二話 怪しい洋館と呪詛

2-1 小さな違和感

 立ち話も何だと場所を移したのは公民館。二回目ともなると緊張もなく、お邪魔しますと声をかけて中に入る。小野先輩が隅の方にしまってあったテーブルを出し、その間に小鈴ちゃんと千鳥屋先輩がお茶を用意してくれた。

 お茶請けがないのが残念です。と微妙な顔をする小鈴ちゃんを見て、彰がリンさんへと視線を向ける。買ってこい。という無言の命令である。


 リンさんは嫌そうな顔をしたが、彰の視線。そして彰に抱き着いているトキアの2人分の視線に耐えられなかったらしい。渋々来た道を戻っていった。

 今までもリンさんが彰に弱い所は何度も見たが、こうしてトキアが見えるようになってくると意味合いが違って見える。やけに彰に対して弱いと思っていたが、彰一人ではなく2人分の視線を受けていたとなれば弱いのもうなずける。


 それにしても何とも奇妙な関係だと改めて思う。彰とリンさんだけでも謎だったのに、そこにトキアが入るとさらにこんがらがってくる。一体何があって、あんな奇妙な関係が出来上がったのか。

 私は内心首をかしげながら、小鈴ちゃんが用意してくれたお茶を運んだ。


 準備を終えて全員が席に着いたところでリンさんが戻ってきた。案外早かったことに彰は不満そうな顔をして、トキアは彰よりも分かりやすく嫌そうな顔をする。それを見たリンさんが微妙な顔をしつつも、口には出さない。

 リンさんが彰とトキアに向ける感情はよく分からないが、トキアに関しては分かりやすい。リンさんが何かするごとに嫌そうな顔をする。特に彰に対して話しかけたり視線を向けたときがあからさまだ。

 トキアはリンさんが嫌い。

 短い時間でもそれだけはよく分かった。


「面白いもん出てたぞ」


 そういってリンさんが机の上に広げたのはクッキーだ。お土産としては定番のものだが、それを見た小鈴ちゃんの頬が上気する。

 クッキーには「子狐様クッキー」とかわいらしいフォントで描かれていた。パッケージには母狐と子狐のイラスト。商品の写真には白地のクッキーに黒地で狐をかたどった模様が入っている。


「この間できたばかりなんですよ」


 小野先輩が嬉しそうに小鈴ちゃんを見た。

 商店街復興の一環として小鈴ちゃんの祠を立てることが決まり、それに伴いイメージキャラクターの発案。商品開発、グッズなど製作も進んでいるらしい。その商品の一つが目の前にある「子狐様クッキー」のようだ。


「試食食ったけど、味もなかなか」

「リン様! もっと丁寧に扱ってください!」


 そういいながらパッケージを雑に破ろうとしたリンさんから、慌てて小鈴ちゃんがお菓子を奪い取った。子供宜しくビリビリと破ろうとしていたらしいリンさんの手が空ぶって、呆れた顔で小鈴ちゃんを見る。我が子でも守るかのような威嚇をする小鈴ちゃんを見て、さらに呆れた顔をした。


「お前、もうちょっと威厳を持てよ。そんなんだから舐められるんだぞ」

「リン様には言われたくないです」


 小鈴ちゃんはそういうとクッキーを目の前に置き、丁寧にはがし始める。破らないように、傷つけないようにと気にする様子は、お菓子一つにしてはやりすぎにも見える。けれど、それを見つめる小鈴ちゃんの表情はなんとも嬉しそうで、見ているだけで心がほかほか温まってくる気がした。


「それだけ喜んでもらえたなら、つくってよかったです」


 小野先輩も嬉しそうに頷く。隣に座った千鳥屋先輩も微笑まし気に小鈴ちゃんを見ていた。

 香奈と彰の目も優しく、何だか部屋全体が優しい空気に包まれた。


「やけに人間よりだねえ……大狐の娘は」


 ポツリと、水に黒い絵の具が混ざるように、声がおちて浸食する。静かで小さな声なのに、耳にしみこむ声に小鈴ちゃんはハッとして顔をあげた。

 彰の背後。宙に浮いたトキアが無表情に小鈴ちゃんを見下ろしている。そこには何の感情も浮かんでいない。だからこそ整った、人形じみた顔立ちが際立った。見た目は8歳の子供だというのに、大人。老人に見下ろされているような奇妙な感覚に陥って、私の体は強張る。小鈴ちゃんの体もビクリとかすかに震えた気がした。


「それで、相談ってのは何なんだ?」


 他の誰かが何かを言う前に、かぶせるようにリンさんが声をだす。ドンっと机に肘をつき、机によりかかる体制はだらしない。普段よりも大きな声に、彰が顔をしかめる。行儀が悪い。と注意する彰に対して「別にいいだろ」とだらしなく返すリンさん。

 今までも何度も見られた光景だ。前の私であったら、リンさんは本当にだらしないな。と彰と同じようなことを思っただろうが、今は違う。


 リンさんの行動はわざとだ。彰の意識を自分にむけることにより、小鈴ちゃんの態度に意識を向けさせないための。小鈴ちゃんがなぜぎこちない態度をとったのか、それを考えさせないための。

 今までもこうしてリンさんは彰の気をそらしてきたのだろう。打ち合わせをしたわけでもなさそうだというのに、自然と。当たり前に。その姿に私は違和感を覚える。


 トキアはすでに小鈴ちゃんから興味がうつったらしく、彰にピッタリくっついている。そうしているとただの子供に見えるのが恐ろしくもある。その姿が見えない彰はともかく、リンさんは見えているだろうに変わらない。

 慣れている。こうしてトキアのフォローをすることも、いないかのように扱うことも。それに私は違和感を覚える。


 何故そこまでリンさんはトキアの手助けをするのか。トキアはリンさんが嫌いだという態度を隠さないというのに、当たり前のように手助けを受け入れているのか。

 彰を挟んでのこの奇妙な関係は何なのか。


 眉を寄せる私の隣で香奈がほっと息を吐き出した。見れば緊張から解けたような顔をして、小鈴ちゃんを見ている。小鈴ちゃんも先ほどまでのはしゃぎようを反省するような顔で、小さくなっていた。それでもしっかりとパッケージは綺麗にとっているあたり、本当に嬉しかったのだろう。

 それにわざわざ水を差すようなことをいったトキアは何を考えているのか。


「相談もしたいが、クッキーに関しても感想をもらいたいから、食べてもらいたいのだが。子狐様いいですか?」

「あっはい! どうぞ」


 小野先輩の言葉に小鈴ちゃんはぎこちなく返す。それに対して小野先輩は不思議そうな顔をしつつ、箱からクッキーを取り出して配り始める。

 先ほどと変わらない態度。トキアの発言など聞こえていなかったかのような言動。

 説明を求めようと千鳥屋先輩を見ると、私と目を合わせた千鳥屋先輩は頷いた。つまり、小野先輩はトキアが見えていないらしい。


 言われてみれば納得だ。初対面から興味があって見えた千鳥屋先輩が異例なのであって、ちょっと興味があるくらいで見えるようにはならない。条件がゆるければ今頃クラスメイト全員がトキアを見えるようになっているだろうし、トキアの噂が学校中に広まってもおかしくない。

 香奈がそういった噂を知って私に言わないとは思えないので、トキアが見えている人間はごく少数。学校の中に限定すれば、私、香奈、千鳥屋先輩。そして百合先生だけのはずだ。


 そこまで考えてふと私は疑問に思った。

 トキアが見える条件は彰に一定以上の感情を抱くこと。好意でも嫌悪でもいい。とにかく強い情を抱くこと。その情の度合いはどれほどのものなのか。比呂君が見えていることを考えると、一般的に言われる「家族愛」それと同程度の事なのか。

 だとすれば……。


 小野先輩がクッキーを配っているのを横目でみながら、私は彰を見る。未だにリンさんに小言を言い続けている彰。それに対してリンさんは「はいはい」と軽く流して、だらけた態度をとり続けている。

 火に油。しまいには殴られてると分かっているのに何故やるのか。そう思っていたが、気をそらし、別の感情を上塗りすることで他の違和感を消し去る。そのためと考えればなかなか考えているといえる。

 その違和感であるトキアはいつの間にか彰の膝の上にいる。上機嫌に彰にくっついている姿は、コアラかカンガルーの子供が母親にくっついているようにも見える。中身を知らなければ可愛らしいが、中身を知っているとひたすら怖い。憑りついているようにしか見えないのだ。


 その姿に私は何とも言えない違和感を覚える。

 何でだろう……。なぜ……。


「なんで、彰はトキアが見えないの……?」


 私の小さなつぶやきに香奈が驚いた顔をした。

 おそらくは香奈にしか聞こえなかった小さな声。それに対しての疑問は当然返ってこない。リンさんやトキアに聞く気にはなぜだかなれない。聞いてはいけないとすら思う。


 彰に対する一定量の感情。彰は自分自身だから最初から見える対象外。そうとも考えられる。しかし、もし彰も見える対象内なのだとしたら、彰は「自分に対して一定量の感情」を持っていないことになる。自分に対する好意も嫌悪も。もしかしたら興味すらないということではないのか。

 それが事実だとしたら、それは危なくあやういことのように思えてならない。


 じっと彰を見てみるが、その姿はいつもと変わらない。だからこそ私は、嫌な予感が胸の内にたまっていくような気がした。

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