2-2 噂の洋館
「それで本題なんだが」
クッキーを配り終えた小野先輩がそれぞれから感想を聞き、メモまでしっかり取ったところで話を戻す。
ちゃっかりした姿に私だけでなく、リンさんやトキアまでもが呆れた顔をした。トキアは見えなくともリンさんは見えてるはずなのに、小野先輩は気にした様子もなく話を続ける。
「丘の上にある洋館のことは知ってるか」
「洋館っていうと、幽霊屋敷って噂のあるところですよね!」
小野先輩の話に真っ先に食いついたのは、意外にも香奈だった。いや、「幽霊屋敷」という単語を聞く限り、意外ではなく予想通りなのかもしれない。
反応の早さに小野先輩は驚いた顔をしたが、すぐに納得した様子を見せた。香奈のオカルトモードの受け入れも早い。度胸もあるうえに器も大きいとなると、小野先輩は思いのほか有望株かもしれない。
「洋館……そんなのあったか?」
不思議そうな顔をしたのはリンさんで、一瞬トキアを見た後に小鈴ちゃんへと視線をうつす。小鈴ちゃんは記憶を探るような様子を見せたが、何も思い出せなかったのか首を左右に振った。
おそらくは小鈴ちゃんが眠りについた後にできたのだろう。
「カナちゃんが知ってるってことはいわく付き?」
彰が眉を寄せて香奈を見る。間違いなくそうだろうなと思いながら香奈を見れば、香奈は両手を握り締め、目をキラキラさせながら頷いた。表情だけみたら恋する乙女のようだ。
「今から100年くらい前にできた由緒正しいホラースポットなの!」
「由緒正しいホラースポットって……」
ホラースポットに由緒も何もあるか。と私は顔をしかめた。
彰とリン。トキアまでもが同じことを思ったらしい。どこか微笑まし気に見ている小鈴ちゃんはお婆ちゃんモードに入っているため、香奈が何をいっても可愛いのだろう。よく分からないが、楽しそうでよかったわねえ。といった空気を感じる。
となると、全く動じずに無反応を貫いている小野先輩と千鳥屋先輩の方が強いのかもしれない。
「俺も、昔からあるって噂は聞いたことがあるが、本当なのか?」
むしろ小野先輩は、感心した様子まで見せる。私とは感覚がずれているようだ。
「噂によると建てられた当時の持ち主は女性。名家の出身だったみたいだけど、生きてた当時から周囲との交流はなくて、少数のお手伝いさん。晩年になると広い洋館に一人で暮らしてたみたい。亡くなった後は子供もいなかったから継ぐ人もなくて、変な噂がついてたから引き取りてもなくて、ずっと放置されてるんだって」
「変な噂……?」
「夜な夜な子供の泣き声が聞こえるらしい」
香奈の言葉を引き継いだのは小野先輩だった。腕を組み下を向く姿は冗談をいっているとも思えない。それだけに一言に迫力と重みがあった。
「子供の泣き声……?」
「このあたりでは、有名なのよ。あの洋館の近くを通ると、子どもの泣き声とか悲鳴とか、時たま子供の幽霊を見るとか。私が小さな頃。その前からある噂らしいから、香奈ちゃんがいう由緒あるホラースポットっていうのはあながち間違いじゃないかもしれないわ」
小野先輩の言葉を引き継いだ千鳥屋先輩の話に、香奈は一層目を輝かせる。そこは喜ぶところじゃないぞ。と私は思ったが、それよりも千鳥屋先輩の語った話が気になった。
私はおもわず彰を見る。この手の話で今のところ一番信用できるのは彰だ。無茶ブリをされないという点においては百合先生だが、百合先生はこの場にはいない。心霊現象そのものであるトキアやリンさんに関しては、何となく視界にいれたくない気分だ。
さらっと、あー知ってる。知り合い。何て言われたら心がおれる。
「そういえば、叔父さんもそんな噂がある。っていってたような……」
彰はそういって考えるそぶりを見せた。地域の噂に関しては調べた。と百合先生は前にいっていたから、彰も一応は知っていたらしい。
「彰君がその程度の認識ってことは、嘘ってこと?」
そうであったらいいなという期待を込めて口にする。香奈が視界のはしでショック。という表情を浮かべたが、心霊現象なんて遭遇しないに限る。というか香奈は高校に入って一年足らずで数々の心霊現象を体験したのだから、そろそろ満足すべきだと思う。
彰は私をチラリと見て、それから眉を寄せる。その表情が芳しくないのを見て、私は不安が胸の内に渦巻くのを感じた。浮かれた様子だった香奈も、これはふざけられないものだと感じたのか少しだけ不安そうな顔をした。
「僕は見に行っていないんだけどさ、叔父さんいわく近づかない方がいい場所らしいよ。つまり本物」
予想外の言葉に私は息をのむ。千鳥屋先輩と小野先輩は彰の返答を予想していたのか、やっぱりかと呟いた。
百合先生と彰のお墨付きとなれば香奈も気軽に行ける場所ではない。そう理解したらしく神妙な顔で黙り込んでいる。
それに比べてリンさんとトキアはマイペース。トキアは「そんな場所あったんだ」とのん気だし、リンさんは興味なさそうにいつの間にか取り出した携帯をいじり始めていた。アンタ、携帯なんて持ってたのか。と私は別の所にも衝撃を受けた。
「洋館の敷地内限定みたいだから、わざわざ行かなきゃ何も起こらないとは思うけど、相談が来たってことは何か問題起こったわけ? 建て壊しでも決まった?」
昔からある、誰も住んでいないいわく付きの洋館。建て壊そうと思うのは自然な流れだろう。しかし、ここで相談が来たという事は建て壊しに失敗したのか。何かしらの事故でも起こったか。
いわく付きの場所を壊そうとしたら事故に見舞われたという噂は、珍しい話でもない。
彰の問いに小野先輩は顔をしかめた。腕を組んだまま、何とも言いにくそうな顔をする。その表情を見て、建て壊しよりもさらに面倒な事態が起こっているのでは。と私は嫌な予感を覚えた。
「あの洋館は近所でも有名な場所で、建て壊すどころか近づこうって思う奴らもいないんだ。毎年誰かしらが肝試しに行ってケガして帰ってくるような、本物の心霊スポットだって地元民は知ってるしな」
小野先輩の話に香奈は興味半分、恐怖半分という顔をする。中学時代の香奈であったら考えることもせず「七海ちゃん行こう!」と言っていただろうから、ずいぶん成長したのだろう。それでも香奈の中でオカルトへの興味は根深いらしく、好奇心そのものがなくなることはないようだ。
「だから、地元民は近づかないんだが、建物としては立派なんだ。造りがしっかりしているから、壊れたところや老朽化したところも整備すれば使えるだろう。そう考える人は多い。だから事情を知らない人間、噂を信じていない人間が買って、結局手に余って売ってを繰り返して、土地の権利が色んな人の手に渡り歩いたらしく……」
「最終的にはこの場所の噂を全く知らない人の手にたどり着いて、写真資料だけでいいように説明して売っちゃったらしいのよ」
「え……」
「は?」
彰と私の声が重なった。声は重ならなかったが香奈も目を見開いているし、黙って話を聞いていた小鈴ちゃんも一瞬動きを止める。それから呆れた様子でため息をつき、用意していたお茶をズズッと飲んだ。
「しかも結婚の決まった娘にリノベーション費用と一緒にプレゼントしてしまったらしく……」
「そんな怪しいもん娘にあげる? 普通?」
彰が顔をしかめる。その意見はもっともだ。せっかく結婚が決まり、幸せいっぱいだったろうに。娘さんが不憫でならない。親ももうちょっと調べるべきだろう。
「土地持ってる側からすれば、売れさえすればいいから洋館としては破格の値段でだしたんだろうね。写真資料だけみれば洋館含めた土地付きでずいぶんお買い得に見えただろうし、古びた洋館なんて欲しがって娘にあげるような金持ちの物好きだから今を逃したら次はないかも。って勢いで買っちゃったんでしょ。ご愁傷様ー」
トキアが彰の膝の上でゴロゴロしながらいう。ネコみたいな動作と言っていることのギャップがすごい。しかもトキアの考察は検討違いには思えない。聞こえているものは一同に微妙な顔で黙り込む。
聞こえていない彰と小野先輩も神妙な顔をしているから、状況を重く見ているのは間違いない。
「それで、相談が来たってことはやっぱり問題あったのか?」
先ほどまでとは違い、興味あり気に先をうながすリンさん。楽し気に上がった口角に、爛々と輝く瞳は「暇つぶしにはちょうどいい」と物語っている。
香奈と似たようでいてまるで違う反応に、私は二の腕をさする。リンさんが興味を持つ。それだけで嫌な予感がするのだから相当だ。
「大問題ですよ……」
リンさんの反応に小野先輩は顔をしかめながら答えた。本当に笑えない話らしい。
「様子を見にきた娘さんの方が、屋敷の様子を見に来てからおかしくなってしまったらしいんです」
小野先輩の言葉に流石の香奈も固まった。彰は顔をしかめ、千鳥屋先輩は無表情。
人ではない小鈴ちゃん、リンさん、トキアの3人はそろって興味深げに目を細める。その反応が余計に恐ろしかった。
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