1-7 事件の匂い

「一体一が不安なら、私も一緒に話しましょう。トキア君面白いわよ。8歳とは思えない博識で」


 その言葉に香奈が興味を引かれた顔をする。それから、自分には見えないと気付いて少々落ち込んだ様子を見せた。

 この場でトキアが見えないのは香奈だけだ。見えていいものとは思えないが、一人だけ見えないとなると仲間外れという意識があるのかもしれない。とくに香奈はオカルトに対しての興味関心が強い。すぐ身近にいる幽霊。ものすごく興味を抱いているだろうに、私が怖がっているから聞くのを我慢しているに違いない。


「そういえば、香奈ちゃんはどうして見えないのかしら?」


 千鳥屋先輩が香奈の様子に気づいて首をかしげる。

 香奈はさらに落ち込んだ様子で下を向いて、ポツリとつぶやいた。


「私……彰君のこと友達だと思ってるし、好きなのに、私が思ってるほど好きじゃないってことなのかな……」


 しょんぼりと肩を落とす香奈の様子を見て、私含めた全員が焦った顔をした。リンさんですら慌てた様子を見せるのだから、純粋無垢な香奈は強い。

 それに、ごく自然に彰を友達。好き。そういえる香奈が眩しく見えた。

 恋愛としての好きではないのは分かっている。それでも私は彰のことを好きかと聞かれると、なんと返事をしていいか分からない。同時に友達かと言われても、微妙な返答しか返せない気がする。


 嫌いではない。他人ではない。では、好きなのか。友達なのかと言われると何とも言えない。

 彰も香奈のことは迷いことなく友達と言えるかもしれないが、私に関しては似たような感覚を抱いているのではないだろうか。

 おそらくそれは、お互いに距離を測りかねている。というよりは、私が微妙な距離をとりつづけているために、彰が遠慮して近づいて来ないのだ。そう今なら分かる。

 彰はああ見えて人の機微に敏感で、距離感というものを心得ている。今回トキアが見えるようになって、いきなり私が距離を放しても詰め寄ってこなかった。それが証拠だ。仕方ない。そんな表情を浮かべて、少し離れたところから心配した様子で私のことを見ていた。


 佐藤彰という人間は傍若無人に見えて、分かりにくく優しい。


「お前が彰の事嫌いってことはないし、興味がないってこともない。ただなあ……お前の場合、興味対象が多すぎるんだよ」


 落ち込んだ香奈に目線をあわせるようにリンさんが腰をかがめる。

 当たり前にそれをする姿を見て、私は少々意外に思った。それは私だけでなく、小鈴ちゃんと千鳥屋先輩もそうだったらしい。

 しかし、感情に聡いはずのリンさんはそれに気づかずに香奈へと視線を向けている。その態度で、リンさんにとっては意識するほどのことではない行動なのだと分かる。付け焼刃ではない、年月を感じる堂々とした対応に私は首を傾げる。

 比呂君。それとも彰へそうしてきたからなのか。


「興味対象が多すぎる?」

 香奈はリンさんの行動に違和感を感じなかったらしく、自然と言葉を受け入れ首を傾げた。


「そう。お前は彰を友達としても、尊敬する相手としても見てるし、オカルト対象とも不思議な存在とも思ってる。お前の中での彰の印象が複数あって、分散してるんだ」


 リンさんの説明に香奈は目を見開いた。

 私はなるほどなあ。と一人納得する。

 たしかに私から見ても彰の印象というのは複数ある。同級生であり、規格外。だが頼れる面もあれば、不安定なところもあって、何よりも佐藤彰には謎が多い。

 好奇心旺盛な香奈からするとそういった面が全て気になって、佐藤彰という一人の存在に集約せずにぶれてしまうのだろう。全体的にみればそれは興味関心がないわけではないのだが、トキアが見える条件には微妙に引っかからない。おそらくは、トキアが見える条件というのは「佐藤彰という人間に対する一定量以上の関心」なのだ。


 そう冷静に分析していた私は、その条件を自分がクリアしているという事実が急に恥ずかしくなってきた。

 つまり私は、複数ある彰への印象の中で「彰自身」への関心が一番高い。そう自白してしまったようなものなのである。


 初めてトキアが見えたときに言われた「恋愛感情だけは許さない」という言葉の意味を、今になって理解する。

 異性に対して抱く強い関心といえば、分かりやすいのは愛情だろう。

 彰に対してそういった感情は全くない。一切ない。あれは同じ人類と考えるにも違和感がある。と私は思っているが、リンさんにからかわれたことを考えると世間一般的にはそちらが強いのは確か。


 では、恋愛感情じゃないなら何なのか。そう聞かれると私は困る。

 彰に対する私の感情はどうにも言葉にしがたい。


 しかし、香奈は違ったらしい。

 リンさんの言葉を聞いた香奈は、驚いた表情が落ち着くにつれて、思考も整理されているように見えた。いろんな方向に飛び散っていた矢印が一方方向に向いた。そんな印象を受ける。

 今なら香奈にもトキアが見えそうだ。そう私が思ったのと同じく、香奈も自信があったのだろう。


「今なら私、見えそうな気がする!」

 そう香奈は明るい顔ををして顔をあげ、


「僕も、カナちゃんが見えるなら嬉しいな!」


 いきなり目の前に飛び込んできた青色に悲鳴をあげた。

 いや、正確にいうなら悲鳴は香奈を含めて3つ。香奈、私、そして小鈴ちゃんである。

 千鳥屋先輩とリンさんは呆れた顔をしているから、近づいてきていたことには気づいていたらしい。

 私たちは香奈に意識を集中していために、近づいてきたのに全く気付かなかった。というかおそらくはトキアが気付かれないように上から来たのだろう。

 私ですら、トキアが上から降ってきたように見えたのだから至近距離でみた香奈の衝撃たるや……。というか悲鳴をあげたということは香奈……。


 香奈は目の前でニコニコ笑う幽霊。トキアを見つめて口をもごもごと動かした。言葉が出ないという様子の香奈を見て、トキアは楽し気に笑う。それは私を見る目に比べると優しく見える。

 彰、リンさんといい、性根が悪い奴らは香奈を可愛がる傾向がある。優しい人にも好かれるけれど、香奈の純粋さはひん曲がった性根を浄化する力すら持っているのかもしれない。


「と……トキア君?」


 香奈はしっかりとトキアと目をあわせていった。

 見えるようになった。と私と同じく確信したトキアは嬉しそうにほほ笑む。


「うん、僕はトキア。アキラの双子の弟」


 心底嬉しそうに、それが世界一の幸福であるというようにトキアは「アキラの双子の弟」と口にする。宗教染みた、兄弟と称するには重すぎる感情に私は不気味さを覚える。

 しかし香奈はそうは思わなかったようで、彰君にそっくり。と表情を輝かせた。

 香奈の純粋さにある種の感動を覚えつつも、何でトキアがここにいるんだろう。と私は不思議に思う。


 数日だけの観察とはいえ、トキアが彰の側を離れることはほぼなかった。週一で千鳥屋先輩と会っていたというから全く単独行動をとらない。というわけでもないようだが、学校内と限定された場所ならともかく、あまり彰と離れるとは思えない。

 となると……と私が周囲を見渡すと、少し離れた場所に見慣れた姿を見つけた。


 ありふれた学校の制服を身にまとっていても人目を惹く容姿。歩くたびに揺れる長い髪。高校生とはおもえない堂々とした立ち振る舞いをする少年――彰は、迷いなくこちらへと向かってくる。

 その隣には、なぜか小野先輩がいる。


「丁度よかった。ちょっと相談したいことがあるんだよね」


 一瞬だけチラリと私の様子をみた彰は、一見すると普段と変わらないように見える。付き合いが浅い人間だったら気付かなかっただろうが、私にはぎこちなさが目に付く。しかしそれは、私の挙動不審な態度のせいだ。

 その態度の原因である幽霊は、「アキラ傷ついてるー。ナナちゃんひどーい」と私の頭上を旋回していた。

 千鳥屋先輩は怖くないと言っていたが、性格は悪い。元をただせば誰のせいだ。


「圭一がいるってことは商店街の事?」

「全く無関係ともいえないが、直接関係あるともいえない……まあ、運が良ければスポンサーが増えるかもって話があってだな」


 そういう小野先輩の言葉に、私たちは顔を見合わせた。

 真面目な顔をする彰にトキアが抱き着いて頬ずりしている図が、大変シュールだった。

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