3-3 不意打ち
玄関から中に入るとすぐ目に入ったのは廊下。壁は白で統一されており、床はフローリング。掃除も行き届いて見える綺麗な家だ。
意外にも来客用のスリッパがあり、大きめの靴箱の上には花瓶にはいった花。隅の方には傘立てがあるという生活感に驚く。並べてある靴を見るにクティさんとマーゴさんの2人暮らしとは思えない。大人数で暮らしているのかもしれないと思いながら、スリッパを借りて私と香奈は廊下を進む。
突き当りのドアを開けると、広い空間に出た。正面には壁一面を使った庭を一望できる窓。二階まで吹き抜けになっていて天井が高い。大きなテーブルとL字型のソファに大きめのテレビ。両サイドの壁には何個もドアがあり、やはり2人ではなく何人かで共同生活しているのだろうとうかがえた。
彰はソファに寝かされていた。マーゴさんが用意してくれたらしいクッションを枕に、薄手の毛布をかぶって寝ている。室内だからか余計に顔色が悪く見え、私はヒヤリとした。
彰の顔を上から覗いているのはトキア。千鳥屋先輩はソファの前にしゃがみ、彰の噴き出す汗をハンカチで拭いていた。
この家の住人だというのに先に入ったクティさん、マーゴさんは居心地悪げに隅の方に立っていた。クティさんは彰たちには触れない方針のようで小野先輩と話している。マーゴさんはチラチラと彰へと視線を向けていて、落ち着きがない。
「彰の様子は……?」
近くで見ると一層顔色の悪さが際立つ。玉のような汗が後から後から噴き出すため、千鳥屋先輩がいくら拭いても意味がない。悪夢でも見ているかのようにしかめられた眉は見ていて痛々しく、私はどうにかできないかとトキアへと視線を向ける。
日頃あれだけ彰にまとわりついているにしては、落ち着いた態度だ。リンさんの弱り切った姿を見た後だと意外に思う。同時に怖くもあった。何を考えているのか一切分からないために、いつ爆発するか分からない爆弾を前にしているような気分になるのだ。
「中途半端に混ざって反発してる感じだね」
いつの間にか私と香奈の後ろにマーゴさんが立っていた。彰を心配そうに見つめているが、近づこうとはしない。本当はもっと早くから彰の様子を見たかったのだろうが、トキアが怖かったのだろう。だからといって私たちを盾にするのはどうかと思うが。
そういえばマーゴさんは、唯ちゃんの事件の最後、トキアが見えていた。そのことを思い出す。あの後、リンさんにお灸を添えられ、クティさんにも怒られたのかもしれない。それがなくてもトキアは存在そのものが怖い。無理もない。そう納得していると、彰を凝視しているトキアがマーゴさんを見る。
ホラー映画でよくある、動かないと思っていた人形が突如ふりかえる。そんな演出が頭の中にうかぶ。私は寸前で悲鳴を耐えたが、マーゴさんはひっ。と小さく声をあげた。
それでいいのか人外。と思ったが、トキア相手では仕方ないのかもしれない。
「わかる?」
「……何となくデスケド……」
やけに固い口調でマーゴさんは答えた。虎を前にしたウサギみたいに小さくなったかと思うと、私の背に隠れている。私は年下の、普通の女の子なんですけど。と文句を言いたくなったが、本気で怯えているところを見ると飲み込むしかない。
クティさんに視線を送れば、呆れた顔。小野先輩が不思議そうな顔をしている。マーゴさん自身と、マーゴさんの視線の先を目が往復して首をかしげる。その様子をみて、小野先輩はトキアが見えていないのだと思い出す。
トキアが見えていない。声も聞こえていないとなれば、私たちの言動はかなり不可解だっただろうが、何も突っ込まずにここまでついてきてくれた。そのことに今更ながら驚いた。同時に感謝する。あの場で押し問答をしている余裕はなかった。小野先輩は自分の疑問よりも、彰の体調を優先してくれたのだ。
「幽霊……なのかな? 怨霊……? いやでも、もっと変異した感じの、俺たち側に近い感じのやつが憑りつこうとしてるんだけど、必死に抵抗してるみたい。それが発熱として現れてるのかも」
マーゴさんが彰を凝視しながら考え、考え思考を声にだす。
それが事実ならば、彰は相当マズい状況なのではないかと私は彰を凝視した。
「中途半端に混ざってるっていうのは?」
「……何となくですけど、性質が似てる部分がある感じで、そこの境界線があいまいになってるというか、共鳴してるっていうか……?」
マーゴさんは首をかしげた。マーゴさん自身も言葉にするには難しいらしく、難しい顔で彰を見つめている。
トキアの表情は相変わらず険しい。混ざっている事に関してはトキアもわかっているようだった。だから第三者の意見を聞き、自分の考えを裏付けしたかったのかもしれない。しかし状況が分かっても、それに対して対抗策がない。それは何もせず見つめているだけのトキアの様子で嫌でも分かる。
「……あんたら一族は呪詛に耐性あるはずでしょう。何でそんなことになってるんですか」
クティさんはマーゴさんと同じく難しい顔でそういうと、トキア。それからちょうど部屋に入ってきたリンさんへと視線を向けた。
あんたら一族。という言葉になぜか香奈がピクリと反応する。何か気になることでもあるのだろうか? そう不思議には思ったが、今の私はリンさんの答えの方が気になる。
リンさんはすぐにクティさんの問いには答えず、部屋の中をざっと見渡す。苦しむ彰の様子に分かりやすく顔をゆがめてから、クティさんへと向き直った。
「お前、丘の上の洋館しってるか?」
リンさんは質問に質問で返した。問いを無視された形になったクティさんは怒るでもなく目を見開く。予想外の言葉を告げられたという様子で固まって、それから慌てた様子で彰を凝視した。
「あそこに行ったんですか!?」
「俺が聞いてんのは、知ってるかどうかって話だ」
クティさんの驚愕の声に対してリンさんは不機嫌に答える。いつもよりも余裕のないリンさんは、普段の適当な態度との差が激しく、怖い。しかしクティさんはそれよりも気になることがあるようで、珍しく取り乱した様子でリンさんに食ってかかった。
「知ってますよ! 知ってますけど、何であんたらが知らない……っていうか忘れたんですか!? あんな面倒な女を!」
ありえない。と続いた言葉に驚いた顔をしたのはリンさんだった。クティさんの剣幕に彰を見つめていたトキアも顔をあげる。不可解そうな反応には、心当たりがあるようには見えない。
「ってことは、やっぱり僕が知ってるやつ……?」
「知ってるも何も、あんたらが邪魔だからって適当に島流しした奴ですよ!! あんな気狂い女どうしたら忘れられるんですか!?」
「気狂い女だったらいっぱいいたから、どれか分かんない」
「島流ししたのも沢山いるしな……どれだ?」
トキアとリンさんは顔を見合わせて眉を寄せた。その様子を見てクティさんが、嘘だろ! と頭を抱えてしゃがみ込む。ありえないと髪をかき混ぜて叫ぶクティさんの様子にマーゴさんはオロオロしているし、小野先輩や千鳥屋先輩も驚いている。
私もはじめて見る癇癪を起した子供みたいなクティさんに、どう反応していいか分からない。
それにトキアとリンさんがいっている内容も理解が追いつかない。島流し? 気狂い女? しかも沢山いたって……?
「島流し……?」
不穏な単語に私が混乱していると、香奈が難しい顔でつぶやいた。
香奈の様子の変化も私は気になって、ついには疑問が口から出た。
「どういうことです?」
クティさんからすればありえない状況らしいが、私にはさっぱり分からない。説明してほしいと視線で訴えかけると、クティさんは長いため息をついて、八つ当たりするようにリンさん、トキアを見た。
「今回の件はどう考えてもあんらの落ち度ですよ。あんな厄介な女めんどくさがって、ろくな処置もしないまま追い出して、しかもすっかり忘れて顔見せて。呪ってくださいっていってるようなもんでしょ」
はあ。と疲れ切ったため息をつくクティさんに対し、リンさんとトキアの表情は険しい。
「こうなったら、あの女どうにかするしかないでしょうけど、あそこは邪気が強いんで、俺は協力しませんよ。というか無理ですよ。あんたらの血筋、人間とは思えないほど強いんですから。そのうえでほぼこっち側来てるような奴なんて無理です。いくらでも場所は使っていいんで、それで勘弁してください」
クティさんはそういうとマーゴさんの腕を引っ張って玄関へと向かった。問題が解決するまで帰ってこないつもりなのかもしれない。
「おい、話は終わってねえぞ」
「俺は終わりました。全部あんたらの問題でしょう。これ以上巻き込まれたくないですし、俺はあんたらほど呪いに強くないんですよ。巻き込まれて消えるのはまっぴらだ」
状況が分かっていないマーゴさんを引きずるようにしてクティさんは外へと向かう。リンさんは何か言いたげだったが言葉が出てこなかったようで、苦虫をかみつぶしたような顔をした。
私はまったく状況についていけずにただ事の成り行きを見守ることしかできない。クティさんが言っている言葉の意味もまるで分からない。説明してほしいが、説明してくれ。という私の主張は軽く流された。しかし、このままクティさんが出て行ってしまうのはマズい気がする。
彰を見つめるだけで何もいわないトキア。不機嫌そうなリンさん。この2人が私の疑問に答えてくれるとは思えない。この重たい空気のまま部屋に残るのだって勘弁してもらいたい。となれば、クティさんを追いかけて詳しい事情を聴いた方がいい。逃げる口実にもなるだろうし。
「待ってください」
私が行動を決めた瞬間、私よりも先にクティさんに声をかける人物がいた。張りのある凛とした声に驚いて顔を上げれば、そこにいたのは真剣な顔をした香奈だった。
私が驚いたくらいだ。クティさんからしても香奈から声をかけられるのは予想外だったらしい。ドアを開けかけたところで動きを止めて振り返った。引きずられる形になったマーゴさんも意外そうな顔で香奈を見ている。
「私、聞きたいことがあるんです」
香奈はその場の視線が集まる中、一切動じることなく言葉を口にした。そこには気弱な少女の面影など全くなく、私は息をのむ。
「そろそろ教えてくれたっていいと思うんです。私も七海ちゃんも、先輩たちも無関係じゃない。みんな彰君の友達ですし、彰君は私たちの恩人です」
友達かといわれると正直私は微妙な気持ちになるのだが、恩人と言われると否定できない。彰には何度も救われている。彰がいなかったら五体満足ではいられなかったかもしれない。
それは千鳥屋先輩や小野先輩だってそうだ。彰がいたから商店街は賑わいを取り戻しつつある。それを2人も認識しているから、香奈の言葉にうなずいた。
「だから、私たちだって知る権利があると思うんです。もう部外者じゃない。部外者だなんていわれたくない。私は彰くんの事を知りたいし、助けたい。だから、お願いします。教えてください」
香奈はそういうとクティさん、リンさん。そして最後にトキアを見た。
「彰君の苗字って本当は佐藤じゃなくて、
その言葉が出た瞬間、空気が凍り付いたのを感じた。クティさん、リンさん、トキアは香奈を凝視し、諦めたように息を吐き出した。千鳥屋先輩は目を伏せる。マーゴさんは目を見開いて、眠っている彰を凝視する。
「羽澤……まさか……いや、だが……」
小野先輩は震える声でつぶやいて、眉間にしわを寄せた。
この場にいる誰もが「羽澤」という何衝撃を受けたのが分かった。それを見て私は……。
「羽澤って……何?」
思わず、本音が口からもれた。
「はあああ!?」
「えええええ!? まさかの!?」
「ちょっと、七海ちゃん! えっ!? 本当に知らないの!?」
「それは流石に勉強不足過ぎるわよ……」
「ウソだろ。知らない人間がこの国にいたのか」
「……バカなの?」
とたんに、その場にいた全員から非難めいた言葉が飛んできた。重なる言葉に私の耳と脳が拒絶反応を起こすが、間接にまとめると「知らないなんて、ありえない」らしい。
「えっ……? そんなに?」
「世間一般に対して興味なさ過ぎでしょ。君……」
心底呆れ切ったトキアの一言。その表情と口調が彰とそっくりだったために、眠っている彰にすら言われたような気がして、追加ダメージ。
「お前、それでよく覚悟決めたとかいえたな」
クティさんの呆れ切った声が私に止めを刺した。
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