4-3 羽澤の歴史
「私の先祖はね、羽澤家の歴史を調べていたのよ」
歴史という言葉に香奈が表情を輝かせた。今回に関しては私も香奈の気持ちが分かる。名家の失われた記録。それだけでロマンがある。ドキドキした気持ちで寮母さんの話を待っていると、眉を寄せた千鳥屋先輩が見えた。
その表情は寮母さんと同じく険しい。これがただのロマンでは終わらない話だと、千鳥屋先輩は思っているらしい。
「羽澤の歴史というのは今にはほとんど伝わっていない。っていうのもね、羽澤内で歴史を記録することは禁止されてるのよ」
「そうなんですか!?」
香奈の驚きの声を聴きながら私も目を見開く。
「何代か前の当主が言い出したことらしいわ。それまで記録されていたものを全て破棄。外部の人間に伝えることも禁止。羽澤の人間がなくなったら遺産の管理という名目で家に上がって、日記だとか、記録を隠してないか確認し、発見した場合は破棄。外部に漏れた場合も岡倉が回収して、漏らした人間はそれ相応の罰を受けたらしいわ。
それをずっと続けているから、そのうち一族内でも歴史をまとめようって考える人がいなくなり、現在の謎の一族。っていうのが定着したのよ」
「徹底してますね……」
そうつぶやきながら私は考える。そこまでして記録を消したという事は、よほど後ろ暗いことが当主にはあったのか。だとしても、自分の代の記録を消しさえすれば前の代の話は関係ない。世代交代した後も関係ない。先代当主がなくなってしまえば、次の代の当主も先代の決めたルールを守る必要はない。それなのになぜ羽澤の人間は、それ以降もずっと記録を消し続けているのだろう。
「そんな状況で、関本さんのご先祖様は歴史を調べたんですか?」
千鳥屋先輩の硬い声に私は現実に引き戻される。
「ええ、そうよ。誰にも気づかれないようにひっそりとね。といっても、子孫である私がここにいる事で分かるでしょう。当主に気づかれたのよ」
寮母さんはため息をつくと手を頬にあてた。寮母さんからすれば会ったこともないであろうご先祖様だが、その表情は憂いを帯びていた。
「それで、一族を追い出されたんですか……」
「そのうえ、どこかに逃亡しないように厄介な土地と学校運営を押し付けられたのよ。羽澤の全面バックアップという名の監視を受けながらね」
「そういう経緯があったんですね……」
香奈が何とも言えない顔で寮母さんを見ている。
寮母さんにとって羽澤と遠縁というのは誇りではなく、切りたくても切れない厄介な物。そういう印象なのかもしれない。
「でも、私のご先祖様もただでやられるような人ではなかったの。羽澤から出られたことをこれ幸いと、こっそり研究をつづけたのよ」
どこか誇らしげに胸をはる寮母さんを見て、私たちは顔を見合わせた。情熱なのか執念なのかは分からないが、さすが寮母さんのご先祖様だ。おそらくは今の寮母さんのように、裏をかいてやったと得意げな顔でご先祖様も笑っていたのだろう。
「それは、余計に目を付けられるんじゃ……?」
「多少の風当たりのきつさはあったみたいだけど、打ち首なんて事態にはならなかったわ。当主様もさすがに羽澤の外までは手が回らなかった……。いえ、羽澤を追い出された人間の言葉なんて周囲が聞くはずないと思ってたのでしょうね。ご先祖様がたどり着いた結論は、到底信じられるものでもなかったし」
自信ありげだった寮母さんの瞳が揺れる。戸惑いを含んだ表情に私は香奈と千鳥屋先輩を見た。香奈は真剣な顔で、千鳥屋先輩は鋭い視線を寮母さんへと向けていた。
「羽澤家の中で当主というのは絶対なのよ。当主が黒だといえば白も黒になる。そういう一族なの。だから羽澤の人間は当主には逆らわない。その当主を決める方法っていうのは、他の一族からすると特殊なの」
「……悪魔に好かれるかどうかですか?」
千鳥屋先輩の言葉に寮母さんは驚きで目を見開いた。どうして、それを。と呟く姿を見るに、寮母さんは悪魔という存在がいることは知っている。しかしそれが、リンという名前のモノだとは知らないようだ。
「……本当に調べてきたのね……。そうよ。血筋よりも重視される、羽澤家にとって最も大事な要素」
すぐに冷静さを取り戻した寮母さんは千鳥屋先輩の言葉に頷く。
「近年は本家とその周辺、本家筋から当主が選ばれることが多いようだけど、昔はもうちょっとばらけていたの。末端に位置する分家から当主となった子が生まれたこともあるの。それを見定めるのは悪魔と呼ばれる存在」
「選ばれる基準は?」
「悪魔の気まぐれ……だった方が話は簡単だったわ……」
香奈の問いかけに寮母さんは、苦虫をかみつぶした顔をした。
「私の先祖が羽澤の歴史を調べ始めたのはね、この当主と悪魔の関係に違和感を抱いたからなのよ。
羽澤の中で子供が生まれるとね、真っ先に悪魔に見せに行くの。その時の悪魔の反応によって羽澤内での地位が決まる。気に入られれば羽澤の中での地位があがり、興味を持たれなければその他大勢に、嫌われたりなんかすれば最悪よ。存在をなかったことにされることすらあったらしいわ」
一人の存在に好かれるかどうかで人生が決まる。それはどんな恐怖だろう。しかも相手は悪魔と呼ばれる存在。こちらの常識も意思も関係ない。
リンさんに自分が好かれているかと私は考えた。好かれる以前に興味も持たれていないに違いない。リンさんが私や香奈とそれなりに会話してくれるのは、彰がいるからだ。彰が私たちに興味を持たなければ、視界にすら入れないに違いない。
「ご先祖様のお兄様はとても優しい人だったけど、悪魔には好かれなかったそうよ。優しいだけ、パッとしない。そういうようなことを言われてしまったの。どちらかというとご先祖様の方が評価は高かったみたいね。だからご先祖様は次男なのに、長男のように扱われて育てられた。それがご先祖様にはとても恐ろしかったらしいわ。何でただ一人の、悪魔なんて呼ばれる存在の好みで、ここまで優劣が付くのかと」
「それが切っ掛けで、羽澤の歴史について調べ始めたんですか?」
千鳥屋先輩の問いに寮母さんは頷いた。
「ご先祖様は羽澤を出る前に調べていた資料は処分されてしまったけど、こちらに来てから思い出せる限りのことを書き記したの。そして羽澤から追い出された人の話を聞いて回って、とある仮説を立てた」
静かな寮母さんの語り口に私は飲まれていた。千鳥屋先輩や香奈も固唾をのんで寮母さんの話を聞いている。直観的にわかった。これは羽澤という一族の核心に迫る話だと。
「ご先祖様が導き出した結論からいえば、羽澤の悪魔は当主を選ぶ存在ではなかった。当主にふさわしい子供を選んでいるのではなく、ただ一人をずっと探している。その人物が現れたとき、周囲を固めるにふさわしい人材を選んでいる。つまり最初から全て仕組まれた、一人勝ちの構図だったのよ」
私は寮母さんの言いたいことが分からず、寮母さんの顔をじっと見た。千鳥屋先輩、香奈からも同じ空気を感じる。同時に戸惑いも。寮母さんはそんな私たちには目もくれず、自身を落ち着けるように深呼吸した。
「あなた達、生まれ変わりって信じる?」
真剣な表情で言われた言葉は、反応に困るものだった。
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