3-2 選んだ道

 私の横を通り過ぎるトキアの表情は険しかった。憎悪に歪んだ瞳を見て、私は洋館にいた女を思い出す。あの人と同じ色をしている。そう気づいた瞬間に私は寒気を覚えた。同時にトキアがいっていた言葉を思い出す。

 

 性質が近すぎて混ざった。


 それはどういう意味なのだろう。早く彰を寝かせらえる所に。そう思って焦っていたから詳しい話を聞かなかったが、あの女はトキアを知っている様子だった。トキアを見て、当主様と呼び、ずっと待っていた。そう言った。

 彰に関しても何か知っている様子だった。彰を見て嫌悪をあらわにしていったのだ。異端児と。

 つまりあの女は彰、トキアと無関係じゃない。リンさんとトキアが屋敷にはいろうとする彰を止めたのも、中に何がいるのか予想がついたからじゃないのか。


「お前はほんと、勘よすぎて苦労すんな……」


 いつの間にか隣に来ていたクティさんが私を見て、同情したように眉を下げる。クティさんにその反応をされるという事は、私が気付いたことは待ったくの見当違いではない。その事実に気づいて嫌な汗が流れた。


「で、お前は覚悟決まったみたいだな」


 クティさんは呆れを含んだ声音で私の隣、香奈へと視線を映した。

 クティさんの反応が意外で私が香奈へと視線を移すと、香奈は私の制服を掴んでいる方とは別の手を胸に当てている。何かを決意したような強い眼差しをした香奈が手をぐっと握り締めた。


「七海ちゃん……私、七海ちゃんに言ってなかったことがあるの」


 真っすぐな香奈の瞳が私を射抜く。これを聞いたら後戻りはできない。私はもう覚悟を決めなければいけないのだと直感的に分かった。


「私ね、彰君の一族に本当は見当がついてるの」


 全くの予想外の言葉だった。私はポカンと口をあけて香奈を見つめる。いつのまにとか、何で教えてくれなかったのかとか色々言いたいことはあったが、意外とすんなり受け止めることが出来た。


 考えてみれば、千鳥屋先輩もリンさんもヒントはたくさん出してくれた。百合先生は知らせたくなかったようだが、クティさんを含めたいろんな人の話を集めれば見えてくるものはある。

 オカルトに関係する。そう千鳥屋先輩はいっていた。それならば香奈の得意分野だ。

 私がトキアを見えるようになって怯えている間、香奈は調べていたんだろう。そして納得いく情報にたどり着いた。だからリンさんに聞いたのだ。呪われた場所はどこかと。情報の信憑性を高めるために。


 そう考えれば私とは対称的に、強く頼もしくなった香奈の言動も理解できた。きっと香奈は知ったのだ。自分たちが立ち向かうべき相手が何なのか。彰が背負うものが何なのか。それに立ち向かうために自分が何をしなければいけないのか。


「じゃあ、私も覚悟を決める」


 その言葉は自然と口から零れ落ちていた。あれほど悩んで不安に思ってのが嘘のように。つい数時間前では不安に押しつぶされそうになっていたのに、変わり身の早さに我ながら笑ってしまう。


 でも、この気持ちに嘘はない。

 青ざめた彰を思い出す。血の気の失せた顔。あのまま放っておいたら消えてしまいそうな彰を見て、私にうかんだのは恐怖だった。このままいなくなるのは、会えなくなるのは嫌だ。そういう強い感情だった。

 これが友情なのか、別の何かなのか私は分からない。名前を付けろと言われても困る。でも、今まで散々人のことを振り回しておいて、突然いなくなるなんて許せない。そう強く思ったのだ。

 綺麗な感情なのかと言われると首をかしげる。でも、弱い気持ちではけしてない。私は彰に言いたいことがたくさんある。ふざけるな。何でもかんでも一人で背負い込むな。このバカと。


 私の言葉に香奈は頷いた。それから笑う。七海ちゃんならそういってくれると思ってたと、声に出さなくても笑顔から伝わった。

 覚悟を決める瞬間を見届けることになったクティさんは、呆れた顔をしてため息を吐き出す。


「わざわざつらい道を突き進むなんて、お前らアホだよなあ……」

 ぼやくクティさんに私は笑って返した。


「私もそう思います」


 自分でもアホだと思う。知らないふり、見なかったふり、気付かなかったふり。それで今なら引き返せる。なかったことにできる。彰だって許してくれる。

 それを私は知っている。それでも、その選択こそ私は見ないことにしようと決めたのだから、愚かで無謀な大バカ者だろう。

 それでも決めたのだ。この道以外を選んだらきっと私は後悔する。だから私は突き進むしかないのである。


「人間ってたまに、バカみたいなのがいるんだよな……」


 クティさんはそうポツリとつぶやくと、私と香奈の頭を順番に軽く撫でた。

 私たちが驚いている間に、クティさんはあっさり横を通り抜けて家の中へと入ってしまう。私と香奈は立ち去る後姿を見つめて、それから顔を見合わせた。

 これはクティさんなりのエールなのだろうか。だとしたら、ますます引くわけにはいかない。


「行こう。七海ちゃん」


 香奈に言われて、私は頷く。

 この先に待っているのはきっと私が追い求めた真実だ。


 玄関から中に入る前に、未だ門の付近に突っ立っているリンさんを見る。リンさんは何かを思い出すように自分の手をじっと見つめ、何かを悼むように目を閉じた。

 リンさんも葛藤をしている。その姿を見て、私は気持ちを引き締める。


 人間も人でない存在ですら振り回され苦悩する話。きっとただ事ではないのだ。私みたいなちっぽけな人間がどうにかできることでもきっとない。

 それでも私は、見なかったフリだけはもう嫌だった。ここまで散々振り回されてきたのだ。私だって聞く権利はあるはずだ。解決できなくても一緒に悩む権利くらいはあるはずだ。


 そのためにも、さっさとあんな胸糞悪い女はどうにかしなければいけない。

 私はぐっと拳を握り締める。体が震える。でもこれは恐怖じゃない。武者震いだ。そう自分に言い聞かせた。

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