきた。

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