3-4 悪しきもの

「念のため、もう一度確認するけど、七海ちゃんは本当に羽澤家を知らないの?」

「……そんなに知らないってマズいの……?」


 私の無知にたいして一通り周囲は騒ぎ、あきれ果て、何だか疲れた顔をした挙句に、休憩しよう。という流れになった。

 逃げる気だったクティさんもその気をなくしたらしく、マーゴさんと一緒に飲み物を用意してくれたのだから結果的には良かったのかもしれない。

 しかし私はものすごい無知。常識外れ。という印象を与えたらしく、周りからの視線が生ぬるい。


 とりあえず彰を囲むようにしてソファ、マーゴさんが用意してくれたクッションに座ることになったのだが何とも居心地が悪い。空気を変えたのは香奈だったというのに、香奈よりも私が注目されている。言った香奈ですら私に対して、聞きたいけど何から聞けば。みたいな雰囲気。

 いくら不思議そうな顔をされようとも、知らないものは知らないので勘弁してもらいたい。


「むしろどうやったら知らずにいられるのか、教えてもらいたい」


 真顔でそういったのは小野先輩だった。何でお前、自国で生きてて母国語知らないんだ。みたなニュアンスだった。そこまでかと私はへこむ。


「そんなこと言われても……むしろ、一般常識ですか? そんなに、えっと羽澤? って有名なんですか?」

「有名もなにも、ニュースでもテレビでも新聞でも、毎日誰かしらの名前あがってるでしょう」


 今度は千鳥屋先輩が呆れ切った顔をする。

 千鳥屋先輩の発言に私は驚いた。ニュース、テレビ、新聞……。新聞はめったに見ないにしてもニュースは寮で朝食を食べながらぼんやり眺めている。テレビだってヒマな時に寮の談話室で見ている。学校では昨日見たテレビの話題がふれられたりするし、山の上の学校といっても流行から遮断されているわけでもないのだ。


 しかし、私は羽澤。という名前を耳にした記憶がない。しかも誰かしらの名前。ということは一人ではないのか?


「七海ちゃん、中学の時から好きなロックバンドいるでしょ?」

「えっいるけど?」


 幼馴染だから香奈は私の趣味を知っている。だから私が好きなアーティストも当然知っているが、それを今話題に出す理由が分からない。

 それを顔に出すと香奈は困った顔をした。


「あのロックバンドのボーカルの本名、羽澤斎って言うんだけど知ってる?」

「えっそうなの!?」


 私はアルバム、ポスターにうつったボーカルの姿を思い浮かべる。HITOSIという名前で活動していたが、本名からとったのか。と私は妙な感動を覚えつつ、同時にものすごく身近に羽澤という苗字がいたことに驚いた。


「あーもしかしてお前、人は知ってるけど羽澤家の人間って認識してねえのか」

 リンさんがどこか納得した様子で頷いた。


「そういうことか……。羽澤の人間多すぎて、下の名前で呼ばれることが多いし、表舞台に出る奴だと芸名とかビジネスネーム使ってるやつも多い。にしたって、一人ぐらいは知ってるだろって思うが」


 リンさんの言葉を引き継いだクティさんは最後にジト目で私を見た。他の人からも呆れた視線を向けられるが、何度も言うが知らないものは知らない。しかしながら周囲から向けられる、ありえない。という視線が痛くて私は体を小さくする。


「最近よくニュースにでる政治家。あの人も羽澤よ」


 千鳥屋先輩はそういってニュースサイトの記事を見せてくれた。そこにのっている政治家は確かに見覚えがある。嘘でしょ。と私は目を見開いた。


「世界新記録出して話題に上がってるスポーツ選手もそうだぞ」

「七海ちゃんがいいな。っていってた俳優さんもそうだよ」


 それからは次から次へと香奈、小野先輩、千鳥屋先輩が羽澤の人間を検索しては私に見せてくれた。テレビや雑誌で一度くらいはみたことあるような有名な顔ぶればかり。しかもジャンルがスポーツ、芸能、政治、芸術と多岐にわたる。


「えっこんなにいんの!? っていうか、何でこんな有名人ばっかり!?」

「やっとそこか」


 あきれ果てた口調でリンさんがいう。マーゴさんが「懐かしいなー。俺まだ一桁の時にそれいった気がする」とニコニコ笑っていた。

 マーゴさんが一桁の時となれば半世紀以上前ということになる。そんな前から? という疑問と共に私は更なる混乱へと叩きこまれる。


「えっ何で私知らなかったの?」


 頭を抱えて私は唸り声をあげる。ここまで有名な人ばかりとなれば、私だって「羽澤」という名前をどこかで耳にしていたはずだ。それなのに、ここまで全く羽澤というものを認識してこなかった。それに気づいた瞬間、自分自身が怖くなった。

 同時に羽澤って一体、どういう家なんだという疑問が生まれる。各業界で功績をあげるような有名な人物がことごとく同じ一族。これは偶然で済まされることなのだろうか。


「ナナちゃん、もしかしたら悪い気に敏感なのかもしれないね」


 頭上で私たちの様子を見下ろしていたトキアが口を開いた。真っ先に私を罵倒しそうなものなのに、今まで何も言わなかったことに疑問を持っていたが、どうやら考え事をしていたらしい。


「悪い気……?」

「勘がいい子だなとは思ってたんだよ。香奈ちゃんが悪い方向に行きそうになると止めてたし。悪いものが近くにあると避けてた。同時に子狐ちゃんとか香奈ちゃんとか、清らかなものには近づいてく。自覚はないだろうけど、良いもの、悪いものを見分ける力が強いんだろうね」


 トキアの言葉に私は香奈を見る。香奈もきょとんとした顔でトキアを見ていた。

 子狐様が清らかなもの。と言われると納得する。祠が壊されたときは怒っていたが、その後はずっと安定して私たちを気にかけてくれた。香奈も生来の癒しオーラを持っているし、香奈を守るブラートの存在も大きいのだろう。


「つまり、どういうことだ?」


 トキアの言葉にリンさんが首をかしげる。トキアは先ほどまでの静かな面立ちとは打って変わって、顔をゆがめ舌打ちした。リンさんに対しての態度が悪すぎる。


「察しが悪いなお前は。

 要するに、ナナちゃんは羽澤を悪いものと認識していたから、無意識にさけてたってことだよ」

「羽澤って悪いものなの……?」


 私の勘がどれほどのものか、当の私は認識できていない。しかしトキアの説明通りだとすると、羽澤は私が避けたくなるような悪いもの。だからなるべく関わらないように、意識の外においやっていた。そういうことになってしまう。

 私の認識がおかしいのだろうかと周囲を見渡すと、他の皆も驚いた顔でトキアを見ていた。トキアは私の視線が戻ってくるのを確認してから、悠然とほほ笑む。出来のいい子供を褒めるような、どこか誇らしげな顔で。


「その通り。羽澤という一族は悪しきもの。何しろ古き時代より代々、呪われ続けた呪詛の塊。人の身でありながら、人から外レかけた者たちばかりが集まる異端な一族。

 君が関わらずに生きようと思ったのは悪い事じゃない。正常な生物として真っ当な判断なんだよ」


 芝居がかった大仰な語り口。皮肉めいた口調はどこか悲し気あり、私はトキアが言葉とは裏腹に羽澤という一族が好きなのではないかと思った。いや、好きなんて言葉で語りつくせないような、複雑な情をもつ存在なのではないかと。


「香奈ちゃん。君の考えは正解だ」


 トキアは私から視線を外すと香奈へと向き直る。やはり視線は子供を見る親のようにも、孫を見る祖父のようにも見える、優し気なもの。同時に気づいてしまったことに対する哀れみがにじんで見えて、トキアの印象が大きくぶれる。


「正解……?」

「そう。彰の本名は、羽澤アキラ。僕の名前は羽澤トキア」


 トキアがそういって芝居がかった動作で両手を広げると、香奈の目が見開かれる。千鳥屋先輩はすでに分かっていたのだろう。やはりという表情で目を細めるが、隣の小野先輩はトキアの声が聞こえていないために不思議そうだ。じっと私たちが見ている空間を見上げているものの、トキアの位置からは微妙にずれている。

 そんな小野先輩の様子に気づいたトキアは苦笑し、空中から彰の側へと移動した。


「カナちゃんと花音ちゃんはだいだい分かってるでしょ。詳しい話はリンとかに聞いて。補足くらいはしてあげるよ」


 そういうとトキアは彰の額を愛おしそうに撫でた。自分が話しては小野先輩には聞こえない。そのための配慮だろう。

 未だ苦しそうな彰の様子は気になるが、ここまで来たら聞かずにもいられない。それに彰第一のトキアがいいというのであれば、時間はあるはずだ。


「そうだな……とりあえず、お前はどこまで分かったんだ?」

 リンさんはそういって香奈を見た。香奈は姿勢を正して、周囲を見渡す。


「まずは羽澤がどういう一族なのかおさらいしようと思います。七海ちゃん知らないと思うし」

「……よろしくお願いします」


 こうなったら一からキッチリ教えてもらおうと私は開き直る。香奈は私の視線に頷くと話始めた。

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