4-4 妹の気持ち

 生まれ変わり。

 この流れで出てくるには突拍子がないとしかいえない単語。私は戸惑って千鳥屋先輩を見た。千鳥屋先輩も予想外だったのか顔をしかめている。

 そういう話が好きそうな香奈ですら反応に困っている。


「突拍子もない話に聞こえるのは私だって分かっているわ。私がこれからいうことが信じられない話だというのもね。でも、ご先祖様が残した記録をよみ、羽澤という一族を見ると、間違いではないんじゃないか。そう思えてくるのよ」


 寮母さんはそういうと腕を組む。自分でも人に信用されない話だという自覚があるため、普段よりも落ち着かない様子。だからこそ、これが嘘でも冗談でもなく、少なくとも寮母さんは信じているのだと伝わってきた。


「羽澤の呪いはね、羽澤の敷地内にある森。羽澤内では魔女の森という場所に不用意にはいってしまったことから始まっているのよ」


 魔女の森という不穏な言葉に香奈を見る。香奈は知らないと首を左右に振ったが、あそこね。と小さくつぶやいたのは千鳥屋先輩だ。千鳥屋先輩が知っているという事は、羽澤の敷地内に本当に存在するのだろう。


「その森には魔女と呼ばれる存在がいて、呪われるから不用意に入ってはいけないそういわれていたの。でも、羽澤の始祖に当たる双子の弟が森の中に入ってしまった。それによって双子の兄が呪われたのよ」

「まってください、何で入ったのは弟なのに、兄が呪われたんですか?」


 勝手に森の中に入ったのが弟ならば、普通に考えるならば呪われるのは弟だ。なぜ、いきなり兄がとばっちりを受けたのか。


「魔女というのがひねくれた性格をしていてね、弟にかけるよりも兄にかけた方が弟が傷つく。そう思って兄の方に呪いをかけたの」

「本当にひねくれてますね……」


 千鳥屋先輩の言葉には同意するしかない。魔女と言われるだけある。


「魔女の思惑通り、弟は自分の行動を後悔して、兄の呪いを解くために出来る限りの手を尽くした。けれど呪いは解けず、兄は死に、一人残された弟は大層悲しんだ。

 でもね、それでも呪いは終わらなかった。残された弟の子孫に双子が生まれると、上の子が兄と同じように呪われて生まれてくるようになったの」


 子狐様は彰と初めて会ったとき、魔女に遊ばれている一族。そういった。

 寮母さんの話を聞いた後だと、子狐様の言った言葉の意味がよく分かる。たしかにこれは遊びだ。強者が弱者を一方的にもてあそぶ、胸糞悪いお遊戯に違いない。

 自然と手に力が入る。これがただの昔話じゃないことを私は知っている。子狐様やリンさんがそれを証明しているのだ。呪いは現代まで伝わり、その家系に生まれたというだけで今も彰をむしばんでいる。


「つまり羽澤家は今も呪われているということですか……?」

「おそらくはね」


 香奈が暗い顔で問うと寮母さんは驚いた様子で頷いた。寮母さんからすれば香奈がそこまで気落ちする理由が分からなかったのだろう。となると、寮母さんは彰が羽澤の人間だということは分かっているが、双子の上だということまで気付いていないようだ。


「呪いのせいで羽澤は不気味な一族だって言われているけど、この呪いがなければ羽澤はここまで発展しなかった。そうもいわれているのよ」


 気落ちした香奈を元気づけるためか、寮母さんが焦った様子で言葉を続ける。

 呪われているという陰鬱な印象とは真逆な話に私は驚く。それは香奈も同じだったようで目をパチパチと瞬かせた。


「羽澤家にかけられているのは、双子の上が呪われて生まれてくるというもの。この呪いというのは、だんだん人ではなくなる呪い。そうご先祖様の記録には残されているわ」

「だんだん、人ではなくなる……?」


 その言葉を聞いて真っ先にうかんだのはマーゴさんだった。マーゴさんは自身を、元は人間だった。そういった。それを聞いた彰はたいして驚きもしていなかった。その事を考えると、人間が人ではない何かになってしまう。それはあり得ない話ではないのだ。

 その事実に気づいた時、今まで漠然としていた「呪い」が質量を得た気がしてゾッとする。


「鱗がはえた。手足が増えた。額に目が出来た。そんな記録が残っているの。年齢を重ねるごとに少しずつ、人の形から外れた異形の存在へと変化していく。大抵の上はそれに耐えられず自殺。本人が落ち着いていても、怯えた周囲によって殺害。双子の上は25まで生き残れない短命ばかり」


 想像を絶する話に私は言葉が出ない。香奈が私の制服の裾を掴むのが分かったが、気遣う余裕はなかった。

 ただの昔話でもゾッとするが、私にとってそれは無関係ではない。知りもしない赤の他人の話ではなく、それは彰がたどるかもしれない話だ。


「そんな存在が身内にいるという事実を隠すために、羽澤家は双子の上を周囲から徹底的に隠した。隠せるだけの財力、権力、人材を手に入れた。それと同時に、呪いを解く方法をあらゆる方面から探し続けた。オカルト的なものから今でいう科学まで幅広く。海外の文化も積極的に取り入れ、それによって羽澤は周囲よりも先をいく一族まで上り詰めた」

「全ては呪いを解くために?」


 千鳥屋先輩の問いに寮母さんは頷く。


「その甲斐あってか、近年では見た目でわかるような異形の子は産まれていないらしいわ。だから羽澤の人間からしても、一族が呪われている。そういった意識は薄れつつあるみたい。でも、双子の上を隠す。双子の上を異端視する。その意識は根強いのよ」


 彰が隠されて育てられた。その話を聞いた後だと、寮母さんの話は納得のいくものだ。だが同時に疑問も浮かぶ。


「羽澤家は呪いを解くために大きくなったんですよね? それなのに、双子の上を異端扱いするんですか?」


 香奈の言う通りこの話は矛盾している。

 羽澤家の発展は、呪われていたからこそ。呪いに抗おうとした結果が、今の羽澤家の輝かしい功績。そして呪いに抗おうとしたのは、呪われた子供を助けたい。その気持ちがあったからに違いない。

 異形の子であれば世間から隠そうとするのは分かる。しかし彰の見た目は普通だ。寮母さんだって双子の上だとは気づいていないのだから、社会に溶け込むことは簡単だ。それなのに、なぜ外見が普通になった今でも隠そうとするのか。


「呪われている子に、親は我が子を近づけようとはしないわ」


 どこか冷たく聞こえる寮母さんの言葉に、香奈は何か言おうとして口を閉じる。私もとっさに寮母さんの言葉を否定する言葉が見つからなかった。千鳥屋先輩も静かに目を伏せる。


「呪いが双子の上特有のもので、感染するようなものではない。そう分かっていても、危険なものには近づきたくない。そう思ってしまうのはどうしようもない。ましてや羽澤の呪いは対抗策がない。双子が生まれれば無条件で上は呪われ、家族とは引き離されるの。

 羽澤家の血を引く親は子供を授かるたびに思うのよ。どうか双子ではありませんように」


 彰の親も、同じことを思ったのだろうか。

 百合先生に見せてもらった彰の母親。百合先生の隣で幸せそうに笑っていた女性は、子供が双子だとしって何を思ったのだろう。不運を恨んだろうか。引き離される子供の未来を思って悲しんだだろうか。2人いたはずなのに片方がしか残らなかった我が子を見て、どう思っただろう。それを見て、父親は、周囲は何を思ったのだろうか。


 ああ、だから百合先生に彰の事を伝えなかったのだ。

 そう唐突に理解してしまった。


 口止めされていたとは関係なく、彰の母親は最初から百合先生に伝える気などなかった。自分と同じ苦しみと悲しみを兄に味あわせるなんて、彼女はきっとしたくなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る